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我が名は吸血王アルカンドラス!! 5


 アルカンドラスは針に糸を通す。鼻歌しながらローブに針を通す。チクチクと縫う。


「♪火風地水の四元素

  火が軽くて水が重い

  熱冷乾湿の四性質

  火元素熱乾ハーブは

  エルダーフラワー♪」


 椅子に座り足を組み、歌をうたいながらローブを繕う吸血鬼。


「我輩、こう見えて裁縫はそれなりにできるのだ。まあ、魔術師というのは見習い時代に、黒布に白糸で魔術陣形を刺繍するので、魔術師とはだいたいが針と糸の扱いに慣れるのだがな。

 これは迂遠に見えて魔術陣形を頭に入れるには良い方法なのだ。素早い術式構築のためには、魔術陣形を完璧に可視化できるほどに憶えねばならないのだから。

 我輩も昔は、なんでこんなことを、と文句言いながら何枚も魔術陣形を刺繍していたものだ」


 過去を思い出しながら、独り言を呟きながらアルカンドラスは針を動かす。


「ローブの裾を足さねば、人の町に下りるときに着るものが無いではないか。背の高さが変わったからか服が全て小さく感じる。せめて人の町で買い物をするときにおかしくない格好をせねば」


 現在、アルカンドラスが着ている服も袖は短くズボンは丈が足りない。脛が出てしまっている。


「人の町に下りたならば、先ずは服を買わねばならんか。金は、と、その前に宝石でも売って金を作らねばならんか。しかし、我輩だいじょうぶなのだろうか? この魔術工房に籠りずっと死霊術研究に打ち込み、もう何年も人と話したことが無い」


 アルカンドラスは針を動かす手を止めて、側に立つ黒衣のスケルトンを見上げる。主に忠実な骸骨の下僕は裁縫道工の箱を持ったまま佇んでいる。


「我輩が話しかける相手とはセヴァールのようなアンデッドしかいない。そんな生活を続けていたらすっかり独り言を言うのがクセになってしまった。なあセヴァールよ、我輩、町に下りて人とちゃんと話ができると思うか?」


 黒衣のスケルトンは首を傾げて、しばらくするともとに戻す。アンデッドのセヴァールに自我は無い。主の言うことに反応しているだけであり、複雑な未来の予想を自らの考察で述べたりはしない。

 主であるアルカンドラスの言葉が分からないときに曖昧に頭を動かしているだけである。

 それを知っているアルカンドラスは大きな声で独り言を続ける。


「正直に言うと不安だ。服を買うつもりだが、今の相場というのがまるで分からん。宝石を売って金を作ろうにも、百戦錬磨の商人を相手にしては満足に交渉できず、買い叩かれてしまうのではないか?」


 アルカンドラスは、はあ、とため息を吐く。

 賢人の学舎から追放され、人里離れた遺跡迷宮の奥に魔術工房を構え。己の研究の正しさを証明するために一心不乱に研究に打ち込んだ。インチキと呼ばれた魔術書『根の倉、未完』を死霊術の深淵に届くものと信じ、己の理論の正しさを証すために自らの身体を実験台にしてまで。

 死霊術を忌み嫌う教会から隠れ潜み、ただひたすらに不老不滅の不死者を目指した男。

 スケルトンを下僕と従え何年も薄暗い遺跡迷宮で実験と研究に明け暮れる日々。

 隠蔽されたアルカンドラスの地下魔術工房は、これまで誰にも発見されずにあった。

 教会に見つかることも無く、誰かが訪ねてきたことも一度も無い。


 人と話す機会も無いまま、魔術工房に引きこもり続けたアルカンドラスは、軽度の対人恐怖症になりつつあった。


「仕方無かろう。だいたいもともと我輩は人と交渉することが上手くできぬ性格なのだ。我輩が人と話すのが上手ければ、賢人の学舎を追放される事態になっとらんわ。

 だがこの性格だからこそ研究を突き詰め吸血鬼となれたのだ。これも宿命、天才とは凡人に理解されない孤独の中で真理を探求するものなのだ」


 長い引きこもり生活ですっかり独り言がクセになってしまったアルカンドラス。


「だが、こうして吸血鬼の不死王となったのだから死霊術以外の研究もしたい。寿命を超越した我輩は、もはや時間に追われることもない。時は今や我輩の味方だ。ふむ、しばらくは休息とするのも悪くないか。

 久しぶりに本でも読みたい。研究関連のものでも良いが、詩集とか小説なども良いな。

 ……官能小説など、今は何が流行しておるのだ? うぅむ、肉体の若返りに釣られて性欲が復活している。なんというかムラムラしおる。

 魔力、体力を高め再生力を強化したことによる副次効果か? 生命力を高めることが生物として子孫を残そうという渇望にも繋がるのだろうか? 生身あるアンデッド、吸血鬼の身体とはもとの人に近いわけで、となると人の本能と欲求もまた残る。そこは予想の範囲内であったが、こうもエッチなことしたいと昂るというのは想定外だ。我輩、若い頃もこうだったか? 

