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我が名は吸血王アルカンドラス!! 7


 黒い影法師のような侵入者は無言のまま玉座の不死者を観察する。

 アルカンドラスは余裕のポーズのまま影法師の視線を受け止める。内心、十数年振りに人と会うことに緊張し、ジロジロと観察されることに落ち着かない気分となっている。しかし、人を超越した不死者としてカッコつけねば、と動揺が表に出ぬように、気品溢れる態度を崩さぬように落ち着いた声を出す。


「さて、招かれざる者よ。何が目的でここまで来た?」


「……」


「挨拶も無しか? 無粋だな。この遺跡迷宮の宝が目当てか? それならばここには古代の遺産は何も無いぞ。我輩がここに来たときには、既に何者かに探索された後だ。ろくな物は無かった」


「……」


「それとも我輩が目的か? それとも知らずに乗り込み、こうして我輩を目の前にして恐怖で口が動かなくなったか? んん?」


「フン」


 影法師はポツリと呟く。


「よく喋るアンデッドだ」


 その声にアルカンドラスは右の眉を上げた顔をする。


「ほう? その声、女か。我輩を一目でアンデッドと見抜くとは。呪詛がこの身から漏れぬように幾重にも術式が重ねてある。見た目だけではアンデッドとはバレない筈だが、それを見抜くとは。よほど感知能力が高いのか、それとも精度の高い感知の魔術具でも持っているのか? これはおもしろい」


 アルカンドラスの大仰な言葉を聞く女は、ふう、とひとつため息を吐く。


(まれ)な到達者か。人間をやめようって輩はイカレてるもんだが、トチ狂って暴走する前に見つけられたのは幸運か?」


 黒い影法師の女は被る傘帽子を左手ひとつでポイと投げ捨て、雨避けの黒いコートに手をかける。コートはバサリと地に落ちる。冷めた目でアルカンドラスを見る。


「さっさと潰して終わらせるか」


「お?」


 顕になった女の顔を見てアルカンドラスは身を乗り出す。ジロジロと女を見て、その目が赤く輝く。


「美しい」


「はあ?」


 女はアルカンドラスの呟きに虚を突かれ、キョトンとした顔になり疑問の声を出す。アルカンドラスは顔を出した女の姿を頭から足までじっくりと見て、


「実に美しい。目に力がある。その眼差しには覚えがある。己の実力に自負のある、自信と信念を持つ者の目だ。むむ、その目で見つめられると背筋にゾクリとするものを感じるな。肩まである暗い赤色の髪というのも風変わりで良い。初めて我輩の魔術工房に来た客人がこのような美女とは、実に素晴らしい」


「……あ? 美女って、オレのことか?」


「なんと? オレっ娘か? キャラが立っているではないか。男勝りの勝ち気な姉御っぽい美女。うむうむ、ますます良いぞ。

 そして身体のラインを強調するようなその服。ベルトだらけの白い拘束用の服のようにも見えるが、そういうのが今の巷で流行りのファッションなのか? 妖しいと言うか胸と腰のラインが強調されて実に破廉恥というか、ウエストのくびれとかなかなかに良いではないか。スタイルに自信があると見た。白いピッチリした服に黒い手袋、黒いブーツと実に斬新な服。その衣装を着こなすだけでもただ者では無いとわかる。これはエッチだ。ふむ、奇抜なデザインの服を纏う怪人、これは我輩も負けておれんな。参考にせねば」


「お、オマエな、」


「そして人を超越せし不死者の王たる我輩に対し、物怖じせずに堂々と凛々しく立つ。こういう気の強そうな美女にいろいろやらしいことして、困らせた顔させたりとか泣かせたりとかしてみたりして、ううむ昂る」


「え? キモ、」


「血を飲むならこういう美女の血が良い。決めた、この女は我輩の初めて獲物としよう。そして我輩の配下にしよう。アンデッドにはせずに生者のまま、我輩の忠実な下僕に。下僕? というよりは秘書だな。秘書がいい。この吸血鬼の王の秘書にしてやろう。フフフフフ、昼は有能で冷静な秘書、しかし夜のベッドの中では一転して王の寵愛を望む甘えんぼな子猫ちゃんに、とか、そんな二面性があると(はかど)る。うむ、女、我輩に仕えるがいい。さすれば永遠の至福を与えてやろう」


