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我が名は吸血王アルカンドラス!! 3


「やはり、良い復讐のためには良い食事と程よい運動から、であろうか。健康を害しては復讐もままならんからな」


 アルカンドラスはキッチンに立つ。熱したフライパンに脂身をひとつ落とす。ジュワアと音を立てて脂身が熔けていく。


「肉を解体するときは、腸や膀胱、肝臓など内臓にキズをつけぬように繊細に丁寧に取り出す。失敗すると肉が臭くなってしまうので、肉に臭みをつけぬように慎重に。そして血抜きを徹底することで血生臭さの無い肉となる。狩った直後には氷系の魔術で冷やし、腐敗が進行しやすい温度を避ける。フフフ、芸術的な下処理だ。今宵の晩餐は野ウサギのステーキだ。

 しかし、素晴らしいではないか、この吸血鬼の肉体というのは。魔術で獲物を仕留めるつもりであったが、身体性能を試すために素手でウサギを捕まえてみようとすれば、あっさりと成功してしまったではないか。素早く近づき野ウサギが気が付く前に鷲掴みできてしまった。なんという素早さか。

 反応速度を上げ筋力は常人の4倍から6倍。骨格の頑健さは5倍から8倍と。なにより魔力に満ち溢れているこの身体、新たな魔術研究がいろいろとはかどりそうではないか、フハハハハ」


 アルカンドラスは大きな声で独り言を言いながら、フライパンにウサギの肉を落とす。ジュウという音とともに油が跳ねる。


「うむ、肉の焼ける匂いとは良いものだ。油の跳ねる音も心地好い。嗅覚も視覚も聴覚も性能良好、あぁ世界とは実に鮮やかで様々な音に溢れているのだなあ。

 我輩に戦闘経験はほとんど無いが基礎能力をここまで上げたのだから、これなら並みの人間で我輩に勝てる者はおらんだろう。これでもう教会の拭呪詛聖師団も怖くない。

 しかし、唯一の欠点は定期的に人の因子を補給せねばならんことか。呪詛汚染には対策防壁術式を幾重にも重ねてはいるので頻度は抑えられる筈なのだが。

 簡単なのが人の血を飲む、か。ゆえに吸血鬼と。さほど量が必要では無いので無駄に殺す必要は無いが、この辺り因子研究も進めねばならんか」


 次の研究案を練りつつ、アルカンドラスは焼き色のついたウサギのステーキをひっくり返す。


「うむうむ、このような料理など久しぶりだが、なかなか良い感じではないか? おお、セヴァールよ、皿とナイフとフォークを用意してくれたまえ」


 指示を受けた黒衣のスケルトンは机にテーブルクロスをかけ、丁寧に食器を並べていく。

 遺跡迷宮の奥、不死の吸血鬼の晩餐が始まる。


「山で取れた山菜とキノコのスープ、そしてメインは野ウサギのステーキ。ではいただくとしようか」


 アルカンドラスは椅子に座りナイフとフォークを手に取ると、優雅に肉を切り分け口に入れる。じっくりと味わい、次にスープに口をつける。再び野ウサギのステーキを噛みしめると、その目に涙が滲む。


「……美味い」


 指でそっと涙を拭い大きく息を吐く。


「ふぅ、食事とはこれほど良いものだったのか。吸血鬼になる前は老化で歯が弱くなり、噛みしめることができなかった。以前の食事と言えば必要な栄養素のある食材を細かくし、回復薬と混ぜた流動食のようなスープばっかりだったからなあ。

 余裕を無くし食事の為の時間を削り、吸血鬼変体の研究の完成に全てを賭けていた。失敗すれば死んでいたので、文字通りの命懸けだったか。

 我輩の生涯を賭けた研究の結果、吸血鬼となった今、歯も顎も復活し野生のウサギ肉も噛みきれる。この丈夫な歯に顎の力、ハハハ、ワイルドに噛みちぎることもできるぞ。

 味付けはシンプルに岩塩だけだが、それがいい。肉の味がよく分かる。これが物を食べる喜びか。あぁ吸血鬼になって良かった。

 ふふ、肉の油が山菜の自然な苦味のスープとまたよく合う。マッシュルームの歯応えがほどよいアクセントだ」


 笑みと共に呟きながら、アルカンドラスは吸血鬼になってから初めての食事を堪能する。

 アンデッドではあるがスケルトンやゾンビとは違い、生身の血肉を持つヴァンパイア。人に近い肉体を維持する為には人に似た食事が必要になる。

 アルカンドラスは満面の笑みで食事を続ける。


「呪詛を生命力とするので生きた人間ほどに栄養は必要では無いが、我輩はリッチやワイトとは在り方が違うし。しかし身体が求めるものをこうして食らうというのは、これが生きる喜びというものか。なんだか生命力が湧いてくるようだ。

