フォーティスの反抗期? その7
(* ̄∇ ̄)ノ フォーティスの反抗期? これにてラスト
フォーティスの一言から始まった騒動は、フォーティスが決意を改めて、今まで通りに戻ることで落ち着いた。
フォーティスはカラァとジプソフィに謝り、カラァとジプソフィはフォーティスに嫌われたのでは無いと安心した。
双子姫はフォーティスが本気で嫌がることはしないようにしよう、と以前より少しだけワガママを言うのは控えるようになった。
フォーティスは再び乳母のアシェとクインに身嗜みを整えるのを手伝ってもらい、これまでと同じように風呂も一緒に入る。
アシェとクインは活気を取り戻し、生き生きと子供たちの世話をする。子供たち三人は再び三人一緒に寝るようになる。ママのゼラ、母さんのフェディエア、またその日の気分で深都の住人と代わる代わるに夜を過ごす。
ただ、フォーティスは寝るときは全裸では無く、パンツだけは穿くようになった。
カラァとジプソフィ、深都の住人たちはホッとして領主館に穏やかな日々が戻ってきた。
しかし、
「郷に入っては郷に従え、とは言いますが」
この騒動からフォーティスの母親、フェディエアはハッキリと言うことにした。
「これまではウィラーイン家の家風と思い、フォウの教育と躾にあまり口は出してませんでしたが、これからは母親として言わせていただきます」
養子となりウィラーイン家を継いだエクアドの妻フェディエア。ウィラーイン家の中では常識人でもあるフェディエアは、今回の件で領主館の野放図さに口を出すことにした。
無双伯爵と呼ばれたハラード、博物学者と呼ばれたルミリア夫人。子供たちの祖父母に当たる二人はなにかと型破りな夫婦。これまで常識に囚われず実行することで領地を栄えさせてきた。
そのために、この国の王族の一人アプラースから見ても、ちょっとおかしいと感じるのが西の辺境ウィラーイン家。
なんと言っても半人半蜘蛛のアルケニーのゼラを、息子の嫁にと真っ先に受け入れたのがこの二人でもある。
「お義母様もお義父様も孫が可愛いというのは分かりますが、フォウもカラァもジプもマナーや常識を学ばないといけません」
「そうねえ」
ルミリア夫人は愛用の扇子をクルリと回し、ピシリと向ける。
「それではフェディエアに先生をしてもらいましょう」
「は?」
子供たちの先生衆にフェディエアが参加することが決まった。
授業の内容は『服飾文化とお洒落の経済学』
「あの、お義母様? 私が先生ですか? それとこの授業は?」
「これならフェディエアがバストルン商会での経験を活かせるでしょう? それとも服飾と男女の違い、とか性教育と絡める授業をお願いしてもいいかしら?」
「いえ、あの、息子の性教育は、私はどう教えていいかわかりません」
「孫たちはこれまでの人の子供の育て方というのは、合わないところもあると思うのよね。それにアルケニーの女の子と人の男の子が兄妹のように育つ、というのは前例が無いし」
「それはそうですが」
「それで元気にたくましく育つなら細かいことはいいかしら、と考えていたの」
「それも分かりますが、それがちょっと行き過ぎたのが今回に繋がったのでは」
「そうね。でも、先生衆については一流どころを揃えたつもりなのだけど」
「こう言ってはなんですが、ルブセィラも、エモクス料理長も、芸術家の赤髭さんも、武術指南のカッセル、ユッキル、グラフト、サレンも、一流過ぎて逸脱してませんか?」
「そうなのよね。一般常識とか道徳の部分は弱いのよね。それに私もハラードも知ってはいても、小さな常識は重要視はしてないかしら?」
「そうかもしれませんね。ウィラーイン家ではない普通の伯爵家であれば、ゼラを守る為に独立国になって中央の聖剣士団と戦争してやろう、とは言い出さないのではないでしょうか?」
「家族を守る最後の手段なのだけど。それと性教育については担当はシグルビーにお願いしているのだけど、シグルビーはまだ早いのではないか、と言うし」
「シグルビーの知識は、まだ早いと私も思います」
「だけど、フォウが興味を持つようになったのならそろそろいいかしら?」
「興味を持つというか、戸惑っているような」
「戸惑うというのは違いが気になってきたからでしょう? なので男女の違いを服とお洒落の歴史から、流行り廃りが商売にどう影響したか、という形ならフェディエアが教えやすいんじゃないかしら?」
「そうかもしれませんが、でも私がですか? 私は人に教えた経験がありませんよ?」
「ルブセィラか私がすると、生物学や魔獣学のような話になってしまいそうね。それに私やルブセィラが教えるのは、フェディエアが不安になるんじゃない?」
「う、うぅん……」
