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我が名は吸血王アルカンドラス!! 6


 アルカンドラスは研究道具の片付けをしながら呟く。


「なかなか雨がやまぬな。晴れたら人の街に降りる予定なのだが。ならば次は部屋の改装の続きでもするか」


 このときアルカンドラスは油断していた。何故ならここには十何年と誰も訪れたことが無い。

 この遺跡迷宮に魔術工房を構えた頃は教会の手の者が来るか、遺跡の宝を求めて古代研究者か探索者が来るか、と警戒していた。侵入者に対策すべく罠を仕掛け、入り口は見つからぬように隠蔽するなど徹底した。


 その後、無事に吸血鬼変体の儀式魔術も成功し、これまで一度も邪魔する者が来なかった。

 もはやこの場所は見つからぬだろう、とアルカンドラスは考えていた。

 しかし、災厄とは忘れた頃にやって来る。


 突然、遺跡迷宮の中にリリリリリリンと鈴の音が大きく響く。


「む? 警報? 侵入者か!」


 アルカンドラスはふり返り走り出す。ひとつの部屋の扉を開け中に飛び込む勢いで入る。壁から下がる鈴に手をかけると、けたたましく鳴る鈴の音が止まる。


「何者だ? 何処まで侵入された?」


 動揺しつつ呟きながら机の上を見て、アルカンドラスは目を見開く。


「なんだと!?」


 驚きの表情で見る先には、机の上に並ぶ七つの水晶。大人の拳大の球形の水晶は、七つのうち三つは中に紫の炎が揺らめき、残りの四つは白く濁り表面に罅が入っている。


「ワンウェイ、トゥーリーア、サーディス、フォシアが活動停止だと? もうやられたのか? 我輩の作りし傑作アンデッドナイトが? 四人も?」


 驚愕の声で現状を確認する間にも、机の上の水晶のひとつが紫の光を失っていく。白く濁りピシリと音を立てて罅が入る。


「ファイヴァスまでもがやられたか……、残るはシックロック、セヴァールの二人だけ。我輩の七骸騎士団(セブンデスナイツ)が……、これはよほど腕の立つ魔術師か浄化術師がいるのか? この短時間でなんということだ、いや、入り口の警報のトラップを回避して侵入したのだろう。そして、ファイヴァスとの戦闘中に警報装置に触れたと見るべきか。こうしてはおれん」


 アルカンドラスは険しい顔で部屋を出る。遺跡迷宮の中、階段を下りて下の階層の更に奥に向かう。一際大きい扉を開け中に入る。


「迎え撃つにはやはりここだ」


 その部屋は広く、床と壁は暗い赤い色一色に染まる。薄暗い大部屋の中、ここだけは他の部屋と違い異様な雰囲気がある。奥には金で装飾された椅子がひとつ、一段高いところにある。その椅子はまるで玉座のように豪奢な造り。

 その大部屋は迷宮の主が住まうかのような、薄暗い赤一色の不気味なところ。

 アルカンドラスは玉座に向かい歩を進める。


「侵入者が何者かは知らんが、いかに腕が立とうとも只の人間。不死の王の吸血鬼となった我輩に勝てる筈が無い。どれだけ鍛えようとも生物としての基礎能力が段違いなのだから。

 ならば相手をし、返り討ちにしてやろう。これが教会の手の者なら今の教会の戦力を測ることもできる。捕らえてここに来た目的を聞き出してくれよう」


 アルカンドラスは部屋の奥にある玉座、その裏側に回り込む。壁の隙間に手を入れ仕掛けを確認する。


「いざとなればこの隠された抜け道から脱出するので、逃走経路も問題無し。使う事態になるとは思えんが」


 隠し扉の仕掛けが問題無く動くことを確かめて、アルカンドラスは玉座に座り足を組む。

 

 アルカンドラスは相手が人間だろうと予想し侮っていた。吸血鬼の身体能力と魔力があれば、敵が何十人いようと負ける筈が無い。そう考えつつも万一のことを考慮し、脱出用の隠し通路のあるこの最奥の部屋まで来た。