 おぉ、ウサギよ。山の中を駆け回る小さな生き物よ。我輩に目をつけられたのは不運だが、貴様の血肉は我輩の一部となり、我輩と共に永遠を生きるのだ。

 そしてこのアルカンドラス、貴様に深く感謝を捧げよう。名も無きウサギよ、貴様は我輩に食の楽しみと生の喜びを再確認させてくれた。骨は手厚く葬ってやろう、安らかに眠れ。我輩に新たな活力を与えたもうた名も無きウサギに乾杯!」


 アルカンドラスは水の入ったグラスを高々と掲げ、


「む? おぉ、忘れるところであった。セヴァールよ、ワインを持って来るのだ。あのワインだぞ」


 黒衣のスケルトンは恭しく頷き、主の命じるままに一本のボトルとグラスを持ってくる。コルクを抜き赤いワインをグラスに注ぐ。


「この遺跡迷宮に乗り込み魔術工房を構え、研究が成功したならば開けようととっておいたこの名品。ワイン一瓶に金貨8枚というのはぼったくられたのかもしれんが、こうして吸血鬼の不死王となったのだから、我輩も王に相応しく高級なワインやブランデーなどもちょっと調べておこうか。

 フフフ、酒精などいったい何年振りか、いや十何年振りか? 我輩の研究の成功を祝い、名も無き野ウサギの冥福を祈り、では乾杯!」


 アルカンドラスは目を細め赤ワインを口に含む。直後、


「ぶへっ!? げふっ、けほけほっ!」


 派手に口から吹き出す。


「ぐふっ、ふ、ハハハハハハ! なんだこれは? 酢になってしまっているではないか! これはもうワインでは無い!

 保存の仕方が不味かったか? うぅむ不味い。なんともはや、慣れないことをするには調べておかねばならんなあ。なかなか研究が捗らず、ずっと放置していたのもあるが、金貨8枚の名品ワインがこれではビネガーにもならん。うぅむ、実に不味い」


 不味い、と言いながらもアルカンドラスは酢になった赤いワインを口に含む。


「だが、美味いも不味いもしっかりと判別できる。味覚は正常と。ならばこれもまた良し。ワインは寝かせるほどに良いものになるものでは無かったのか? そちらは興味も無く調べてもいなかった分野だ。やはり正しい知識というものが無ければ、素人の物真似などこういう結果になるということか。残念なことだ」


 アルカンドラスは涼しげな瞳でグラスに入った赤ワインだったものを揺らす。


「思えば、あの賢人会もこの赤ワインと同じかもしれんな。賢者と崇められて、叡知の探求、次代に継承する知識の保存という本文を忘れた者たち。地位と名誉を保つ為に教会に尻尾を振り、知の探求者であることを見失った愚者ども。

 正しく理の通った知識を保てぬというのは、この酢になったワインと同様、ただの腐敗した廃棄物に成り果てる。

 賢人会の老人どもは身分と権威のために本道を見失った哀れな者たちか……、もはや飲めもせず、役にも立たず。過去の権威にしがみつくだけの厄介者。

 我輩が追放されたとき、あやつらは我輩よりも歳上であった。今、生き残っている者はいるのか? 今の賢人の学舎はどうなっているのだろうなあ? まさか、ただの教会の下部組織に成り果てるとか……、いや、あり得るのか?」


 アルカンドラスはまた赤ワインを口に含み、口直しにスープを飲み、ウサギ肉のステーキにかぶりつく。


「うむ、美味い。この肉が美味いのもしっかりと理の通った下処理を行ったからであり、それを味わえるのは真の叡知の継承者が故のこと。我輩は叡知を探求すべく人の寿命を超越したのだ。

 死霊術の研究を禁忌としたあやつらは、人の寿命を越えられはせんだろう……」


 ウサギ肉のステーキと山菜のスープを綺麗にたいらげて、アルカンドラスは満足げに椅子に深く身を預けて目を細める。端正な顔が至福の笑みを浮かべる。


「ふぅ……、満腹だ、満足した。消化の為に内蔵が静かに力強く動くのを感じる。生きる糧を身に納める、これが生の満足感、か……」


 生きる喜びに満ち足りた顔をするアンデッド。

 アルカンドラスは満足気な顔で、どこか遠くを見る目で、ボソリと呟く。


「……復讐、やめよっかなあ……」


 目覚めた邪悪は、動き出す意欲を失いつつあった。


 

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