ルミリア夫人の言う通りに心配していたフェディエアは、子供たちに服飾とお洒落の観点から男女の違いと文化について教えることになった。また、このフェディエアの授業は新都の住人も参加するようになる。アシェとクインは人類領域に潜入していたことから人の社会のことを知ってはいるが、他の者はまだまだ知らないことがある。ウィラーイン家に来て人と初めて暮らす者も多い。
「なるほどなのじゃ。見えそうで見えないギリギリを攻めて、男の性欲を煽るのがお洒落なのじゃ」
「ロッティ、一概に否定しきれないけれど、女のお洒落とはそれだけじゃ無いのよ」
「うむ、奥技、奥許しとは軽々しく見せびらかすものでは無い。初見殺しが対策されてしまう」
「だが、そういった技があることをチラリと示すことで、相手に警戒させ無駄な争いを減らすこともできる」
「「お洒落のチラリズムとは武に通じるものがあるのか」」
「カッセルとユッキルは、武術に繋げた方が理解しやすいのかもしれないけれど、お洒落とはそんなに殺伐としたものでは無くて」
「うーん、ボクには流行に乗るとか、流行りに合わせるってのがワカンナイなあ。可愛いものは可愛いし、キレイなものはキレイだし。それだけじゃダメなの?」
「ルティ、可愛いもキレイも時流によって変わったりするの。それに合わせて見せ方も変わったりするのよ。流行というのは、旬のものをみんなで楽しもう、というものでもあるの」
「ぴょ、先に在庫を確保して流行を仕掛けて、一足先に市場を独占してウッハウハだぴょん」
「ララティはそういう知識をどこで拾ってくるの?」
慣れない先生役に苦労しながらも、フェディエアは努力する。
「南のジャスパル王国では暑い気候もあって肌を見せる服が主流ね。健康的な肌を見せ肉体美を見せることがジャスパルの文化。肩やお腹を見せる服が当たり前で、男の人がお腹を隠す服を着ていると、胃腸が弱いか腹筋に自信が無い、と思われるそうよ。反対に寒さの厳しい北のメイモント王国では、全身スッポリと覆う厚着になるわ。雪に閉ざされた中で機織りをしたりと、メイモント産の織物は素晴らしいものが多いのも特徴ね。メイモント産のシルクは中央でもスピルードル王国でも人気の品よ。東方は、私は詳しく無いのだけど、クチバに聞いたところ男の人でもスカートを穿くのが当たり前みたいね。これは私たちの着るスカートとは形が違うみたいだけど。そしてスピルードル王国では中央の影響から、男はズボン、女はスカートというのが昔からある習慣ね。だけど中央と比べて女ハンターや女騎士の多いスピルードルでは、女性はズボンを穿く人も多いの。中央だと女性がズボンを穿いているのは、女が男の真似をしてるように言われるそうね」
我が子フォーティスと義理の妹のゼラの娘、カラァとジプソフィ、三人の子が将来ちゃんとできるようにとフェディエアは授業に力を入れる。
(ウィラーイン家の一族、というだけで貴族社会では特別視されそうだけど、私がしっかりしないと)
振り返って見てみれば、ウィラーイン家に常識的なことを教えられそうなのはフェディエアとエクアドしかいなかった。
ウィラーイン家の家臣に、聖獣警護隊の隊員は、フォーティスが女の子の格好をしても、カラァとジプソフィが風呂上がりに素っ裸で走り回っても、
『ウィラーイン家だから』
と、納得してしまっていた。
「ゼラは館の外では服を着るよ?」
「そうね、服のキライなゼラも、今では人前ではちゃんとしてるものね」
キョトンとするゼラにフェディエアが微笑んで応える。ゼラとフェディエア、息抜きにと二人でお茶をしたときのこと。フェディエアは義理の妹であり、同じ年に出産したママ友のゼラを見て、
「でもねゼラ、夫のいる女は、その、みだりに夫以外の男に肌は見せないものなのよ」
「ンー、ゼラのを見たい人は多いみたいだけど? それにカダールも見せるくらいならいいって」
「カダールもちょっとズレてるような」
「館の外では裸はダメっていうのは守ってるよ? あの子たちも分かってるよ?」
「子供たちも人前ではちゃんとできるから、そんなに煩く言う必要も無いのでしょうけれど。でも、私とエクアドの他に言う人がいないなんて」
はあ、と溜め息をつきお茶を飲むフェディエア。ゼラは、ンー、と小首を傾げて、
「ねえフェディ、フォウは男の子から男に進化するの?」
「ばふっ!?」
お茶を吹いてしまい、ゲホゲホと咳き込むフェディエア。ハンカチで口許を隠して涙目になる。
「けほ、あのねゼラ、フォウのは進化じゃなくて成長って言うのよ」
「どう違うの?」
「どう違うって、けほ、……どう違うのかしらね?」
「こういうのはルブセに聞いた方がいい?」
「そうねえ」
(あぁ、こうしてゼラと話しているうちに、常識に疑問を感じて壊されていくのかしら?)
