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フォーティスの反抗期? その1

(* ̄∇ ̄)ノ ちょっと大きくなったフォーティスくん。男の子の反抗期? とはちょっと違う?

 

 別館酒場のカウンターは暗く沈んでいる。


 アシェは下半身の黒い蛇体をダラリと長く伸ばし、カウンターに肘を着く。頬杖をつき俯いたままチビチビとグラスを傾けては、はあ、と重く溜め息を吐く。

 クインはカウンターにグッタリと頬をつけ、思い出したようにゆるりと顔を起こすとグラスを煽り、またカウンターに寝そべるように頬をつける。碧と黒の縞模様の尾羽根は力無く床に広がる。


 別館酒場は下半身の大きな深都の住人でも寛げる大きさ。下半身コウモリのルティが専用の止まり木からぶら下がることもできる程に天井も高い。

 いつもは和やかな領主館の別館酒場は、今日は珍しく暗く鬱々とした雰囲気が覆っている。


「おまいら、溜め息が鬱陶しいぴょん」


 カウンターの中でグラスを磨くララティが不機嫌に言う。


「あちの酒場を死亡確定の負け戦の決戦前夜みたいにするのやめるぴょん」


 カウンターに頬杖を着くアシェが赤い瞳を薄く開いてララティを見る。


「ララティがこの酒場の店長気取り? ララティがマスター気分を味わう為に、アプラースとフェディエアが苦労してるんじゃないの?」

「な!? あちはちゃんと皿洗いもこの酒場の掃除もしてるぴょん! あちも手伝うと言ったけれど、会計と事務は手を出さなくてもいいと言われたぴょん!」

「まあ、ララティが酒場のマスターに飽きるまでは、ララティのイタズラも減りそうだからねえ」

「むー、いつもよりトゲトゲしいぴょ。おい、クイン、おまいも酒を飲むなら飲むでちゃんと身体を起こすぴょん」

「……なんで、あたいはあんなこといっちまったかなあ……」

「うーにゅ、こっちの方が重症ぴょん。おまいら何を落ち込んでるぴょん?」


 クインもアシェも何も応えず、無言で空のグラスを差し出しお代わりを催促する。ララティは空になった酒瓶が並ぶのを見て呆れる。二人とも既にかなりの量の酒を呑んでいる。


「クインはともかく、うわばみのアシェがこの調子で飲むと酒場の酒が空っぽになってしまうぴょ。ルティ、ちょっとアイジスねー様呼んでくるぴょん」


 専用の止まり木からぶら下がり、逆さになってストローで果実酒を飲むルティは、えー? と、声を上げる。


「でもアイジスねー様呼ぶ前に何があったか聞きたいんだけど。アシェとクインがこうなるって、カラちゃんとジプちゃんに何かあった? それともフォウくん?」


 ルティの疑問にアシェとクインはピシリと時間が止まったかのように固まる。


「あ、図星か」

「この二人が落ち込むなんて、あの子たちに関わること以外あるわけ無いぴょん」


 アシェはジロリと赤い目でララティを見る。


「……いつも遊び相手になってるだけのララティには、分からないでしょうね」

「同じ目線で遊び相手になってるからこそ分かることもあるぴょん」


 ルティがララティに視線を移す。


「なんのこと? あの子たちに何かあった?」

「何があったかは知らないぴょん。でも子供の成長って速いぴょん。でー、あの子たちもあの子たちなりにいろいろしたいし、なりたいものもあるぴょん」

「カラちゃんとジプちゃんのなりたいもの、ってゆーと、ゼラママみたいになりたいとか? フェディ母さんみたいになりたいとか?」

「女の子は女らしくなりたいし、男の子は男らしくなりたい、ということみたいだぴょん。でー、そのためにいろいろ自分でしてみたい、と言ってたぴょん」


 空のグラスをキュッキュッと拭きながら、ララティはぐんにゃりしてるアシェとクインを見る。


「だけどそこの二人は子供たちの着替えも髪結いもお風呂に入れるのも、手を出さないと気が済まないぴょん。カラァとジプはお洒落とかお化粧とか自分でしてみたいのに、アシェとクインはちょっと構いすぎぴょん」