 アルカンドラスが『血戦の間』と命名したこの玉座の間で、人の形の邪悪は初めての戦いに備えて待ち構える。


「こう、余裕で待ち受ける大物っぽくあらねばな。なにしろこの不死身の吸血王と人間の初めての邂逅となるのだ。これはこれから伝承となる我輩の最初の1ページ目、夜の支配者アルカンドラス伝説のオープニングとなる一場面となるのだ。ならばここはビシッとカッコ良く決めねばなるまい」


 玉座に深く腰掛け、これまでに読んだことのある吸血鬼伝説を思い出す。どのように役割演技(ロールプレイ)をするかを考えながら、侵入者を待ち受ける。


「うぅむ、もう少し部屋の装飾とか作り込みたかった。とりあえず赤く塗っただけだからな。この玉座もなんとなくそれっぽくしただけで、素材も黄金では無く黄銅、魔術具の失敗作を飾りに転用してたりするし。じっくり見られるとチャチなのがバレてしまう。

 この部屋の明かりを薄暗くしてあるので誤魔化せるだろうか? こうなるなら服も用意したかった。ブーツとかマントとかカッコいいのを揃えたかった。この黒のローブ姿も悪くは無いが、できれば高貴な感じでコーディネートしたいのだが。なかなか万全とはいかんものだなあ」


 アルカンドラスは手鏡を取り出し髪型をチェックする。前髪を手櫛で整えて、続いて水筒を取り出し水を一口飲む。


「あ、あー、あー、はあっ! あえいうえおあお、かけきくけこかこ、させしすせそさそ」

 

 一通り発声練習をすると水をもう一口飲み、水筒を玉座の裏に隠す。黒手袋と銀の腕輪を装着する。


「吸血鬼となり増加した魔力用に調整した新魔術具。初の実戦テストとなるか。できれば生け捕りにしたいので麻痺狙いの雷系魔術をメインとして」


 魔術陣形の刺繍された黒手袋の位置を直し、手袋と腕輪に魔力を通して問題無く使えることを確認する。


「あとは、入り口の扉を開けたときに我輩がどう見えるか。優雅に王の如く威厳のあるポーズでなければ」


 アルカンドラスは玉座に腰掛け、足を組み直しては手の位置をどうしようか悩む。右の肘をひじ掛けにつき、軽く握った拳に右の頬を当てる。頭を右拳に預け肩の力を抜く。


「こうか? こんな感じか? 準備はこれで良し。さあ来るがいい、我がもとへ」


 アルカンドラスは偉そうな姿勢のまま、玉座で待ち構える。耳を澄ませば遠くから微かに足音が聞こえてくる。強化したアルカンドラスの聴力でなければ聞こえない小さな足音を捕える。


「む? 足音の数が少ない? 一人なのか? たった一人でこの不死王の魔術工房に乗り込んできたというのか? いったい何者なのか?」


 アルカンドラスはドキドキワクワクしながらも、気だるげで余裕のある姿勢を崩さないように気をつけてじっと待つ。十何年振りに人と会い話をすることに緊張もする。


「フフフフフ、なかなかに胸が高鳴るではないか。楽しくなってきた」


 やがて『血戦の間』の大扉をゆっくりと開けて、人影がひとつ部屋の中へと入ってくる。


 その人物は雨避けの傘帽子をかぶったまま、黒い防水のコートに身を包む。まるで黒い影法師が立っているかのような姿。

 武器も盾も持たず、右手にはひとつの頭蓋骨をぶら下げている。

 ゆっくりと部屋の中へと踏み入り、部屋の真ん中で止まる。左手で傘帽子を軽く上げ玉座に座るアルカンドラスを見上げる。

 アルカンドラスは余裕のある堂々とした態度のまま、薄く笑みを浮かべて侵入者を見下ろす。


「招待した憶えの無い不躾な闖入者よ。だが、ようこそ、と言っておこう。我輩の魔術工房の初めての客人よ」


 尊大な態度で傘帽子に声をかける。


 目覚めた邪悪は、動き出す前に見つかってしまった。


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