フォーティスの反抗期? その4
「ローグシーの街にも庶民の使う浴場があります。入浴料を取り運営する大衆浴場ですね。こちらは男湯、女湯としっかり別れています」
「この辺りの街にはハンターギルドの近くに住民用の浴場があるのだな」
「えぇ、アイジスの言う通りです。ハンターは魔獣の返り血に体液など触れることになりますから。それらが病気のもとになるなど経験で知っています。身体を清潔にすれば病気になりにくくなり、怪我も治りが良くなると広めたのは光の神々教会ですが。なのでハンターギルドの近くには大衆浴場があり、住民もよく利用します」
アプラースがクチバの後を続けて説明する。
「スピルードル王国で個人や家庭で風呂を持ってる者は一部の裕福な者になる。自宅に風呂がある、というのはある意味で自慢の一種になるか。こういうのは清潔にする魔法で済ませてしまう深都の住人には理解しにくいところではないか?」
「我らの中にもかつての習性で水浴びする者もいるから、まるでわからないことは無い。風呂があることを自慢するというのは、人とはそういうものだと憶えておこう」
アイジスが頷く。すっかり深都の住人のお世話係が板についてきたアプラース。この別館の館長を任されたときは青ざめていたが今では頼もしくなり、深都の住人の為の説明にも慣れたもの。
ウンウンと聞いていたルティがアプラースに尋ねる。
「自慢になるってことだと、じゃアプラースのお城のお風呂はウィラーイン家よりも広くてスゴイの? ちょっと見てみたい」
「まさか、王家の浴場は人間用のサイズだ。ウィラーイン家の大浴場は聖獣ゼラの為のもの。広さも天井の高さも浴槽の数も、あの大浴場に優るものなどこの王国には無い。しかも星入りの大理石をふんだんに使った博物学者ルミリアの最新の斬新な設計。その上、灯りも湯も聖獣の魔法でどうにかするなど、人類領域には有り得ない」
「あ、それでエルアーリュが領主館のお風呂に喜んでたんだ」
「兄上が喜んでいたのはそれもあるが、もうカダールと一騎打ちせずにゼラと混浴できるからだろう。私が子供たちと風呂に入ったことを兄上はずっと、アプラースはズルイと言っていたものだ」
「エルアーリュ様は聖獣一家のことになると子供っぽくなりますね。話を戻しますよ?」
クチバは改めて、エクアドとフォーティスがローグシーの街に出たその日のことを話す。
「エクアド様は付け髭をつけて、フォーティス様は長い髪を帽子に押し込んで、庶民の振りをして街の中をあちこち見て回りました。私たち諜報部隊フクロウは身を潜めて護衛を。
エクアド様とフォーティス様は二人で店や屋台を見て回り、街の様子を直にその目に。また親子二人の時間を楽しんでいました。フォーティス様が近くにカラァ様もジプソフィ様もいなくて、父親と二人きり。男同士の時間というのも思い返せば珍しいことですね」
「ぴょー、男同士の時間。ノエミイとかルブセィラの研究班がドキドキワクワクしそうぴょん」
「既婚者や親子まで標的にしますか。まぁ害が無ければ妄想は好きにさせておきましょう。
エクアド様とフォーティス様はローグシーの街をあちこち見て回り、最後に街の大衆浴場に行きました。先程も言いましたが街の大衆浴場は男女別でしっかりと別れています。裸の男と女を一緒にするといくつかトラブルが起きたりしますので」
「そこで何かあったんだな。フォウがあたいと風呂に入りたく無いって言い出すようなことが」
「そーですね。クインの聞きたい部分でしょう。フォーティス様はお風呂の中では帽子は被れないので、髪を下ろしてエクアド様とお風呂に入りました。
そして先程も言いましたが、髪の長い男の子というのはまずいません。腰まで髪を長く伸ばしたフォーティス様は、後ろ姿は女の子に見えるわけでして。
そのとき風呂場にいたフォーティス様と同年代くらいの男の子が、フォーティス様を見て驚いて口走ったのですよ。
『うわ? なんで女が男湯に入ってんだ?』と」
クチバはそこまで話すと全員の顔を見渡す。アプラースは、あー、と理解した様子。だが他の深都の住人たちは、ん? と首を傾げてわかってない様子。
ロッティがクチバに尋ねる。
「フォウが女の子みたい、というのはフォウはいつも言われ慣れてることではないのじゃ?」
「聖獣警護隊などが言うのは、女の子みたいに可愛いと肯定的に言うものですから。なので、なんで女がこんなところに? と否定的な言われ方はフォーティス様には衝撃的だったようです」
「つまりフォウは、男なのに女の子扱いされたのがショックだったのじゃ?」
「そうでしょうね。そしてフォーティス様はこの一件から男と女の違いを気にするようになりました」
「そんなことで?」
そう言ったクインをクチバは半目で見返す。
「それが切っ掛けですが、トドメを刺したのがクインですよ」