 奇妙な雰囲気の美女を見て、刺激されたアルカンドラスは妄想が止まらない。アレもしたいコレもしたいと、赤髪の女を見ながら思い付くいやらしい想像が次々と口から零れていく。

 女はアルカンドラスの言葉を聞きながら、俯いて肩を震わせる。やがて我慢の限界か、ぷふっ、と息が漏れる。


「ぷあははははははははは!! お、オマエ、いったい何年この遺跡に潜っていた? ははははは、心の声がダダ漏れだぞ!! オレにエロイことしたいとか? 目の前で言うのか! あははははははは!!」


 突然爆笑する女、アルカンドラスも負けじとニヤリと笑みを浮かべ。


「仕方無かろう、一人暮らしが長いと独り言とは増えるものなのだ。しかし笑うと一層魅力的だ。なんというか、猛き肉食獣が哄笑するとこんな感じだろうか?」


 女はひとしきり笑い、発作のような笑いが治まると、


「くくっ、問答無用で潰すつもりだったが、少し付き合ってやる。おい、アンデッド」


「何かね? 美貌の闖入者よ?」


「コイツはオマエがつくったのか?」


 言って女は右手にぶら下げていた頭蓋骨をアルカンドラスに投げる。アルカンドラスは玉座に座ったまま片手で受け止める。

 手にした頭蓋骨と目を合わせるように持ち確かめる。


「おお、セヴァールよ、我輩を守るために闘い敗れてしまったか。長い間の忠義に感謝するぞ。務めは終わりだ、安らかに眠るがいい」


 アルカンドラスは玉座のひじ掛けにセヴァールの頭蓋骨を置き優しく撫でる。


「我輩の傑作スケルトンナイト、七骸騎士団(セヴンデスナイツ)をたった一人で屠るとは、かなりの魔術の使い手のようだ」


「スケルトンナイト、セヴンデスナイツ、ね。スケルトンにしてはいい動きをしていた。ちょっと楽しめた」


「速度を上げ戦闘力を高め、そしてアンデッドの天敵たる浄化術にも対策してある。簡単にやられはせんように作ったのだが」

 

「おい、お喋り不死者。オレを楽しませてくれた礼にひとつだけ教えてやる」


 女は右手の人差し指を立てる。女との会話が楽しくなってきたアルカンドラスは嬉々として、


「ほう? この天才アルカンドラスにいったい何をご教授(たまわ)れるというのかな?」


「人格と記憶を残したままのアンデッドへの転生。成功したのはオマエが初めてだと思うのか?」


「ふむ、それについては我輩も疑問に感じていた」


 アルカンドラスは右手を顎にあて首を傾げる。それは長年の研究中にも感じていたこと。


「不老不死を求めた研究者は昔よりいる。『根の倉・未完』のような魔術書がかつての求道者の名残としてこの世にある。我輩より先に知恵持つ不死者へと転身した者がいてもおかしくは無い」


「そいつらが今の世にいないのは、なんでだと思う?」


「アンデッドは生者に疎まれるもの。教会のように不死者を地に還すのが使命と頑張る輩もいる。そいつらを相手にするのが面倒で身を隠しているのではないか?」


「じゃあ、オマエは身を隠してたのか? 人を超越したってヤツがどうして人に気を使って隠れる必要がある?」

 

「む……、」


 言われてみれば、とアルカンドラスは憮然と女を見る。赤毛の女は少し声のトーンを落として重々しく言う。


「人の領域の中で生きる者は人の律に従うもの。だが、人の枠を越えた者は人外の領域の律に従ってもらう」


「人外の領域、だと?」


「黄泉返りした死者が、超人類だとか名乗って現世を支配するのは許さない。死者は滅せ、骸は土に。そうして人知れず屠られてきた。心在る死者に好き勝手させるわけにはいかない」


