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フォーティスの反抗期? その2


 ウィラーイン領主館別館。そこは表向きは魔獣深森調査隊の隊長、スピルードル王国の王族の一人、アプラースが住むところ。

 実態はウィラーイン領に来た深都の住人が暮らす館。その地下は深都の外交官アイジスの私室。


(改めて並ぶところを見ると壮観ですね)


 その部屋の中、椅子に座り見回しながらクチバは心の中で呟く。東方出身の灰色の髪を流す、東鬼忍流の女シノビ。ウィラーイン伯爵家の諜報部隊フクロウの(かしら)。クチバは広い部屋に集まり円卓を囲む面子を前にして椅子に座り足を組む。


 ウィラーイン領に来た深都の住人の中で、もっとも身体が大きいのがアイジス。そのアイジスのために作られた部屋は舞踏会ができそうな程に広い。部屋の片隅にはアイジスの寝床としてプールがあるというのも、人が住む部屋とはかけ離れた作り。

 アイジスが魔法で作った光の玉が四つ、宙に浮かび部屋の中を明るく照らす。そこに集まる者は半人半獣の深都の住人。いずれも上半身は美しき乙女、しかし下半身は頭の無い大きな魔獣。ここにいるのは人にはお伽噺として語られるような超常の存在。


 ウミガメのアイジス

 黒蛇のアシェ

 グリフォンのクイン

 リスのカッセルとユッキル

 ウサギのララティ

 コウモリのルティ

 アライグマのロッティ


 領主館と別館に住む深都の住人が集まっていた。正体を現し話し合う伝承の乙女たちを見ながらクチバは思う。


(……何も知らない人がこの部屋にいきなり連れて来られたら、発狂するか失神するかもしれませんね。思い返せばゼラ様一人でも一国の軍隊が潰走するのに、その姉が八人も。あ、ここにはいませんがハイアディを入れると九人ですか。これ、その気になったら人類領域が軽く壊滅してお釣りが出ますね)


 クチバを囲む者は一人一人が色龍喰らい。人では手も足も出ない生きた災厄とも呼ばれる色の名を冠する龍。そんな怪物すらも深都の住人とは倒して食らったことがあるという。まさに龍を越えた災厄(オーバードドラゴン)


(私もすっかり慣らされてしまいましたが)


 聖獣ゼラと出会ってからは次々と現れ起こる異常な事態に慣れてしまったクチバ。ふと隣を見ると金髪の逞しい男が優雅な手つきでお茶を淹れている。


「気分を落ち着けるには爽やかな白茶がいいだろう」


 人数分のお茶を気品溢れる作法で淹れるのはこの国の王族の一人、アプラース。表向きは魔獣深森調査隊の隊長。しかしその実態はウィラーイン領主館の別館の長。やっていることは深都の住人のお世話係。今もお茶の入ったカップを一人一人に手渡している。


(アプラース様もすっかり染まりましたね。いえ、スピルードルの王族がウィラーイン家の内情、聖獣ゼラ様の一家と深都の住人を秘密裏に把握しておきたいのは解りますが)


 クチバもアプラースから受け取った白茶を一口飲む。スピルードル国の王族貴族にとって自ら茶を淹れるのは家臣を労う意味がある。だが、ここにいる深都の住人たちはアプラースがお茶を淹れるのはいつものこと、と気にすることもなく王族の一人が淹れたお茶に口をつける。

 全員が白茶を口にして一息つき、代表としてアイジスが口を開く。


「クチバ、アプラース、急に呼び出してすまない。フォーティスのことで聞いておきたいことがある。これは我ら業の者が今後、子供たちとどう関わるかという重大な案件だ」


 アイジスの言うことにクチバは、やっぱりそれか、と思う。アイジスは真剣な顔で話す。


「できればエクアドから話を聞きたいところだったのだが」

「エクアド様は、今フォーティス様と話しているところです。フォーティス様のことが気になってるのは皆さんだけじゃないんですよ」

「そうなのか。それで、エクアドとフォーティスが街に行ったときに何があったか、何か起きたのか、というところを知りたいのだが」

「エクアド様とフォーティス様がお忍びでローグシーの街に出られたときは、私と諜報部隊フクロウで影ながら護衛してましたので。何があったか知ってますし、隠すようなこともありませんね。エクアド様の代わりにお話ししますよ」

