危ないお酒
(* ̄∇ ̄)ノ 今宵も酒場で何かが起きる。領主館別館酒場。
「う、むう?」
「どうした? エクアド?」
「酔いが回ったのか? 妙に身体が熱い……」
別館酒場、そこはララティがいつの間にか店長を気取る酒場。聖獣警護隊と館の住人の酒好きが集うところ。
最近では酔ったルティがマッパになり、天井から逆さにぶら下がったままストローで果実酒を呑むのが見慣れた風景のひとつに。
エクアドとカダールはここで隊員達と語らいながら呑むこともある。そこにアプラース王子が加わることも。
この夜、聖獣警護隊と魔獣深森調査隊の合同訓練が終わり、エクアドとアプラース王子、二人の隊長は別館酒場で語らいつつ酒を呑んでいた。
グラスを傾けつつアプラース王子が尋ねる。
「エクアドは酒に強いのでは無かったか?」
「泥酔するほど呑むことは、あまりしないだけなんですが」
「今日の訓練で疲れたのではないか? あのサレンが指導すると、魔獣深森調査隊の身がもたない」
「ですが、対人無手格闘においては、サレンのアーレスト流が強いのは間違い無く」
「その点、無双伯爵は流石というか、こちらの腕を見抜くどころか素質まで見抜いているようだ」
「あぁ、教え方が一番上手いのは養父上ですね」
「カッセルとユッキルの東方古流剣術は、斬らずに斬るとか言われても、何がなんだか……」
エクアドとアプラース王子、二人とも無双伯爵ハラードに鍛えられているところ。更には武装執事グラフト、拳骨メイドのサレンにしごかれている。過酷な修練を共にするうちに、二人は身分を越えた友誼を結びつつある。
顔を赤らめたエクアドがシェイカーをシャカシャカと振るバーテン気分のララティに訊ねる。
「あー、ララティ?」
「ぴょ? お代わりぴょ?」
「いや、さっきのオススメの酒というのはなんなんだ? またロッティが怪しいものでも作ったのか?」
「オリジナルの新酒は作ったらアイジスねえ様に怒られるぴょ」
ララティに続いて天井から逆さになってストローで果実酒を呑むルティが話す。
「うん、酒作りはエモクス料理長が監督してて、フクロウの隊員も見てるから変なの作ったらすぐ報告されるし」
「ぴょ、なのでオススメしたのは新しいカクテルぴょん」
ニンマリ笑うララティに不穏なものを感じつつ、エクアドは首を傾げながらグラスの匂いを嗅ぐ。
「カクテルには、何が入っていたんだ? なんだか身体がポカポカしてきた……」
「うむう、カクテルというか、薬酒なのか?」
アプラース王子も、上着のボタンを外し手で顔を仰ぐ。何やら火照ってムズムズとする。ララティはカウンターの中でシェイカーをカポンと開けて匂いを嗅ぐ。
「飲んですぐとは、かなりの即効性だぴょん」
「「おいララティ! 何を入れた!」」
ガタンと席を立ちララティを見るエクアドとアプラース王子。二人を見てララティは可愛らしくコテンと首を傾げる。
「人が飲んでも大丈夫ぴょ。カダールはよく口にしてるぴょん」
「「カダールが?」」
それなら大丈夫か、とホッと息を吐く二人。ララティはそんな二人を観察しながら。
「それでカダール以外が口にしたらどうなるのか、ちょっと見てみたくなったぴょん。二人ともどんな感じぴょ?」
「どんな感じと言われても、ちょっと待て」
アプラース王子がララティをジロリと見る。
「ララティ、イタズラも度が過ぎればまたアイジスにお仕置きしてもらうことになるぞ」
「ぴょ、無邪気なイタズラは人生を楽しむイベントぴょん」
エクアドは手を顎に当てて考える。
「カダール以外が口にしたら? それはカダールの他に口にした者がいないということか? なんだそのおかしなものは。カダールしか飲まないもの、食べないものなど、いったい何が……、まさか?」
エクアドが思い付いたものに戦慄する。動揺する二人にララティはしれっと言う。
「ゼラの夜元気ぴょん。二人とも元気になってきたぴょ?」
「「シャレにならんぞララティ!!」」
エクアドとアプラース王子の怒声が別館酒場に響き渡る。
◇◇◇◇◇◇
アプラース王子の部屋の前、扉の外には守るように隠密ササメが立っている。そこに来たのはリス姉妹。
「む? どうしたササメ?」
「カッセルとユッキルこそどうしたの?」
「アプラースの部屋に行くところだが?」
「あなたたち、自分の部屋があるでしょ? 最近はアプラース王子の部屋で寝たりしてるけど」
「ソレガシ、怪傑蜘蛛仮面エースの騎獣、疾風栗鼠だからな。アプラースとササメの側で動きのクセなど読み取っている」
「え?」
「乗り手の動き、呼吸や動作を盗むことで乗り手と騎獣の息を合わせることができる」
「やたらと乗り心地が良いとは感じていたけど」