 とにかくこの欲求不満のモヤンモヤンはどうにかせねばなるまい。人の街に行けば娼館もあるか。行ってみるか?」


 ローブを繕う手を止めて、アルカンドラスは暫し、やらしい妄想に浸る。エッチな想像でニヤニヤとする。


「いや、いやいやいやいや、いきなり娼館というのはハードルが高い。物事には順序というものがある。先ずはちょっとえっちな酒場などでも、半裸の踊り子がいるようなところから慣れていかねば。

 そういうところに行こうというならば、人と話すのは不安だ、などと言ってられん。さっさとこの服を仕立て直し人の街に行かねば。

 うむ、失敗を怖れて何が研究者か、なにが知の探求者か。失敗から原因を探り調べ学び、その先へ向かう者こそ学者なり。それにいざとなれば吸血鬼の力と魔力でどうにでもなる。強引に逃げ出し他の街に行くのもアリだ。

 ふふふ、なんだかなんとかなりそうな気がしてきたぞ」


 言ってアルカンドラスはローブの修繕の続きに戻る。ウキウキワクワクと小さく身体を揺らし、チクチクチクとローブの裾を縫いつける。


「フフフフフ、楽しみになってきた。いろいろと欲しいものも浮かんできた。買い物をしながら人との交渉に慣れるとしよう。吸血鬼となったのだから吸血鬼らしいマントなど欲しいな。ブーツとかタイとかも。仕立ての良い服を一通り揃えたいところだ。質の良い生地を買い魔術刻印を施し自作するのも良いな。

 他にも詩集とか、最近はどういうのが流行りなのだろうな? 屋台の食べ歩きなども良いな。そうだ、料理のレパートリーを増やすにレシピ集なども欲しい。酒場でいくつか飲み食いするのも良いな、酢になってないワインとかちゃんとした酒精を楽しんでみたい。

 そして人と話すのに慣れていき、最終目標は娼館だ。娼館で女と話すのに上手くなれば、いずれ誘拐するときもスマートに決めることもできるだろう。あぁ、夢が広がる。人生とは喜びと楽しみに満ちておるな! これからは異なる分野へと挑戦するときだ! これが未知の不安に挑むという冒険心、人の文明を発展させる原動力である!」


 アルカンドラスは喜び勇んでローブの修繕を終わらせる。裾を縫いつけ足したローブを羽織れば、足首まですっぽりと覆う長さ。


「うむ、旅人と言うにはおかしくない姿と言えよう。フードを深く被り顔を見られぬようにしておけば目立たぬだろう。これで準備良し。では、いよいよ外へと、人の街へといざ行かん」


 アルカンドラスは遺跡迷宮の中を歩き、地上への出入口へと。

 魔術工房を隠す為の隠蔽の魔術を一時的に解除し、外へと向かう。


「発見されぬよう、魔力も呪詛も外へと漏らさぬように仕掛けておいたが、解除するのがちと手間だな。もう少し簡単に機能の稼働と停止を切り替えられるようにしたいところだ。今後は我輩自らが頻繁に出入りすることになりそうだし」


 人里離れた山の中腹、そこにある暗い洞穴の中から、目覚めた邪悪はついに人の街へと足を踏み出した。

 だが、


「む? 雨か?」


 一歩洞穴から外に出れば、空は灰色の雲が覆いザアザアと雨が降る。雨粒が山の草木の葉を叩く音が響く。


「うぅむ、この雨の中を歩くというのは……」


 アルカンドラスは雨に濡れる山の木々を眺め、暫く考えてからクルリと振り返る。


「晴耕雨読、晴れた日には外の仕事をし、雨の日には屋内で本を読む。この吸血鬼の王が初めて人の街に降りるのだ、ずぶ濡れというのはカッコつかん。

 何も慌てる必要は無い、時間は我輩の味方だ。街に向かうのは晴れた日にしよう」


 そう言ってアルカンドラスは来た道を戻る。

 目覚めた邪悪は再び洞穴の闇の中へと帰る。


「今日は久しぶりに、のんびりとポエムでも嗜むとしようか……」


 人の形の災厄は、まだ動き出さない。


◇◇◇◇◇


「ん? 今、何か動いたな?」


 雨の降る山の裾野、女がひとり呟いた。

 雨避けの傘帽子に手をかけ、遠く離れた山の中腹を睨む。


「微かだが、呪詛の気配?」


 隠蔽の為の術式を解除したことで、動いたわずかな魔力の流れと、微かに漏れ出た呪詛に気づいた者がいた。



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