我が名は吸血王アルカンドラス!!
(* ̄∇ ̄)ノ 蜘蛛意吐世界に存在する上位のアンデッド。存在はするが歴史の表舞台には現れない。
そんなとある吸血鬼の主役回。
その日、ひとつの邪悪が目覚めようとしていた。
「……ククク、クックック……」
人里離れた山の中、地下に埋もれた古代の遺跡。その深奥には暗く禍々しい気配が満ちていた。
遺跡迷宮の最奥、その部屋は床、壁、天井まで紫色の魔術刻印が刻まれている。淡く光る魔術刻印はその光を強めて弱めてを繰り返す。それはあたかも巨大な生物の鼓動のように。
床に円形で描かれた紫の魔術刻印、いくつものルーン文字と術式が不気味に明滅し、その中央にあるのは黒い棺。
微かな笑い声はその黒い箱の中から聞こえてくる。
「……ククク、クフフフフ……」
棺の蓋がゆっくりとずれていく。ゴトリと音を立てて床に落ちる。黒い棺の中は赤黒い粘性の液体がゆらゆらと波打ち、魔術刻印の明かりに呼応するように淡く紫の燐光を灯す。
赤黒い液体に波紋が立ち、中から白い腕が現れる。棺の縁を掴み、揺らめく赤黒い水の中から一人の男が立ち上がる。
「フハハハハハ! 吾輩、復活!!」
その男の肌は白く、肌の上を赤黒い液体がドロリと伝う。片手で髪をかきあげるとボタボタと液体が落ち、金の髪が現れる。
涼しげな容貌の端正な青年。だがその目は赤く闇の中に光る。
大きく息を吸い、まるで息をすることを確かめるように深く呼吸を繰り返す。
「……あぁ、成功だ」
手を握り、開き、その手で己の肩、首、胸、腹と触れる。
「成功だ! やはり我輩は天才だった! クハハハハ、これぞ死霊術の深奥なり! 今、我輩は生命の理を超越せり!!」
暗闇の中、狂ったような歓喜のままに高笑う。
「なにが賢人会だ。どこが賢き人の集まりだ。我輩の理論も理解できず、魔術書『根の倉、未完』を狂人の妄想と嘲り、解読した我輩のことをイカれてるなどバカにしおってからに。貴様らが虚仮にした我輩の理論こそが正しく在ったのだ。真理を理解できぬ愚物どもが」
その身体に赤黒い液体を滴らせながら、美貌の青年は勝利に酔う。
「なぜなら我輩がこの身で証明した! 魂を持ったままの不死者への転生! 詩歌民話の類では無い自我を持つアンデッドとは! 今!! まさにここにいる!!」
アンデッド。
動き出す死者ゾンビや蠢く骸骨スケルトンなどが有名な、人を襲う死人返り。呪詛に汚染された死体が動き出し、生者を襲う。
甦った死者に知能は無く、生前の人格も記憶も無い。
呪詛という不可思議な力が原因とされる、生ける死者。
光の神々教会は、呪詛とアンデッドは闇の神々がこの世を蝕む為に送り込んだ呪いと説く。
祖霊信仰では、死者の魂は輪廻の輪の中へと帰り、残された死体は動き出してもその身体の中に魂はもういない、と説く。
精霊信仰では、アンデッドとは死の精霊に取り憑かれて彷徨う者と説く。
様々な研究者、神学者が研究し、呪詛という負の生命力がアンデッドを動かす要因というのは分かってきた。
そこから呪詛を操りゾンビやスケルトンを下僕のように操る死霊術、呪詛を祓いアンデッドをもとの死体に戻す浄化術が発展した。
「しかし、人とは死を怖れ遠ざけたがるもの。永遠の命を求めて、また死からの復活を求めて、自我を保ったまま寿命を超越する遥か上位者としてのアンデッドを追い求める。例え教会が禁じようとも叡知の深淵への探求は止められはせんのだ。そは学者、学ぶ者の宿業なり」
ゾンビやスケルトンよりも上位者とされるアンデッド。
伝説に語られる生前の記憶や人格を残したままの知恵持つ不死者。人々は詩人の歌や各地に伝わる民話の中でその存在を語った。
ヴァンパイア、リッチ、ワイト、ノーライフキング。
無念や恨みで甦る怨霊、死霊。様々な不死者の伝承が各地にある。例え、その実在は確認されなくとも人の口により語り伝えられる。
人は闇を怖れながらも、その闇の中に未知の影を見出だし、見たことも無い怪物の物語を怖れと好奇と共に伝える。
「だが、知恵持つ不死者とはただの伝承では無かった。これぞ死霊術の奥義なり。呪詛を新たなる生命力として活動する肉体、それに支えられ老化を克服せし我輩の脳髄。もはや老いにも病にも悩まされぬ新たなる生命の形。おぉ、偉大なる先人よ、その魂が呪詛に侵されようとも研究し続けた知の求道者よ。『根の倉、未完』に残した未完成の部分は、この天才が解明して補完した。貴様の研究は我輩が受け継ぎ完成させたのだ。吸血鬼への転生、自我と記憶を保持したままの不死者への生まれ変わり。不死の王は実在せり! 我輩は人を超越したのだ!!」
遺跡迷宮の奥の暗闇の中で、金髪の男は高らかに宣言する。
「我こそが伝承の具現者! 真のヴァンパイア! 吸血鬼の不死の王! 闇と夜の跳梁者! 讃えよ! 我が名は吸血王アルカンドラスなり!! フハハハハハハ!!」
人知れず闇の中で禁断の知識を求めた魔術師の成れの果て。人の形をした不死なる邪悪がついに目覚め、動き出そうとしていた。
「ハハハハハ! は、ひ、へ、へくちん!」
金髪の男はくしゃみをひとつすると、ブルリと身震いし己の肩を抱くように身を縮める。
「おお、我輩、素っ裸であった。寒い、風邪をひいてしまう。ひくちん!」