「では教えて欲しい」

「その前に現状の確認を」


 片手を開いて話を遮るクチバをアイジスは訝しむ。


「何か確認しておかなければならないことがあるのか?」

「皆さんもここに住み、人のことは分かってきたようですが。それはこのウィラーイン家とその家臣、あとは聖獣警護隊のことです。ローグシーの街の人のことはまだ深くは知らないでしょう?」


 クチバの言うことにクインが応える。


「あたいとアシェは人に化けて人の街とか村に潜入したこともある。ローグシーの街に行ったこともあるから、まるで知らないってことは無い」


 続けてカッセルとユッキルも。


「ソレガシは人に化けて旅芸人の一座に紛れていたことがある」

「と、言ってもセッシャと姉が旅芸人の振りをしていたのは随分と昔になるが」

「ローグシーの街でも昔のようにやってみたが、旅芸人への反応はそれほど大きく変わっては無かったようだが?」


 クチバは頷きながら聞く。


「ですが皆さん、人の子供のことは深くは知らないのでしょう? この中で子育ての経験がある者は?」

「業の者に子供はいないぴょん」

「ララティ、深都のことはあまり話すな」

「ゼラを見てるクチバならこのくらい予想してるぴょ?」


 アイジスが嗜めてもララティは軽く流す。聞いてるクチバも、そうでしょうね、と納得する。


(ゼラ様がもとはタラテクトで今はあの姿に。その姉という深都の住人も同じように進化する魔獣ならば、人のような子供時代とは無縁でしょうね。人の住むところに潜伏するにも、子供を相手にしたことがあるのは旅芸人をしてたカッセルとユッキルくらいでしょうし)


 深都の住人は昔のことを語りたがらない。だがこれまで共にいたクチバには深都の住人との会話から想像できることもある。


(人のような子供時代が無い、ということは人の子の成長に関わることは知らないでしょうね。反抗期とかイヤイヤ期とか)

 

「必要な現状の確認とは、フォーティス様と街の子供とは大きく育てられ方が違う、ということです」

「そんなに違うのか? それはフォーティスが伯爵家の跡取りだからか?」

「貴族の子と平民の子と育てられ方は違うものですが、フォーティス様は貴族の中でもかなり特殊な環境ですから」

「その特殊性の原因は、やはり我々か?」


 不安そうに言うアイジスにクチバは、ええ、と頷く。


「幼い頃から深都の住人が身近にいて育つ人の子は、フォーティス様だけです。ただフォーティス様の場合、聖獣ゼラ様をママと呼び、カラァ様ジプソフィ様を乳兄妹としてきたので」

「我々がいなくともフォーティスの環境は人の子とはかけ離れている、か」

「そーですね。加えて深都の住人がここにいることは秘密ですから。そのためにウィラーイン家領主館は警備が厳しいです。客人を迎えるにしても限られた事情を知る者以外は、旧領主館を改築した迎賓館で迎えますし」


 後を続けるのはアプラース。


「聖獣ゼラとその御子カラァとジプソフィを守護するために、という名目でウィラーイン家の防衛体制には王家と光の神々教会も協力している。これで深都の住人がいることは隠せているが、そのために子供たちには窮屈な思いをさせている部分もあるか」


 実際のところ何処まで隠せているのかしら? とクチバは疑問に思う。ローグシーの街の住人にはカンの鋭い者もいる。魔獣狩りを生業とするハンターならばなおのこと。


(他国からゼラ様を調べに来てるのは、この館で起こる変事はゼラ様とカラァ様とジプソフィ様がやらかしてる、と思わせておきますが。ローグシーの住人の中には、薄々気づきながらも知らんぷりしてるのがいるんですよね)


 クインとアシェは眉間に皺を寄せ悩ましげな顔をする。二人を見てクチバは言う。


「聖獣ゼラ様がいて、カラァ様とジプソフィ様と一緒に育つ。それだけでもフォーティス様は平民の子とも貴族の子とも、大きくかけ離れた環境になります。そこに深都の住人を追加してもたいした違いはありません。ただ、フォーティス様のことを皆さんに知ってもらうことが必要なのではないかと」

「確かに我々は人の子の育てられ方には詳しくは無い。ではフォーティスが他の人間の子と違う部分とは? 我々にも分かりやすく教えて貰えないだろうか?」

「ええ、そのつもりです。先ずは髪ですね」

「「髪?」」


 キョトンとする深都の住人たち。クチバは説明を続ける。


「フォーティス様は髪の毛を長く伸ばしています。腰に届くくらいの長さですね。これはカラァ様とジプソフィ様が、フォーティス様も一緒がいい、と言うので」


 あぁ、そうだな、と言うのは子供たちの乳母クイン。


「あの子たちはいつも3人一緒がいい、と言うから髪の長さも同じくらいだ」

「そうね。カラァとジプはママのゼラと同じにしたいって言って、フォウも、それなら僕もって言って」


 乳母として子供たちの世話をしてきたアシェも思い出しながら話す。


「髪型以外にも服も3人お揃いのものが多いわ」

「そこがもう違うのですよ。これは人の習慣になりますが、女は髪を長くのばし、男は髪を短くするのが多いのです」


 クチバの説明にアプラースが続ける。


「男で髪を長く伸ばすのは兄上のエルアーリュ王、あとはシウタグラ商会の商会長パリアクスくらいだ。最近は兄上の真似をして男でも長髪にするのが昔より増えたようだが、少数派だ。そして男の子でスカートやワンピース、他にはベビードールなども妹とお揃いのものを着るのは、私はフォーティスしか知らない」

「え? でもほら、フォウには似合ってるじゃないか?」

「あー、クイン、似合っていても男の子に女装させる育て方は一般的では無いんだ」

「でも、ルミリアもハラードもそこは何も言わないぞ?」

「エクアドとフェディエアは少し心配していたが? 私から見てウィラーイン家の家風というか自由さは驚くものだ。だが、その懐の広さがこうして深都の住人とも暮らせる状態を作り上げているのだろう」


 クチバは思い返す。カラァとジプソフィとフォーティス、三人が一緒に遊んでいるところは、まるで仲の良い三人の姉妹のようでもある。


(ルミリア様が喜んで三人お揃いのドレスやアクセサリーを作ってましたね。ハラード様もかわいいと目を細めてました。確かにフォーティス様かわいいですが、)


「人の住むところでは、男の子でスカートを穿いたり、髪を腰まで長く伸ばしたりするのは、まずいません。何も知らない人がフォーティス様を見れば、ほとんどの人が女の子だと思うでしょうね」


 クチバの説明に深都の住人たちは、そうなのか、と口にする。それまで大人しく聞いていたルティが尋ねる。


「それで、それが問題なの? フォウくんが女の子と思われると何かあるの?」

「自分の性別を間違われるのは、人には不愉快だったりするんですよ」


(こういうのも、おそらくは女性しかいない深都の住人にはよく分からないところなのでは?)


 クチバがそう考えながら見る先には、深都の住人たちが人について話をしている。クインは人に化けてソロのハンターをしていた頃を、アシェもまた人類領域で潜入工作していた経験を。人の言う男前、女らしさ、というものを。

 聞いてる方からは、ほう、とか、なるほど、なのじゃ? ぴょん、と呟く声が口から出る。

 深都の住人も人のことをまるで知らないわけでは無い。しかし、根本のところで人の子として暮らした実体験は無い。少しは知ってはいても詳しくは分からないところが多い。

 

(どう説明したら分かりやすくなるでしょうね?)


 クチバは伝承の乙女たちのお喋りを聞きながら頭を働かせる。


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