「だってよお」


 クインはカウンターに頬をつけたまま、酔っぱらった座った目でララティを見上げる。


「爪を切ったりとか、髪を切ったりとか、刃物を持たせるのは危ないだろお?」

「危ないことを学ぶ年頃になってきた、ということだぴょ」

「だけど、これまでずっとあたいが面倒みてきたんだ」

「いつまでも赤ちゃんじゃないぴょん」

「そうねえ……」


 アシェはどこかぼんやりと過ぎた時を思い出しながら。


「あんなに小さかったのに、背も伸びて、髪も長くなって……」

「あぁ、フォウなんて、ちょっと歩いたら転んで痛がって泣いたりしてて……」

「それが三人とも元気に育ったものね。風邪を引いたときにはこのまま死んでしまうのか、ちゃんと生きていけるのかと不安になったものだけど」

「あのときのアシェは発狂しかけてたよな」

「そういうクインこそ死にそうな顔をしてたじゃない」

「小さくて、自分で歩けないときから、あたいがオムツを換えて身体を拭いて……」

「なんでも口に入れようとするから目を離せなくて……」

「それがちゃんと歩けるようになって、言葉を憶えて話せるようになって……」


 クインの目尻に涙が浮かぶ。堪えきれない悲しみを溢すように言葉を紡ぐ。


「それがなんで、今になって一緒に寝るのが恥ずかしい、一緒にお風呂に入るのが恥ずかしいって言うんだ? フォウ……」

「……これまでずっと、身体を洗うのも、髪を拭くのも、私たちの役目だったじゃない、フォウ……」


 悲壮に嘆く二人を逆さになって見下ろすルティが、ボソリと言う。


「今になったから言うんじゃない?」

「おまいら絶望し過ぎぴょん」


 アシェとクインが嘆き悲しむ中、別館酒場に新たな客が入って来る。自称酒場のマスターのララティが扉に顔を向ける。


「カッセル、ユッキル、いらっしゃぴょん」

「ララティ、その『いらっしゃぴょん』は流行らないと思うぞ」

「それならあちの酒場に相応しい独自性あふれる斬新なお出迎えの言葉を考えるぴょん」

「そういうのはルティとロッティと相談しろ」


 酒場に来たカッセルとユッキルの二人がカウンターに着く。いつもは人化の魔法で人の姿をとるカッセルとユッキルは、今日は呑むつもりで来たのか下半身はリス体だ。カウンターの側にリスのお腹をペタリと床に着けると、ララティは二人に林檎酒の入ったグラスを渡す。


「カッセルとユッキルも不機嫌ぴょん?」

「少しばかり」

「何かあったぴょ?」

「フォウの修練を途中でやめた」


 カッセルとユッキルは林檎酒を一口飲み交互に話す。


「フォウが剣術の修練に集中できなくて」

「あれでは身に付かんとやめさせた」

「気が乗らないときもあるだろうが、フォウがしょんぼりしていてな」

「何かあったのかと聞いてみれば」


 双子のリス姉妹は揃って黒い瞳をアシェとクインに向ける。


「「アシェとクインを悲しませた、とフォウは落ち込んでいた」」


 聞いたアシェとクインは無言でカウンターに突っ伏す。ピクリともしない。それに構わずリス姉妹は追い討ちをかける。


「子供たちが学習と修練に邁進できるようにするのが乳母の務めではないのか?」

「それをアシェとクインがあの子たちの調子を崩してどうする」

「乳母が子供に気を使わせるとか」

「あれほどションボリするフォウを見たのは初めてだぞ」

「それでいったい何があった?」

「訊ねてもフォウは詳しいところは教えてくれなかった」


 林檎酒をチビチビと呑みながらリス姉妹は淡々と話す。アシェとクインはカウンターに突っ伏したまま、押し潰されたように顔を上げることもしない。

 カッセルは、ふむ、とひとつ頷く。


「もしや、フォウにとって乳母とはもう必要が無いのかもしれないな」


 その一言にクインとアシェはガバッと顔を上げ立ち上がる。その目は見開き顔は青ざめ、まるでこの世の終わりを見たかのように唇を震わせる。


「ま、待てよ、乳母が必要無いって、そんなことあるはずが、」

「……そうよ、あの子達にはまだ面倒を見る乳母が要る筈よ」


 カウンターの中でリス姉妹の酒のツマミにとラズベリーパイを切り分けるララティが、戦慄する二人に言う。


「と、言われてもあちたちには人間の子育てとか解らないぴょん」


 止まり木から逆さにぶら下がるルティも、そうだねえ、と。


「ボクたちには人間の家族っていうのはよく解らないし、深都には子供っていないもんね」

「深都には子供も子育ても無いぴょん。それなのに人に教わりながら、子供たちの面倒見てたアシェとクインとゼラはよくやってると思うぴょん。で、乳母の仕事の終わりっていつぴょ?」

「えーと、カダールが子供のときの乳母っていうのが、メイドのアステだよね? でも今はカダールの乳母はしてないし」


 ルティとララティの会話を聞いて、クインはグラリと倒れるように床に手をつく。アシェは震えながら、


「待って、ちょっと待って」

「何を待つぴょん?」

「乳母が必要かどうかはちょっと待って。その前に今回の原因を調べたいわ」

「原因て、なにか心当たりあるぴょ?」

「フォウが一緒にお風呂とか、一緒に寝るのが恥ずかしいって言い出したのは、フォウがエクアドと街に行ってからなのよ」

「あー、お忍びで街の様子を見に行くとか言ってたぴょん」

「そのときに何かあったんじゃないかしら? フォウが心変わりするようなことが」

「うーにゅ、それってアシェの魔法で探り出せないぴょ?」

「精神系の魔法は禁止されてるもの。それに子供の教育によくないと聞いてるから使うわけ無いじゃない」


 話を聞いてクインが顔を上げる。


「そうだな、理由が分かれば対処もできる。ちょっとエクアドと話してくる」

「クイン、ちょっと待つぴょん」


 ララティはひょいとカウンターを飛び越え、駆け出そうとするクインの上に「うぎゃ?」着地する。緑の翼のグリフォンに白い巨大ウサギがボディプレスを決める。


「なんだララティ! 重い、どけ!」

「子供たちに関することならあちたちにも重大事ぴょん」


 止まり木から逆さにぶら下がるルティは足を離して落下、クルリと回ってスタッと床に立つ。


「そだね。それにエクアドも仕事とかあるだろし。ボク、アイジスねー様に話してくる。エクアドとボクたちが会談できるように」

「ロッティにも伝えるぴょ。ついでに別館長のアプラースにも」


 ルティは、うん、と頷いて酒場を出るとコウモリの羽でパタパタと飛んでいく。見送ったアシェはララティに向き直る。


「ララティ、酔い醒ましに果実水をくれないかしら?」

「ほい、クインも飲むぴょ?」

「その前にあたいの上から降りろ、重い」


 フォーティスの一言から、領主館にいる深都の住人たちの心をざわめかせる騒動が起きていた。


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