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フォーティスの反抗期? その5


 ところ変わって領主館二階の一室。

 急遽、フォーティスの寝室とした部屋の中、フォーティスはベッドの中で眠れずにゴロゴロしていた。


(あぁ、なんであんなこと言っちゃったんだろう。クインもアシェも泣きそうな顔して……)


 後悔に苛まれ、夜も更けたのに目は冴えて、フォーティスは一人ベッドで寝返りをうつ。


(一人で寝るのって、こんなに心細いんだ)


 これまでいつも寝るときは誰かと一緒だったフォーティス。一人で寝るのは物心ついてからは初めての夜になる。

 いつも一緒がいい、と言うカラァとジプソフィが同じベッドで寝ることが多く、またいつもは母のフェディエアかゼラが一緒に寝ていた。

 乳母のアシェやクインに抱かれて眠ることもある。領主館一階にあるゼラの寝室にある特大ベッドは、ゼラを含めて5、6人で寝ることができる程に大きい。寝るときは誰かが側にいるのがフォーティスにとって当たり前だった。

 別館で深都の住人と添い寝をすることもある。性格的に自分からは言い出さないアイジスには、フォーティスはカラァとジプソフィの3人で強引にアイジスの私室に乗り込んだこともある。

 そんなフォーティスは一人で寝ることに慣れてはいない。


(暗くて、静かで、眠れない……)


 フォーティスは布団の中で自分の肩をギュッと握る。

 いつもならば耳を澄ませば誰かの呼吸の音が聞こえる。肌に耳をつければ心臓の音が聞こえる。

 だが、たまには一人で寝てみたい、と言って用意してもらった部屋は静かすぎて落ち着かない。今までに感じたことの無い寂しさで眠れない。眠れないままゴロゴロしていると、アシェとクイン、カラァとジプソフィの泣きそうな顔が思い浮かんで、罪悪感で胸が締め付けられる。ますます目が冴えてしまう。


 コンコン、と扉をノックする音。ビクッと跳ね起きるフォーティス。扉の外から聞こえる声。


「起きてるか? フォーティス?」

「パパ? うん、起きてるよ」


 扉を開けてランプを片手に部屋に入るのは、フォーティスがパパと呼ぶ男、カダール。

 フォーティスはカダールのことをパパと呼び、実の父であるエクアドのことは父さんと呼ぶ。

 幼い頃は父親が二人いると思っていたフォーティス。今ではカダールとエクアドは義理の兄弟であり、カダールは血縁としては叔父になることは知っている。

 だが、これまでの呼び方を変えること無く、フォーティスは今もカダールのことはパパと呼んでいる。


「どうしたのパパ?」

「エクアドにフォーティスと話をして欲しい、と頼まれた」


 言いながらカダールはランプを机の上に起き、フォーティスのベッドに腰掛ける。


「エクアドが、俺ならフォーティスの悩みを晴らせるんじゃないか、と言ってな」

「父さんが?」

「エクアドは父親として、フォーティスの悩みをどうにもできなかった、どう話せばいいか分からなかった、と悩んでいた」

「あう、父さんにまで……」


 ショボンとするフォーティスの頭をカダールが優しく撫でる。


「エクアドも俺も父親としてしっかりしたい、と思うが、なかなか上手くいかないものだ」

「そんなこと、無いと思う」


 フォーティスは赤毛のパパを見上げる。黒蜘蛛の騎士と呼ばれ、今のスピルードル王国でもっとも有名な騎士。フォーティスには自慢の二人の父の一人。

 カダールは目を細めて微笑む。


「俺もエクアドも妹はいない。エクアドは男ばかりの三兄弟で末っ子、俺は一人っ子。妹の面倒をみる苦労というのは想像するしか無い」

「苦労、っていう気はしないけど」

「カラァとジプソフィのわがままに振り回されてないか?」

「でも、僕はカラァとジプのお兄ちゃんだから、しっかりしないと」

「だけど、今日は一人で寝たい気分だったわけだ」

「あ、うん……」


 フォーティスが『もうクインとお風呂に入らない!』と言ったのは昨日のこと。そして今日は一人で寝ると言い、それを聞いたカラァとジプソフィがショックを受けた。いつもはカラァとジプソフィの言うことをきくフォーティスが、珍しく『たまには一人で寝てみたいから』と言い出した。

 なんで?とフォーティスにかじつりつく双子姫をひっぺがして連れて行ったのはゼラだ。


「カラァとジプソフィにはゼラが少し説教を」

「え? ママが?」


 フォーティスは驚く。これまでにゼラが子供に説教をしたことなんて無い。


「好きな人を悲しませることほど、悲しくつらいことは無い、と。たまにはフォーティスの好きなようにさせてあげて、と」

「僕のせいで、カラァとジプが怒られた……」

「フォーティスには、なんでも一緒がいいというカラァとジプソフィに、付き合わせ過ぎたかもしれない」


 カダールはフォーティスの髪を手櫛ですく。腰まで伸びる長い髪は毛先に少しクセがある。


「髪についてもそうだし、服も三人お揃いでスカートとかワンピースとか着せていた」

「うん、街で見たけど、男の人で髪の長い人もスカート穿いた人もいなかった」

「そうだな。スカートやドレスは女性の着るもの、というのが人の習慣か」


 言ってカダールはフォーティスを見る。

 ベッドで上半身を起こしたフォーティスは裸だ。

 カラァとジプソフィはいつも裸で眠る。ママのゼラが服が嫌いで寝るときはいつも裸。カラァとジプソフィもママの真似して寝室で寝るときは裸になる。

 そしてカラァとジプソフィとゼラと同じベッドで寝ることも多いフォーティスは、寝るときは裸、というのが当たり前になってしまった。

 