無邪気な赤紫の瞳に見つめられて、フェディエアは進化と成長の違いを考えてみるが、ゼラにどう説明していいかわからない。ゼラはポツリと言う。
「フェディも当然のことは、説明するの難しい?」
「え?」
「カダールがね、当たり前だと思っていたことは、当たり前だと深く考えてなかったから、改めて説明するのが難しいって」
「そう、ね」
(ちゃんと説明できないのは、そのことを深く知らないから。当然とする物事ほど深く考えてはこなかったものね。どうして人は服を着るのか、とか、どうして裸を見られるのが恥ずかしいのか、とか。でも当たり前のことを深く知らないというのは)
フェディエアは、ゼラの疑問を考えて辿り着いた考察に、ゾクリと寒気を感じる。
「よく知りもしないことを、当たり前だからと疑問も感じずに流されてしまうのは、なんだか怖いわね。そうなると『普通』というのはまるで正体の無い幽霊みたいね」
「でも、知らなくても信じられるって感じることもあるよ?」
「たとえば?」
「カダールに助けてもらったとき、人のことあんまり知らなかったけど、カダールのこと信じられるってわかったの」
ゼラはお茶を飲み、ほろ酔いで赤紫の目をトロンとさせる。
「知っててもわからないことはあって、知らなくてもわかることもあるよね」
「そういうの、本能とか女のカンとか呼ぶのかしらね」
(ゼラにはいろいろと気づかされる、ってエクアドもカダールも言ってたけれど、ほんとにそうね)
フェディエアもまたウィラーイン家に嫁入りし、ゼラと深都の住人、ルブセィラ女史に芸術家赤髭と共に暮らすことで変わってきた。染まってきた、とも言う。街で暮らす人々よりもウィラーイン家とゼラの方が、人として生物として真っ当なのではないか? と。
(他の生物よりも不自然だからこそ人は発展した、とルブセィラは言っていたけれど)
だが、このことに頭を悩ませるフェディエアもまたウィラーイン領の住人。自身が中央の人達から見て『野蛮人』『戦闘民族』などと呼ばれている中の一人とは気づいていない。
「人の作った『普通』は人工物で、自然が産み出したものでは無い不自然なもの、なのかもしれないわね」
フェディエアは領主館の中庭に視線を移す。そこではカラァとジプソフィとフォーティスが草の上に座り、色とりどりの花で花冠を作っている。
三人ともお揃いの赤いワンピースで、カラァとジプソフィの赤いスカートから出た蜘蛛のお尻をフォーティスが花で飾る。お返しにとカラァとジプソフィがフォーティスの長い髪を花で飾る。花園で戯れる三人の少女たちの仲睦まじい様は微笑ましい。
「だからって私は息子を男の娘にしたい訳じゃないのよ」
二人の母が見る先、中庭で遊ぶ子供たちは、まるで花園で憩う妖精のように戯れる。
フォーティスは長い髪を乳母のクインとアシェにリボンで纏めてもらい、双子の蜘蛛姫とお揃いの服で自らお洒落を楽しむように。
それはフォーティスが見かけに惑わされること無く、行いで人の心を見ようと、ひとつの葛藤を乗り越えて一回り大きく成長した証でもあった。
「でもフェディ、フォウ可愛いよ? 似合ってるよ?」
「似合っていて可愛いから、なおのこと悩ましいわね」
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます。