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我が名は吸血王アルカンドラス!! 8


「な? な? な? な?」


 アルカンドラスは片手で鼻を抑えて俯く。鼻血がボタボタと落ちる。手が赤く染まる。


「何がおきた? なんだこの痛みは?」


 集中が途切れ紫に光る魔術陣形が消え失せる。術式構築が失敗、何が起きたか、と混乱するばかり。

 なんとか現状を把握しようとするが、遮るように赤毛の女の拳が襲う。


「そらそらそらそらっ!」


「へぶっ!? おぶっ! ぐはっ?」


 赤毛の女の右手が鞭のようにしなり、連撃がアルカンドラスの顔面を捉える。鋭く速い拳が当たる度にアルカンドラスの頭がガクンガクンと危険な揺れ方をする。

 唇が切れ瞼は腫れ上がり、端正な顔にいくつも内出血の青紫色が浮かんでいく。


「ま、ま、待て! 待って! 待てとー!!」


 叫んで後退り、なんとか赤毛の女と距離を取る。アルカンドラスの顔面は腫れと鼻血と涙でたいへんなことになっている。


「なんだ!? なんだ?! なんなのだ貴様は!!」


「あれ?」


 女は殴ったあとのアルカンドラスの顔と己の右拳を交互に見て、不思議そうに首を傾げる。アルカンドラスは取り出したハンカチで鼻を抑え鼻血を拭きながら、混乱したまま喚く。


「いきなり殴るだと? き、貴様、魔術師では無いのか?」


「オマエが勝手に見当つけただけだろ」


「魔術師ならば、術式構築の速さと正確さで勝負すべきではないのか? それをいきなり殴るなどと!」


「目の前で術式なんぞ編ませるか。邪魔して当然だろ。それを呑気に呪文を唱えるって、オマエちゃんと戦闘したことあるのか?」


「我輩は戦闘魔術師では無く、研究魔術師なのだ! 魔術とは世界の深淵を探る(すべ)、研究のための手段、それを戦闘や狩りをメインにする方が魔術師として邪道なのだ! それより、なんだその動きは?」


 アルカンドラスは混乱する。己がたった今、体験した理解できない現象をなんとか解明しようと頭を働かせる。


「まるで見えない、動きが消えている? いや動いたことは見えている。見えているのに回避できない? 気がついたときには拳が顔に触れている? 動いて無いのに動いている? 強化した視力で見えんとは! ありえん! 理不尽だ! 不自然だ! いったいどういうことだ!?」


「いや、相手に動きを読まれないように前動作、予備動作を消すのは、戦闘思考としては基礎だろうが」


「動きを消すとか訳が分からんわ! それになんだその腕力は!? 女の細腕で出せる打撃では無い! 頭がクラクラする! 触れて初めて分かったが、貴様! 見た目通りの存在では無いな?! 美女に化けているのか!? だまされた!!」


「お、気づいたか。で、そっちの質問に応えたのだから次はこっちの番だ。おい吸血王」


「な、なな、なんだ?」


 怯えるアルカンドラスに女は拳を掲げて問う。


「オマエ、どうなってやがる? 最初の一発で気絶してるハズが、どうして平気で立っている?」


「平気では無い! 鼻血が出たわ! とっても痛い!」


「そのあとの連撃でも、脳震盪を起こさず頭の骨が砕けてもいない。妙な手応えだ。その頭、どうなっている?」


「ふふん! それは我輩こそが不死身の吸血鬼の王にして、人を超越した不滅の、」


「簡潔にまとめろ。殴るぞ」


「わ、我輩の頭蓋骨はヒヒイロカネでできておるのだ!」


「ヒヒイロカネ?」


 アルカンドラスは一度、深呼吸。ハンカチで顔を拭うと気を取り直して姿勢を正す。己の頭をビッと指差して。


「そうヒヒイロカネ。伝説の金属ヒヒイロカネだ。今ではその製法も失われた古代魔術文明の遺産、究極至硬の超金属。

 この希少な金属を賢者の学舎の秘密資料庫より拝借し、我輩の頭蓋骨に加工したのだ。できれば全身の骨格を全てヒヒイロカネで作りたかったが、量が足りずに頭だけしか作れなかったが」