「うむ、ササメとアプラース、二人の動作のクセは同じ部屋で寝起きすることで、全て読み取り合わせることができるようになった」
「この東鬼忍流のクノイチ、ササメの動きを把握するなんて……」
唖然とした顔でササメがカッセルとユッキルを見る。リス姉妹はうむうむ、と頷いて。
「敵を知り己を知れば百戦、危うからず。己の動作も相手の動作も仲間の身体の動きも、全て把握することで戦いの先を読めるというもの」
「二人が東方古流剣術を極めているから、と思っていたけれど、こんな地味な努力もしていたのね」
「基礎は師匠シタンから受け継いだ剣術だが、それを活かす為にもしなければならぬことがあるのだ。怪傑蜘蛛仮面の騎獣の役目をそつなくこなすには、アプラースとササメのことをよく知ることが肝要」
「アプラース王子のブラッシングが気に入っただけじゃ無かったのね」
「アプラースのことは気に入っているぞ」
カッセルとユッキルはクスリと笑う。
「これがおにいちゃんというものか、と。アプラースのブラッシングは実に良い」
「アプラースはできのいい兄と比べられて拗ねていた、というが、それはおそらく、周りの者に見る目が無かったのだろう」
「民の為に身を捨てる覚悟を決めるなど、誇り高く肝の座った男だ」
「だからササメもアプラースの味方になろうと考えたのだろう?」
「そんなササメのことも気に入ってるぞ」
ササメはやれやれと苦笑する。
「ちっちゃい先生たちには、いろいろ見透かされてる気になるわね」
「うむ。二人の弱点も見えて来たので、そこを補う修練メニューも考案中だ」
「至れり尽くせりで有り難いことだこと」
「ところでアプラースは?」
「なんと言えばいいのか、変な毒、というか薬を飲ませられたというか」
「「毒!?」」
顔色の変わったリス姉妹にササメは慌てて説明する。
「毒というほどのものでは無くて、ちょっとした栄養剤というか、いえ、ものスゴイ薬というか。ルブセィラが言うには時間が過ぎれば効果は無くなる、ということなのだけど。その効果が治まるまで今のアプラース王子を人に会わせることができないのよ」
「それでササメが門番になっているのか?」
「アプラース王子の命に別状はないし、後遺症も無いのだけど、治まるまで治まりがつかないのが難点ね」
「治まりがつかない? 何やら狂化の呪いのような言い方をする」
「言い得て妙とはこのことね。狂化の呪いに近いのかしら? 男を勇者に変える呪いかしら? とにかく、今のアプラース王子に女は近づけられないわね」
「ならば任せろ。これでもセッシャ、少しは治癒と解毒は心得ている」
「ソレガシもゼラほどでは無いが手当てはできる」
「あ、ちょっと待って」
「「アプラース! 無事か?」」
「きゃあああああ!?」
不意を突かれ扉を開けられたアプラース王子の悲鳴が別館の二階に響き渡る。
部屋に籠りなんとかしようと、ひとり頑張っていたアプラース王子は、リス姉妹にいろいろ見られてしまい、少しせつなくなった。
◇◇◇◇◇
翌日、
「アイジスねーさまー、おろしてぴょーん」
領主館中庭で、白いおおウサギが糸でぐるぐる巻きに縛られて逆さに吊るされている。
「もうしないぴょ。許してぴょん」
「ダメだ、許さん。今回はエクアドとアプラースから厳重に注意するように言われている。あの二人が本気で怒ったのは初めて見たぞ」
「夜元気がどんなに効くのか見てみたかったぴょん。お茶目なイタズラぴょん」
「人の男のデリケートな部分に触ってしまったらしい。とにかく、しばらくそうして反省していろ」
「うーにゅ、あ、アイジスねーさま?」
「なんだ? ララティ?」
「責任をとる、ということなら、あちがエクアドとアプラースの処理をすればいいのかぴょん?」
「と、ララティは言っているが?」
アプラース王子とエクアドは半目で吊るされるララティを見上げる。
「ララティが何をどう処理するというのだ」
「やめてくれ。フェディエアを怒らせたく無い」
「アイジス、今回はきっちり懲らしめてくれ」
「あとは例の薬の保管体制を見直さなければ」
エクアドとアプラースは揃ってため息ついて中庭を後にする。
「災難でしたね、アプラース王子」
「エクアドもな。しかし、改めてカダールの凄さが理解できた」
「あのアプラース王子、カダールは知らずに口にしていたわけで」
「あの超絶回春薬で正気を失うこと無く、夜のムニャムニャを部下に監視され、ネタにされて、それでも泰然としていたのか、あの男は」
「カダールは開き直ると強い男ですから」
「むう、この館で暮らしていると精神が鍛えられる……、流石、伝承の魔獣を受け入れるウィラーイン家……」
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます。




