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久しぶりのお茶

(* ̄∇ ̄)ノ カダール視点でお届けします。時期はゼラが双子を出産してあとの頃。


 温めたティーポットに茶葉を入れる。お湯を注ぐと隣のゼラが、茶葉の香りに惹かれて俺の手元をじっと見ている。お茶の淹れ方なら母上から教わり練習を繰り返したゼラの方が上手になったのだが。

 たまにはこうしてお茶を淹れないと、俺がやり方を忘れてしまいそうになる。

 久しぶりのゼラと二人きりの時間。柔らかく微笑むゼラは少し眠そうに赤紫の瞳を細めて、ふあ、とあくびをする。


「ゼラ、疲れてないか?」

「ン、大丈夫」


 ゼラは指で目元をくしくしと擦りながら言う。ここのところ寝不足なのだ。


 ゼラの体調不良の原因が妊娠だと分かった。そして双子の娘を出産したのが十日前。

 アシェとクインが言うには、もともと進化する魔獣には子を作る機能が無いという。それをゼラは自分の身体の中を改造するという前代未聞のやり方で双子の娘を妊娠した。


『こんなこと死んでもおかしくないわ』

『二度とするなよ、このバカゼラ』


 ゼラの姉と名乗るアシェとクインはゼラを叱った。妹を心配する姉の顔で。

 この二人がいてくれたからゼラの出産はなんとか無事に済んだらしい。アシェとクインが来てくれなかったらゼラと娘たちはどうなっていたか、考えたくも無い。


「ゼラ、もう少し待って」

「ウン」


 俺は砂時計を指で挟んでクルリと回す。久しぶりのお茶にウキウキとするゼラと並んで座る。

 領主館の喫茶室。中庭の花壇が見える窓際。明るい日差しに照らされた色とりどりの花を眺める。穏やかな、平穏なひととき。


『たまには二人でのんびりと寛いで。子供達は私達が見てるから』


 母上がこう言い、俺とゼラは久しぶりに二人きりの時間を過ごす。と言っても、アルケニー監視部隊と諜報部隊フクロウが隠し部屋から見ているのはいつもの通りだが。

 ゼラはコテンと俺の肩に頭を乗せる。この喫茶室にあるのは特注の足の高い椅子とテーブル。これで下半身の大きいゼラと同じ目線の高さになれる。作ってよかった。


 双子の娘を出産し、クインとアシェから魔力を分けて貰い、ゼラは自分の身体を治癒した。出産の為の無茶な改造からもとの身体に戻った。俺には身体の中というのは見えないので、見た目ではゼラの変化は分からない。だが元気になったのは一目で解る。

 ゼラは以前のように魔法も使えるようになり、俺が聖剣士団団長クシュトフとの神前決闘で受けたケガもゼラに治してもらった。脇腹には剣の傷跡が残ったが、折れた左手はもとどおりに。