「カラァとジプソフィがフォーティスにして欲しいことを言うように、フォーティスもしたいことを言うのがいい」

「うん、でもそれでカラァとジプが怒られるのはイヤ。二人は大丈夫?」

「二人ともフォウごめんなさい、と泣いて、今はゼラに抱かれて寝ている。フォーティスはもう少し、何故そうしたいのかを説明するのに言葉を尽くした方がいいか。明日、カラァとジプソフィと話すといい」

「うん、そうする。明日、カラァとジプに謝らないと」

「カラァとジプソフィもフォーティスに謝りたいだろうし」


 言ってカダールはフォーティスから目を逸らし頭をかく。


「と、言っても、俺も話すより先に身体が動くたちで、偉そうに説教できるものではないんだが」

「でも、パパはそれが正しいって解ってるんでしょ?」

「間違って無いと信じて突っ込んで失敗したこともあるぞ。知らずに気づかずに間違ってしまったこともある」

「そうなの?」

「俺もフォーティスのように、母上とアステ、フォーティスのばあばと俺が子供のときの乳母に、一緒に寝るのは恥ずかしいと言ったことがある」

「パパも?」

「あぁ、これは後で知ったことなんだが、母上もアステも俺が立派な騎士になりたい、というのを成長したと喜んだ。反面、親離れが早すぎると、もう少し甘えていてもいいのにと、寂しく感じたそうだ。俺は知らずに寂しい思いを二人にさせてしまった」

「なんだか、今の僕に似てる?」

「そうだな、違うのはフォーティスは俺よりも聡いことか」


 カダールは優しい目でフォーティスを見る。


「フォーティス、恥ずかしいとはなんだろうな?」

「え? 恥ずかしいは、恥ずかしいことだと思うけれど」

「騎士として、男として、恥ずべき行いはしない、と心に誓って騎士となったが、実は俺ほど恥を晒した騎士はこの王国にはいない」

「え? そんな、パパが?」


 フォーティスは驚いてカダールを見る。黒蜘蛛の騎士と呼ばれ、西の聖獣の伴侶となり、スピルードル王国の危機を救った騎士の中の騎士。数多のアンデッドにも、狂ったウェアウルフの群れにも恐れず、その戦いは歌になり紙芝居になり王国に知らぬ者はいない。フォーティスも含め男の子ならば憧れる、そんな騎士の鏡とも呼ばれる英雄が、

 

「パパが恥を晒したって、いったい何が?」

「まあ、そういう経験をした俺だから、エクアドとは違う話がフォーティスにできる。フォーティス、これからする話は秘密にしてくれないか? 男と男の秘密に」

「う、うん、わかった。秘密にする。誰にも話さない」


 フォーティスが見る前で、カダールは机の上のランプの灯りを見ながら語り始める。


「フォーティス、男には裸を見られることよりも恥ずかしいことがある。心の内を洗いざらい知られることだ。この恥ずかしさと比べたら、素っ裸で街を走り出した方がマシかもしれん」

「そ、そんなに?」

「あぁ、俺はかつて、その、あー、邪悪な魔女に会ったことがある」

「邪悪な魔女!?」

「そうだ、禁忌とされる人の心を操る魔法を使う、恐るべき邪悪な魔女だ。その邪悪な魔女の魔法で俺の身体は操られてしまった。

 俺の意識はハッキリしているが、俺の身体は指一本自由に動かせない。その魔女は俺の知ってることを白状させようと、俺の身体を操って喋らせた。俺の口は俺の意志どおりにはならず、魔女に操られるまま全てを喋ってしまった」


 フォーティスは息を飲む。


「なんて怖い魔法……、秘密を守ることもできないなんて」

「あぁ、恐ろしい魔法だ。人の精神に関わる魔術が禁忌とされるのも、身をもって理解した。そして俺の口は、俺の恥ずべき心の内まで話してしまった。もしもそのとき俺の身体が自由に動かせたなら、俺は頭を抱えて転げ回り、いっそ殺してくれ、と叫んだことだろう」