「あー、輝く六方晶、日緋色金か。なんてもんを頭蓋骨にしてやがる」


「我輩の頭蓋骨を砕ける物など無い。金剛石に匹敵する硬度と独特な粘りのある超金属製なのだから。全てを塵と灰に変えるという金龍のブレスでも無ければ、物理的に破壊するなど不可能なのだ」


「だが、どれだけ頭蓋骨を硬くしようとも中の脳髄まで硬くはできないハズ。衝撃で脳内出血でも起こすところなんだが?」


「フフフ、この天才アルカンドラスが、そのような弱点に対策しないとでも? このヒヒイロカネ製の頭蓋骨の裏側には対衝撃、対魔術、他にも感電、高温、低温、毒物から脳髄を守るための魔術刻印を彫り込んであるのだ。更には急激な加圧、減圧によるブラックアウト、レッドアウトも対策済み。このアルカンドラスは、もはや立ちくらみとも無縁の存在となったのだ!」


「そいつはすげえ。その上、再生力も高い。みるみる顔の内出血が消えていくしな」


「ククク、このアルカンドラス、不死の王と名乗るのは伊達では無いのだ」


「ということは、だ」


 赤毛の女の瞳が危険な光を灯す。


「このオレがどれだけ殴っても、簡単には壊れないし気絶もしないということか?」


「殴ってはイカン! 痛いではないか!」


 ジリジリと近づく女から距離を取ろうとあとじさるアルカンドラス。もう女を捕らえることなど考えられない。今はこの場を脱出しようと頭を働かせる。なんとか玉座の裏の隠し通路に逃げ込もうと、その機会を探る。

 しかし、


「おらよっ」


 軽くバックステップした女は回し蹴りで玉座を蹴る。吹っ飛んだ玉座は壁に当たりめり込む。


「ぬああっ!? そこはーっ!?」


 アルカンドラスは絶望の悲鳴を上げる。玉座がめり込むのは隠し通路のある壁。壁の仕掛けを操作すれば、直ぐに通路に移動し回転する壁が追跡者を防ぐ。そんな仕掛けを施しておいた非常脱出路に玉座がめり込んでいる。

 壁から玉座を引っこ抜かねば逃げることもできない。いざというときの為の脱出手段が封じられた。


「何故だ? 何故そこに脱出路があると分かった?」


「なぜって、オマエな、バレたくなかったらチラチラと視線をやるんじゃない。戦闘についてはド素人か?」


「し、視線だと?」


「どうやら持っている能力は高いのに使いこなせていないようだ」


 赤毛の女は楽しそうにアルカンドラスを見る。ゆっくりとアルカンドラスに歩き出しながら、


「吸血王、戦闘について、ちょっと教えてやろうか?」


「ち、力づくの暴力で解決しようなどとは、文明を知らぬ野蛮人ではないかな? 知恵を働かせ技術を研鑽し、人は会話と協力で進歩してきたのであるからして」


「その会話と協力の原点の話だ。

 戦いとは、自分が何をしようとしているのか、相手に読ませない。そして自分は相手が何をしようとしているのか読みとる。わずかな動作と気配から相手の心を読み、そして己の心は相手に読ませないように隠す。互いに相対する相手のことを読み解くことに全力を尽くす。読みきれなければ殺されるのだから。

 遥かな太古から、人間が言葉を使うよりも昔から行ってきた、相手を理解しようというコミュニケーションのやり方。

 言葉無き身体と身体の会話が、戦闘だ」


 近づいてくる女から逃れようと、後退りながらアルカンドラスは見る。不気味に迫る女を。怯えながらも女の正体を探ろうと頭を働かせる。


「その、言い様、まるで時代を俯瞰するかのような物言いだな? そして殴られて分かった奇妙な魔力の流れ。指向性のある魔力を纏うだと? だが術式は見えない。

 我輩の頭をこれほどの威力で殴れば、人の手ならば指が砕け腕の骨が折れる筈。だが痛がる様子も無く何度も殴り付けてくる。何の守りも無くこれは有り得ない。

 術式も無く身体強化を行うだと? それはもはや魔術では無い。神の奇跡か、魔法の領分……」


 辿り着いた結論に背筋が震える。青ざめた顔でアルカンドラスは叫ぶ。


「貴様! まさか、魔法使いか!?」


 魔法、それは人には届かぬ領域。

 ドラゴンがその巨体で空を飛び、木霊栗鼠(エコースクワロル)が惑わす音を奏でる。魔獣が持つ物理法則を無視する力。

 人はその魔法を模倣し、理解し使いこなすための技術体系へと編纂した。それが人の使う魔術。

 発動には術式、(シジル)や呪文、魔術具などが必要になる。

 人の使う魔術とは、人に理解できるようにした魔法の一部でしかない。


「本能で世界の法則に介入する魔法。だが想像力のある人間では術式構築せねば発動できず、現象への方向性を定めねば発動しても暴走、暴発の危険性がある。知恵を持つが故に想像、妄想などの気の迷いから人には魔法は使えぬ筈の……、なのに人語を解する知恵が有りながら、術式構築無しで身体強化だと? バカな……」


「ほら、ちょっと殴りあっただけでこんなに分かり合えるじゃないか」


「殴りあっとらんわ! 一方的に殴られただけで!」


「オレが殴っても壊れない頭蓋骨に、簡単には気絶もしない生命力、見る間に治る再生力。なかなかいいぞ、オマエ」


 アルカンドラスの目の前で、女は舌で己の唇をペロリと舐める。その唇がニイッと笑みの形に。


「もっとオレと暴力(かいわ)しようぜ? 吸血王」


「イヤだッ! 暴力反対! 負ける戦いなどしたくないっ! 壊れなくとも痛いのはイヤだー!! なんなのだ!? 貴様はいったい何者なんだ!?」

 

「オレか? オレの名はラム……」


 女は言いかけて止まる。少し考えて、いいことを思い付いたというように。


「くくく、吸血王、もっとオレを楽しませろよ。それができたら褒美にオレの名前を教えてやるぜ」


 アルカンドラスの背に『血戦の間』の赤い壁が触れる。もう後退る先が無い。部屋の隅まで追い詰められて、肉食獣の笑みで近づく女を震えて見詰める。


「わ、我輩、芸の類いは苦手で、女を楽しませるような特技は何も。し、新型の戦闘特化型スケルトンナイトの開発など、いかがかな?」


「さあ、人を越えた身体能力が自慢なら、避けるか守るかしてみろよ」


 そして一方的な暴力が始まった。いくつもの拳がアルカンドラスの身体にめり込む。必死で『血戦の間』を逃げ惑い、逃げ切れずに追い付かれ、回り込まれて何度も何度も殴られる。


「ひやあああああ! 助けてえええええ!!」


「どうしたどうした吸血王? 人外の領域はまだまだこれからだぜ?」


 笑いながら楽しみながら、女はアルカンドラスを殴り続ける。アルカンドラスは吸血鬼となって初めて、圧倒的な存在との力の差を思い知った。

 不老不滅のアンデッドとなり、もはや己を倒せる者はドラゴンか色の名を冠する龍くらいしかいない。これからは自由に好き勝手にやりたいように生きていける、そう考えていた。


「なんで? なんでこんなことに?」


 それが手も足も出ない。女の形をした災厄に翻弄されてアルカンドラスは絶望する。

 叡知の深淵を探求するために、生存することと再生することに特化した吸血鬼の身体は、簡単に気絶することもできない。

 物理的な耐久力は高くとも肉体は痛みを感じる。

 だが精神はもとの人間の頃とあまり変わっていない。

 逃げることもできない暴力の嵐に苛まれ、アルカンドラスは絶望に意識が遠くなっていく。


 こうして目覚めた邪悪はボッコボコにされた。

 アルカンドラスが吸血鬼として目覚めて7日後のことである。


(* ̄∇ ̄)ノ 頭だけはとっても頑丈なアルカンドラス。K様の発案、頭だけになっても生き残る、を採用。


( ̄▽ ̄;) オリハルコン並みの頭蓋骨?

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[一言] ■K様の発案、頭だけになっても生き残る、を採用。 K;╥﹏╥) … すまん、アルカンドラス。 まさか、こんな、むごいことになるとは……
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