 ただ、血を失った分の体力はまだ回復していないので、なんだか身体が重い。ゼラもまだ身体の機能回復訓練が必要だとクインが言う。俺もゼラも二人揃って療養中だ。


 さらにゼラは子供を出産したばかり。乳を求める赤子が夜中に泣き出し起こされたりと、このところやや寝不足気味だ。産まれたばかりの赤子の世話というのはたいへんだ。


「俺も娘の世話をしたいというのに」


 言いながらティーポットからカップに茶を注ぐ。


「ウン、でもみんなカダールは赤ちゃんの世話をした経験が無いからって」

「経験が無いのはアシェとクインもだろう? ゼラだって」


 母上とアステが娘たちの面倒を見るのは分かる。母上にとっては孫で、俺の乳母をしていたアステも孫のように感じると言う。

 そして出産を見守ったルブセィラ女史もアシェもクインも、娘たちから離れようとはしない。まるで親のように。父親は俺なのだが。


「確かに俺は赤子の世話をしたことは無いが、父なのだからもう少し我が子との触れ合いの機会があってもいいだろう」

「ンー、でもカダール、大ケガしてたし」


 思い出したゼラの目が少し怒っている。むう、謝ったのに。


「カダールはゼラの見てないとこで決闘とかしちゃダメ」

「いやその、それはゼラと娘たちを守るためであって、ウィラーイン家の男として家族を守るのは当然のことで」

「ムー、」

「あ、いやその、もっと鍛えて次はケガしないように勝つから」

「もう、カダールはすぐに大ケガするんだからー」

「ゼラだって俺に黙って無茶したりしたじゃないか」

「ゼラはいいの、カダールはダメ」

「理不尽だ」


 ゼラだって皆に黙って自分の身体を改造するという無茶をしたのに。この件は母上とルブセィラ女史がゼラにさんざん言ったので、俺が蒸し返すのも言い過ぎか。

 ゼラは人の妊娠と出産はフェディエアの真似をした、と言っていた。

 フェディエアとエクアドの結婚式を見て、ゼラの結婚式したい願望は高まっている。

 フェディエアがフォーティスを出産し母となり、父親になったエクアドが喜び、父上と母上も初孫に目尻を下げるのをゼラは間近で見てきた。それで羨ましくなったらしい。俺との赤ちゃん欲しいという気持ちが膨らみ、我慢できなくなるほどに。


 あとでクインが教えてくれた。


『魔法ってのは、人の扱う魔術とは違う』

『いきなりなんだ? ゼラの話じゃ無かったのか?』

『そのばかゼラの話だよ。人の魔術ってのは決まった手順が必要になるだろ』

『俺は魔術は使えないが、術式構築のことか? 詠唱と(シジル)と、魔術の発動に必要なもののことか?』

『そういうのがストッパーになるんだよ。手順を踏まなきゃ発動しないってのは、暴走しにくいっていう安全装置でもある。だが魔法には共通する手順なんてもんは無い』

『それは、魔法は暴走しやすい危険がある、ということか?』

『そうだ。魔法は個人の想い、無意識下の願望が大きく関わる。それで魔術と違いうっかり出てしまうという危険もあるのさ。どうやらゼラの妊娠もそうらしい』

『なんだと?』

『カダールとの赤ちゃん欲しいって気持ちが高まり過ぎたからじゃないか? っていうのが、姉様達がゼラの身体を調べて出てきた仮説のひとつ。だから、カダールはゼラにあまり言い過ぎ無いようにしてくれないか? あたいはそれに思い至らずにゼラを叱っちまったからよ』


 クインの言う魔法の秘密に驚いたが、納得もした。ゼラは身体強化や魔力隠蔽といった魔法を無意識で使っている。それが精神というか気持ちが乱されると制御できなくなり、結果として俺が骨折したりなどしてきた。


『もっとも、ゼラを思い詰めさせたのはスケベ人間の責任だよな』


 ジト目のクインの言うことはその通りかもしれないが、八つ当たりされてもいるような。


「ゼラを守るのが俺の務めなのであって、家族を守る為に楯となるのがウィラーインの男というもので、こればかりは約束できるものでは無いんだ」

「もー、カダールってばー」

「無茶しないようにするつもりではあるんだが、ほらゼラ、赤茶」


 ゼラは両手で赤茶のカップを受け取り、香りに目を細める。体調を崩してからは飲んでいなかったので、ゼラには久しぶりのお茶になる。


 茶葉はエルアーリュ王子が贈ってくれたもので、王室御用達の初摘みという一品。スピルードル王国において、茶葉は中央からの輸入でしか手に入らない高級品。なのに西の辺境のウィラーイン家には、現在茶葉が山ほどある。置場所に困るほどに。