 女は唇は笑みのまま、目は鋭く冷たくアルカンドラスを見る。死刑宣告にも似た言葉にアルカンドラスは、


「ク、ククッ、ハハハハハハハ!」


 笑って玉座から立ち上がる。


「ハハハ! 人外の領域だと? その律とやらを作ったのは光の神か? 闇の神か? 女よ、貴様は熱心な神々の信徒なのか? 律だと? 例え神々が存在したとしてそれがどうした? 許さぬだと? 何者が我輩を止められるのだ? 我輩こそが人を超えし叡知の深淵の探求者。不老不滅の不死の王。神も運命も捩じ伏せて、永劫を謳歌する!!」


 アルカンドラスは右手を大きく横に振る。マントをつけていたなら大きく翻るところだろう。その右手でビシリと己を指差して、


「記憶に刻むがいい、我こそが新たな人の可能性、死を超えてなお生きる者、夜と闇の支配者。我が名は吸血王アルカンドラス!!」

 

 このときの為に考えていた名乗りのポーズを、ズバアン!と効果音が鳴りそうな勢いで決めるアルカンドラス。

 うむ、決まったな、と独り悦に入る。

 正面から見ていた赤毛の女は、やれやれと頭をかく。


「ハハッ、こんなに生き生きと喋るアンデッドは初めてだ。だが、こっちはこれが役目なんでな」


 顔から笑みを消し、両手を軽く開きアルカンドラスへと一歩進む。


「今から潰す。抵抗してみろ」


「できるかな? 人外の領域とやらのメッセンジャーよ」


 アルカンドラスは余裕のまま、両手を軽く握る。人差し指と中指をピンと伸ばす剣指の形に。


「お喋りの間に貴様の力を測っていた。魔力はそこそこあるが、人外の領域を名乗るには人並み外れてもいないではないか。その身に身体強化の術式を纏うでも無い。剣も盾も無く戦士の類では無さそうだ。人にしてはそこそこ強い程度の魔術師が、この吸血鬼の不死王に勝てるとでも思ったか?」


「なあおい、アルカンドラス、と言ったか? ひとつ聞いてもいいか?」


「なにかね? 我輩の秘書になったときの報酬や待遇についてかな?」


「オマエがオレに勝てたなら、秘書でも下僕でもなんでもやってやるよ。オレが聞きたいのは、オマエは不死の吸血王なのか、吸血鬼の不死王なのか、どっちなんだ?」


「うむ、迷っている。どちらがカッコいいのであろうか?」


「知らねえよ」


 笑みで応える女にアルカンドラスは剣指を向ける。そのまま両手で空間に(シジル)を切り術式構築を始める。

 

「我輩の力を見るがいい。その身に圧倒的な魔力という恐怖を教えてやろう」


 このときアルカンドラスは敗北など思慮の外だった。少し強い程度の魔術師が己に勝てるとは毛ほども考えていなかった。吸血鬼となった今の身体能力なら、人間が何をしようと見切ってかわせる。

 他愛無し、ならば雷系の大魔術を使い脅してやろう。わざと狙いを外して余波の雷撃で痺れさせてやろう、と余裕だった。

 勝つことは当たり前でいかに女を屈服させて捕えるか、そんなことを考えて朗々と呪文を唱え空間に魔術陣形を描く。


「エルド、ユーピ、水と風の狭間に遊ぶ雷精よ、ファウタスレド、バリアン、今ここに集いて力を成せ、ゲシェド、スファウ、ボラス、もはや汝に厄を逃れる術は無し……」


 空間に紫の光で描かれる魔術陣形。その密度、正確さ、速さ、全てが熟達の魔術師を超え、注がれる魔力は人の扱う域を超える。

 アルカンドラスが開発した雷撃の上位魔術『獰猛なる雷迅ブルーティッシュボルト』吸血鬼の持つ魔力で編まれた投射雷撃魔術は、直撃すれば巨体の沼竜すら昏倒させるだろう。

 紫の魔術陣形が赤い『血戦の間』に輝き、アルカンドラスが恐るべき雷撃の術式構築を終える、その直前。


「そぉい!」

「へぶっ!?」


 無造作に近づいた赤毛の女の右拳が、アルカンドラスの顔面を打ち抜く。


 目覚めた邪悪は初めての負傷に鼻血を流す。


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