全員がクインに注目する。クインは、あ、と声を出し片手で口を抑える。隣のアシェがクインを冷たく見ながら、
「クイン? クインが原因だったの? いったいフォウに何をしたの? そう言えば、何であんなこと言ったんだ、とか愚痴ってたわね」
「何をした、というか、その……」
俯くクインに代わりクチバが言う。
「クインに悪気が無いのは分かってます。ただタイミングが悪かったのでしょう。いつものようにフォーティス様と一緒にお風呂に入り、そのときにフォーティス様がいつもと様子が違うことが気になりましたか?」
「……あぁ、フォウはなんだかあたいの方を見ようとしないし、自分の身体を手で隠そうとするし、それで拭きずらくて」
「それでお風呂上がりのフォーティス様の身体を拭きにくいと手を掴んで、そのとき言ったことを憶えてます?」
「フォウも大きくなったな、って……、あたいが言ったらフォウは、もうクインと一緒にお風呂に入らないって、逃げ出して……」
「そのとき何処を見て言いました?」
両手で目を覆い俯いてしまうクイン。はぁ、と溜め息つくクチバ。しばらく首を傾げて、うーにゅ?と考えていたララティが、
「あ、クインと言えば股間ネタだったぴょん」
「じゃが自ら突っ込んで自爆するとは、なにしとるんじゃクイン?」
「クインのせいで私までフォウに嫌がられることになったのかしら? ちょっとクイン?」
「だって、あんなにフォウが嫌がるとは、あたいも思わなかったんだ。フォウのことはちっちゃいときから知ってて、お互いに裸なんて見慣れてるハズだろ? なのに……」
ションボリと俯くクイン。話を聞いていたアイジスが深く頷く。
「つまり、フォウは裸を見られることが恥ずかしいことだと、街で気づいたということか」
「そのようですね。フォーティス様も領主館の外に出なければ知らなかったことかもしれませんね。カラァ様とジプソフィ様は未だにそういった羞恥心はありませんし」
「それももしかして、ウチのマッ裸組のせいか?」
「どちらかと言えばアイジスにも原因が」
「私が? なぜ?」
「深都の住人で男に裸を見られることを恥ずかしがるのは、アイジスとクインですから。アイジスが手で隠すのを見て、何が恥ずかしいんだろう? とフォーティス様が考える切っ掛けになってますね」
「い、いや待て、異性に裸を見られるのが恥ずかしいというのは人の常識なのではないのか?」
「本来はそうでしょうね。今の領主館がおかしいとも言えますが。ゼラ様は男と混浴も気にしないどころか賑やかで楽しいと言いますし、夫のカダール様も見せる位は浮気でも何でもないと言いましたし。何より聖獣警護隊には同性異性問わず、ゼラ様との混浴を喜ぶ者ばかりですから」
アプラースが、うむむ、と思い返しながら、
「領主館の大浴場のマナーというのは、スピルードル王国では一般的では無いだろう。私も慣れるのに時間がかかったし、今も自制心を試されている気がする」
「聖獣警護隊はハンター出身が多く、ハンターは魔獣警戒の為に異性の肌を見慣れていたりしますからね。用を足すときなど無防備になりますから」
ルティが怪訝な顔をする。
「じゃ、アプラースもエルアーリュやハラードみたいに素直に喜んでみたら?」
「男とはエロイ奴と見られたくないという矜持があるものだ。そこは簡単に吹っ切れない。貴族や騎士であれば、いやらしい奴と思われたくは無いものなのだ。ウィラーインの一家と兄上の方が例外だと思う」
「おー、領主館が人のルールからは例外ってこと?」
「だからこそゼラとカダールだけでは無く、ここでは人と深都の住人がこうして共に暮らせるのだろう。しかし、あの子達にもそろそろ大人のマナーや人の常識など学んでもらうときなのでは? それでエクアドがフォーティスを連れてローグシーの街に行ったのではないか?」
アプラースの疑問にクチバは、そうですね、と応える。
「フォーティス様が羞恥心に目覚めて、これほど嫌がるとは予想外でしたが」
アシェは眉間に皺を寄せて言う。
「私たちはどうすればいいのかしら?」
「フォーティス様がどうしたいか、によるのでは? その辺り今頃、フォーティス様はエクアド様、フェディエア様と話してるはずです」
「まったく、クインがへんなこと言うから」
「なんだよ、フォウのはオムツを換えてた頃から見慣れてて、フォウが今さら恥ずかしがるなんて思わなかったんだよ。アシェだってそうだろ」
「成長による変化って身体だけじゃ無いのね」
ロッティがふむふむと、
「つまりなんじゃ? 男も女も性的な部位を見られるのを恥ずかしがるようになり、異性の性的部位をおっきいとかちっさいとかコソコソ言うようになると、大人になった、ということなのじゃ?」
「ある意味でちゃんと人間観察してますね、ロッティは」
クチバは疲れた声で呟く。