「そんなに!?」

「人に知られたくない秘めた欲望までさらけ出されてしまうのは、とても恥ずかしいことだ。他にもある。ルゥに初めて会ったときもだ」

「ルゥって、ルゥばあば?」

「フォーティスも会ったことあるだろう?」

「うん、カラァとジプと一緒に。姿が無いから見えないけれど、真っ赤なところで優しい声のルゥばあば」

「ルゥは俺と会った最初のときは、優しくなかったぞ」

「そうなの?」

「どうやらルゥはそのとき、俺がゼラをたぶらかす悪い男に見えたらしい。ルゥの娘の力を目当てに、口先でゼラを騙していいように使う人と思われていたようだ」

「パパがそんなことするわけ無いのに」

「ルゥの娘、深都の住人の中には悪い男に騙された者がいるらしい。それで俺は警戒されていた。そこでルゥは俺の真意を確かめようと、俺の心の内をさらけ出した」


 カダールは思い出し目を瞑り、天井を見上げる。フォーティスからカダールの表情が見えなくなる。


「俺は、胸に秘めた欲望の全てを暴き出された。そこには俺も気づかなかった、いや、気づいてはいたがこんなにか? と思うほどのものがあった。その全てをルゥに見られることになった。しかもルゥだけじゃ無い。ルゥの娘、深都の住人の多くにも見られることになった。……以来、俺は深都の住人には、おっぱいいっぱい男と呼ばれることになった」

「あ、うん。アシェとクインがたまにパパのこと、その呼び方してた」

「子供たちの前では控えてくれ、と頼んでいるんだが」

「えと、その、パパはママのこと大好きで、ママはおっぱい大きいから」

「いや、フォーティスはこの件で俺に気を遣わなくていい」


 カダールは顔を下げフォーティスを見る。その顔はフォーティスには、恥ずかしい話をしているのに堂々と自信に溢れているように見えた。


「だが、俺の胸の内が暴かれたことで、俺のゼラへの想いに二心は無い、とルゥにも深都の住人にも解ってもらうことができた。俺もまた、俺がゼラを心底愛していることを再確認した。この一件からルゥと深都の住人が俺に興味を持つようになった。今も特別な客人を迎えるだろう?」

「うん、ママのお姉さまをおもてなしするのが、僕とカラァとジプの役目だもの」

「ルゥと深都の住人が俺とゼラの結婚を祝福してくれたのも、俺を信じてくれたから。俺が胸の内を晒すことで信頼を得ることができたなら、恥ずかしい思いはしたが恥を晒して良かった」

「恥ずかしいことになったけれど、その結果が良いことになった?」

「そういうことだ。なあ、フォーティス、恥ずかしいとはいったい何だろうな? 人として男として恥ずべきことはしてはならない。だが、真に人が守るべきものとはなんだ?」

「……真に守るべきもの、」


 カダールの言葉にフォーティスが思い出すのは、カラァとジプソフィの泣きそうな顔、クインとアシェの泣きそうな顔。


「僕は、」

「俺は家族を守るためなら、おっぱいいっぱい男と呼ばれることも、魔獣孕ませ男と呼ばれることも受け入れよう。フォーティス、ゼラがカラァとジプソフィに言ったのは、好きな人を悲しませることほど、悲しくつらいことは無い、だ」

「あ、う……、僕は」


 フォーティスはがっくりと項垂れる。


「僕は、自分一人が恥ずかしい思いをしたくないって、そんな自分勝手なわがままでみんなを悲しませて、僕はカラァとジプのお兄ちゃんなのに、皆を守るウィラーイン家の一人なのに」

「そう悲観するなフォーティス」


 カダールはフォーティスの肩をぐいと抱く。


「そんな風に考えられるフォーティスは自分勝手じゃない。わがままなことも言えばいい。ただ、どうしてそうしたいかをもう少し言葉にするといい。カラァもジプソフィも、アシェもクインも、話せば解ってくれるだろう?」

「うん、でも、僕ってこんなことが気になる、小さい男なんだなって。そっちの方が恥ずかしいことなんだ」

「ひとつひとつ学んで大人になっていく。フォーティスはその途中だ」

「どうすれば、カッコいい大人の男になれるのかな?」

「それは俺にもわからん。俺がそれを知っていたなら、屋根の上の拐われ婿とか、おっぱいいっぱい男とか、呼ばれてはいないだろう」

「パパはカッコいいよ?」

「ありがとうフォーティス。俺はそういってくれる者に恵まれて、助けられている。だからこそカッコ良くあろうとするが、これがなかなか上手くいかない」

「そうなの?」

「この辺り、俺よりエクアドの方が賢く器用にやれる。騎士訓練校でもエクアドには助けられた」

「王都の騎士訓練校?」

「寝物語に昔のエクアドの話をするか? 今日は一人で寝たいと言っていたが、たまにはパパと一緒に寝るか?」

「うん、……ほんとは一人が寂しくて、寝つけなくて」


 恥ずかしそうに言うフォーティスの頭をカダールはポンポンと撫でる。カダールがベッドに入ろうとするとフォーティスが、


「パパ? 寝るときは服を脱がないと」

「あぁ、そのことも少し話しておくべきか?」


 言ってカダールは服を脱ぐ。パンツ一枚の格好になり、ランプの灯りを消してベッドに入る。


「フォーティス、スピルードル王国では、裸で寝るのは一般的では無い」

「そうなの?」


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