 ゼラがお茶が好き、と知ったエルアーリュ王子もルブセィラ女史もゼラに茶葉を贈るのを止めない。


 ゼラはお茶が好きだが飲むと酔ってしまうので、大量に飲ませる訳にはいかない。


「ゼラ、三杯までだからな」

「ウン、おいし」


 ゼラも一度泥酔して加減を見失ってからは、どれだけ飲むと危ないのか分かったようだ。自分で飲み過ぎないように気をつけている。


「カダール、お代わりちょうだい」

「あぁ、任せろ」

「濃いめにして」

「む? 茶葉を増やしてみようか」

「お茶はお酒の水割りとは違うの?」

「ゼラにとってはお酒のようなものか。砂糖やミルクやジャムを入れる飲み方もあるが、ゼラは何も入れないのがいいんだよな?」

「ウン、ストレートがいい」

「これも通の飲み方というのだろうか?」

「そのうち、あの子たちとも一緒に飲める?」

「いずれあの子たちが大きくなれば。だが、ゼラのようにお茶で酔うとなると、幼いうちは飲ませられないのか?」

「人はお茶で酔わないんだよね?」

「ゼラが酒でほとんど酔わないように、人はお茶では酔わない」


 お茶で酔うのは蜘蛛の特性らしい。なのであの子たちもゼラのようにお茶で酔うかもしれない。となればお茶を飲ませていいのは大人なってからか?

 初めて生まれたというアルケニーの子。今はゼラの母乳を口にしているが、離乳食やその後の食事などはどうすればいいのだろう? 母上とルブセィラ女史が何か考えているらしいが。


 二杯目のお茶をゆっくり味わいつつ、ゼラは言う。


「皆が喜んで、可愛がってくれて良かった」

「ルブセィラ女史はいらぬ心配をしてたようだが」

「ウン、ルブセがアルケニーの子は人が受け入れられないかもしれないって言い出して」

「まったく、俺とウィラーイン家が薄情者のように言って不安になるなど」

「で、ルブセの話を聞いたクインとアシェも心配になったみたいで、カダールに会わせる前に、せめて血を落として部屋を綺麗にしてからにしようって」


 ゼラの出産状況は凄惨なものだったらしい。無茶な身体の改造による妊娠。ゼラの下半身の蜘蛛の腹が裂けて割れ、出血が止まらずゼラは何度か意識を失いかけたという。

 ゼラと双子の娘が安定し、血塗れの部屋を片付けるまで俺は遠ざけられたことになる。


「だが、俺はゼラと共に在る覚悟はとっくに決めている。今さら娘がアルケニーだったということでおたつくものか。下半身蜘蛛体はゼラで見慣れているというのに」

「ウン、ゼラの身体にカダールがキスしてないところは無いもの」


 む、それはお互い様というか、恋人というのはそういうものではないだろうか? 


「でも、カダールはいいの?」

「む?」

「カダールはチチウエの後継ぎになって、ウィラーイン伯爵になるためにがんばってきたんだよね? でもゼラのために伯爵になれない」

「そんなことを気にしていたのか?」

「ウン……」


 ゼラは二杯目のお茶をちびちび飲みながら、申し訳無さそうに。


「後になってから、気がつくこといっぱい」

「ゼラが心配しなくとも、俺は父上の後を継いでいるぞ」


 ゼラの黒髪をそっと撫でる。


「惚れた女と娘を投げ出すような真似をする方が、父上の心意気と剣技を受け継ぐ男として、恥で失格だ」

「カダール……」

「なので、ゼラを守る為に戦うこともある」

「それはダメ、ゼラがカダールを守るの」

「ずっと守ってもらっていたのだから、たまには役割交代しても」

「ムー、」

「これからは二人で娘と家族を守る、ということでどうだろう?」


 他愛ないお喋り。穏やかなひととき。

 本当はいろいろ考えねばならないことがある。中央の異変。この館の二階に軟禁状態の聖剣士クシュトフと四人の聖剣士。総聖堂の今後の動き。深都からの外交官として来たアシェ。その深都に報告に行った筈のクインは、3日でこの館に戻ってきて娘達から離れようとしないとか。

 だがエクアドは俺に休めと言う。


『カダールが黒蜘蛛の騎士の役目を果たしたなら、次は俺がアルケニー監視部隊の隊長として、ウィラーイン家を継ぐ者として役目を果たす番だろう』


 今のスピルードル王国の法では、俺とゼラの娘が貴族籍を継ぐのは難しい。不器用な俺では跡継ぎを作る為に第二婦人を迎えるというのも難しそうだ。

 エクアドをウィラーイン家の養子としたのは俺の代わりに伯爵を継いでもらうため。それにエクアドならば、ウィラーイン家を任せられる。


「俺は当主を継ぐことは無くなったが、代わりに黒蜘蛛の騎士として名を馳せた。ゼラのおかげで理想の騎士に、王国一の剣士に近づけた」


 ゼラの黒髪を一房手に取り、その髪に口づける。

 今もアルケニー監視部隊と諜報部隊フクロウの隊員が隠し部屋から見てる筈。俺は人前でこういう恋人同士がイチャイチャするような真似は恥ずかしい、と思っていたのだが、いつの間にかゼラとこうするのが自然とできるようになってきた。

 ゼラの喜ぶ顔を見ると、気恥ずかしくとも、まあいいか、と思うようになった。

 それにどうせ俺とゼラが完全に二人きりになるのは無理で、夜のムニャムニャも見られてしまうのだ。

 ゼラが嬉しそうに、猫が甘えるように俺の肩に頭を擦りつける。


「またカダールが絵本になったりミュージカルになったりする?」

「母上がまたネタにしそうではあるか。そのときはゼラも一緒だろう」


 お茶に酔い赤紫の瞳をトロンとさせるゼラは色っぽい。人はお茶を飲むと眠気覚ましになるが、ゼラは逆に眠そうだ。また二人の娘に夜中に起こされることを考えて、お茶が終われば昼寝させた方がいいか。


 三杯目の赤茶を淹れる。ティーポットにお湯を注いでから、ふと思い立ち茶葉を指に摘まむ。ン? と見てるゼラの前で茶葉を一摘まみ自分の口に入れる。

 うむ、苦い。茶葉を細かくしケーキやクッキーに入れたものはゼラが好むが、茶葉をそのままとは人が食べるものでは無いか。


「カダール?」


 キョトンとするゼラに顔を向ける。そっと顔を近づければ俺の意図を察したゼラが目を細めて顔を寄せる。

 そのままゼラと唇を重ねる。茶葉の香りと味のする口づけ。ゼラはじっくりと味わうように口の中へと舌を伸ばす。互いの存在をより深く感じるようなひととき。

 壁の向こう、隠し部屋の辺りからなにやら悶々とした気配を感じるが仕方無い。何かあったときの為に俺とゼラはいつも見張られている。

 だが娘が大きくなれば、娘の前でイチャイチャするのは良くないだろうか。ならばできることはできるうちに。ゼラの舌が俺の歯をなぞり、その舌を俺の舌でくすぐって。


「むふん、おいし」


 ゼラが満足そうに息を吐く。赤い唇をペロリと舐める。


「カダール、またムニャムニャしよっ」

「あぁ、体調が万全に戻ったら」


 ニコニコと笑むゼラが三杯目の赤茶に口をつける。


「その前に赤ちゃんの名前を決めてね」

「名前か、父上も母上もいろいろ案を出したが、ゼラが気に入った名前はあるか?」

「ルブセもアシェもクインも考えてるけど、名前はカダールがつけて。ゼラはカダールに名前をつけてもらって幸せだから、あの子たちの名前もカダールがつけて」

「むう、何がいいか悩む」


 ゼラと寄り添い窓の向こう、中庭の花壇を見る。

 ゼラの名前はゼラの瞳の色がゼラニウムの花の色に似ていたから。

 二人の娘の名前も、花の名にちなんだ呼びやすそうなものがいいだろうか。



エルアーリュ王子

「ゼラにはいくつか茶葉を贈ったが、ゼラの好みはどれだ? 赤茶、白茶、緑茶といろいろあるが」


ゼラ

「えっとね、カダール茶!」


エルアーリュ王子

「カダール茶? ……そうか、カダールの淹れる茶が一番か」


カダール

「う、うむう」


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