我が名は吸血王アルカンドラス!! 2
金髪の男、アルカンドラスは姿見の鏡に己を映す。タオルで己の身体を拭きながら。その身体は肌白く、ほくろも染みひとつも無く、薄く光を纏うような肢体。
赤黒い液体――ヴァンパイア変体の為の魔術触媒――を丁寧にタオルで拭き取りながら、ヴァンパイアとなった己の身体を子細に観察する。素っ裸のまま。
「ふむ……、我輩の髪はこんなに濃い金色だっただろうか? ヴァンパイアになる前は全て白髪になって、おでこも広くなっていたからなあ。若い頃はこんな髪色であったか?」
鏡に顔を近づけマジマジと。
「若返っただけで顔はそれほど変わってはいないハズ。シワが無くなってはいるが。ふむ、肌は色素がやや薄くなり目が赤くなっている。若い頃は目付きが怖いとか言われたこともあったので、瞼を一重から奥二重にしてみたがどうであろうか? 顔はそんなに変えてはいないので若い頃の顔のハズなのだが、目付きが変わると印象とはけっこう変わるものなのか? 鼻だけちょっと高くしたが、これはほんのちょっとだけであるし」
角度を変えながら鏡に映る姿を何度も見る。
「ヴァンパイアやリッチは魂が無いので鏡には映らない、というのはやはり物語の創作か。だいたい魂があるか無いか分からん物まで鏡には映る訳だし。
語り伝えられる吸血鬼と言えば見目麗しい妖しげな魅力を持つ美女というもの。しかし我輩がこうしてヴァンパイアとなったのだから男でもヴァンパイアにはなれる。で、あればなぜ伝承の吸血鬼には女しかいないのであろうか?
そう言えばラミアやアルケニーといった半人半獣も語り伝えられるのは美女ばかり。男の半身持つ魔獣というのも聞いたことが無い。なぜだ? 男女でこの違いが出る原因とは? まあこの辺りについてはこれから研究する時間がいくらでもあるか」
アルカンドラスは腰に手をあてポーズをとり、鏡に映る己の姿を見てニヤリと笑う。
「ということは我輩が史上初の男の吸血鬼か? クフフフフ。吸血鬼と言えば闇の似合う妖しい美女だが、我輩のこの姿も物語の吸血鬼のイメージを壊さない程度には耽美な美青年、という感じではないか?
髭も手入れが面倒なので生えぬようにしたし、これで切ったり剃ったりと煩わしい日々の作業がひとつ減ったか。
勢いで首から下も体毛が生えぬようにしたから全身ツルツルだ。産毛も無いというのはやや不自然だろうか? さて、櫛、櫛はどこにしまったかな?」
アルカンドラスは髪を整えるために櫛を探して机の引き出しを開ける。
「む? ハハハハハ! 机の中はメモばかりだ! 老化のせいで物忘れがひどくなって、忘れぬようにとよくメモを書いていたなあ。そして書いたメモを何処にしまったか忘れてしまうのだ。まったく歳はとりたくないものだ。だが今の若返った頭ならば記憶力も復活。もうボケたとは言わせない。その上に視力も聴力も常人を遥かに越えた性能に強化! 老眼から回復したので拡大眼鏡が無くとも細かい字が読めるぞ! 耳も良く聴こえる! あぁ、若いって素晴らしいな! ところで櫛は、櫛は? えーと櫛は何処だ?」
しばらくごそごそと探していたが見つからない。ヴァンパイアに変化する前に何処に何をしまっていたかも思い出せない。
アルカンドラスは、仕方無いと諦め手をパンパンと叩いて鳴らす。
「セヴァール! 我輩の忠実なしもべセヴァールよ! 主のもとへ参れ!」
アルカンドラスの声を聞き暖炉の前にうずくまる影が立ち上がる。部屋をあたためる為に暖炉に薪を入れていたのは、黒い衣に身を包むスケルトンだった。
赤いシャツに黒い執事のような服を着た骸骨は振り向き歩く。骨の部分は顔しか見えない。
スケルトンとは思えない滑らかな動きでアルカンドラスの前まで歩くと、白い手袋に包まれた右手を胸にあて畏まり、恭しく主の次の指示を待つ。
「うむ、我輩の死霊術の傑作、スケルトンナイトのセヴァールよ。吸血鬼変体術式の間、よく我が魔術工房を守ってくれたな。感謝するぞ。教会の奴等が襲って来るかと警戒していたが、どうやら我輩の魔術工房は発見できなかったようだな」
セヴァールと呼ばれたスケルトンは応えるように頷く。
「密かに研究するためにこの遺跡迷宮に魔術工房を構えたが、何十年も邪魔が入らんとなると、我輩、もしかして教会に気付かれてもいないのか?」
アルカンドラスの呟きにスケルトンのセヴァールは首を傾げる。
「まあ良い。とりあえずセヴァールよ、髪を整えたいので櫛を持ってきてくれたまえ。あ、あと我輩の服をひとつ頼む」
セヴァールは一礼すると主の指示に従い動き出す。アルカンドラスは再び鏡に映る己を見る。
「こうして吸血鬼変体は成功したのだから、先ずは新たなこの肉体の研究と調整。その後は、そうだな、賢人会に復讐といこうか。叡知を求めるが賢人の学舎の本分だというのに教会なんぞに尻尾をふりおって。死霊術が禁忌だと? アンデッドの研究が禍々しいだと? 未知を探求せずして何が賢人会か。
教会も教会だ。死霊術と呪詛を研究すれば呪詛を払う浄化術もまた発展する筈であろうが。死霊術もまた魔術の中のひとつの分野でしかないものを、それを汚れた邪悪なもののように蔑みおってからに。
偉大なる天才、このアルカンドラスの研究を邪魔した挙げ句にこの天才を追放だと? 真に叡知を求める我輩のことを狂人扱いしおってからに。愚物が、蒙昧どもが。
復讐、そうだ復讐だ。我輩の天才ぶりを示して、あの自称賢人どもに『ぼくたちがバカでしたゴメンナサイ』と謝らせてやる! ハハハハハハ!」
素っ裸のまま鏡の前で堂々と立ち、両手の平を上に向け偉そうなポーズを決めるアルカンドラス。
復讐を決意し、目覚めた邪悪がいよいよ動きだそうとしていた。
「おお、セヴァールよ、櫛と服を持ってきてくれたか。……む? むむ? ……ハハハハハ! 服が小さい! 袖が短い! ズボンの裾が足りない! そうか吸血鬼になる前は老化で背が少し縮んでいたか。それにちょっとだけ足を長くしたのもあるか。いや我輩チビでは無い。無いのだぞ。もう少し背が高くて足が長いといいかな? というだけで、短足だったわけでは無い。我輩、吸血鬼であるからには世間の美貌の吸血鬼のイメージを壊すわけにはいかんのだからな。なあセヴァールよ」




