プリンセスオゥガンジーの質の違い◇◇第4話
(* ̄∇ ̄)ノ プリンセスオゥガンジーの質の違い、これにてラスト。
「ゼラさんにプリンセスオゥガンジーを編んでもらうだけなら、その後、性交は必要無いのでは?」
「あ!」
ルブセィラ女史に指摘されて、初めて気がついた。
プリンセスオゥガンジーとはゼラが魔力枯渇になるために編むもの。ゼラがムニャムニャしたくなったときに作られる布。
なのでゼラがプリンセスオゥガンジーを編んだ日の夜はムニャムニャと決まっていた。そう思い込んでいたのは俺だけでは無い。俺にムニャムニャするように言ったフェディエアもそうだし、エクアドもルブセィラ女史の指摘に驚いていた。
つまり領主館の住人に聖獣警護隊のみんなが、
プリンセスオゥガンジーが新しくできる。
⬇
今夜は俺とゼラがムニャムニャ。
と、刷り込まれていたのだ。プリンセスオゥガンジーの枚数が、俺とゼラの重ねた夜の数と思われていた。
ゼラがプリンセスオゥガンジーを編むようになってからは、それが当たり前だと誰もが疑わなかった。
「意識の盲点だったのか」
慣れた習慣を当然だと思う、思い込んでしまうのが人の思考。いつの間にか気付かずに、それが当たり前だと信じてしまっていた。
だが、よく考えてみたら、ゼラがプリンセスオゥガンジーを編んだからといって必ずムニャムニャしなければならない、ということでは無い。
指摘したルブセィラ女史は眼鏡の位置を指で直す。
「環境に適応することを慣れとも言います。気付くとはおかしなこと、異常なことが気になることでもあり、人は慣れてしまったことに疑問を持ちにくくなります。当たり前となってしまったことに疑念を抱くには、慣れた環境を客観視する新たな視点が必要になりますね。ゼラさんと子供たちは実にいろいろなことを私に教えてくれます」
指摘したのはルブセィラ女史だが、この研究眼鏡がプリンセスオゥガンジーを大量消費したわけで。それが無ければ在庫はまだまだあった筈なのを、何をしれっと言っているのか。少しは反省してほしい。
我に返ったフェディエアが恥ずかしそうに片手を頬に当てながら言う。
「至蒼聖王家の姫とエルアーリュ王子の結婚式が正式に決まったら、スピルードル王国で最高の結婚衣装を用意しなきゃ、となると予想してたのよ。それで在庫が少なくなったのが心配で」
プリンセスオゥガンジーは加工に時間がかかるのもあって、フェディエアは先を見越して準備しておきたかったと言う。
エルアーリュ王子は聖王家の姫と結婚するのを先伸ばしにしようとしている。王子と姫は婚約しているが、エルアーリュ王子は国王となって王都から離れにくくなるのを嫌がっているようで、まだ結婚式は挙げていない。
至蒼聖王家とスピルードル王家の関係上、聖王家の姫を嫁に迎えたならエルアーリュ王子は戴冠せねばならないだろう。本人はゼラ会いたさに身軽に動きたいのだろうが、いつまでもそうしてはいられない。結婚までは時間の問題か。
「そんなわけで、ゼラ、プリンセスオゥガンジーを結婚衣装ひとつ作れる量が欲しいのだけど、いいかしら?」
「ウン、わかった」
フェディエアのお願いにゼラは、しゅぴっと左手と左前脚を上げて明るく応える。
ゼラには聖獣としての仕事の無い日、魔力枯渇になっても問題のない余裕のあるときに、プリンセスオゥガンジーを編んでもらうことに。
しかし、習慣というのは恐ろしい。俺はゼラがプリンセスオゥガンジーを編むところを見ると、ゼラとの夜のアレコレを思い出してしまうようになっていた。夜に備えて昂ってしまう俺がいる。
「♪ふんふふーん」
ゼラは手から糸を出し、空中で操った糸を織り上げながら鼻唄する。極細の糸で編まれる白い布がゆっくりと大きくなっていく。
◇◇◇◇◇
一週間後。
「プリンセスオゥガンジーの質が変化しました」
と、ルブセィラ女史が報告する。
部屋の中にはプリンセスオゥガンジーを手にしたルブセィラ女史。聖獣警護隊武装班の鍛冶姉妹の姉の方、ミューギル。深都からの大使アイジストゥラの三人が真面目な顔で並ぶ。
あの布の質が変化? 俺とゼラでルブセィラ女史の話を聞いてみる。
「これまでのプリンセスオゥガンジーは、開発途中だった頃を除けば質の違いはほとんどありません。ですが今回、新しく作ってもらった物は明らかに違いがあります」
「ルブセィラ、プリンセスオゥガンジーの質の変化とは? 何か新しい発見でもあったのか?」
「そうですね、これは新しい発見でもありますね。こちらがこの前ゼラさんに作っていただいた新しいプリンセスオゥガンジーですが、前のものよりも質が劣化しているのです」
ルブセィラ女史が机の上にプリンセスオゥガンジーを置く。続いて、鍛冶姉妹の姉ミューギルが話す。手にした大きな長柄の鋏を掲げながら。
「コイツで新しくできたプリンセスオゥガンジーを裁断してみたら、前のものより簡単に切れてしまったんだよ」
ミューギルの持つ鋏は、庭木を剪定するような長柄の両手持ちの大きな鋏だ。刃の交差するところに奇妙な部品がついていて、裁縫道具というよりは怪しげな武器のようにも見える。
「プリンセスオゥガンジーの防刃性能は高すぎて並みの刃物じゃ切れやしない。この反転滑車倍力機構を組み込んだコンポジッドプリンセススレイヤー三号じゃないと綺麗に裁断することができない代物だ」
コンポジッドプリンセススレイヤー三号、物騒な名前がついていた。もはや裁縫道具には見えない。新種の武器か拷問機具か。
「ところが新しいプリンセスオゥガンジーはコイツで切ってみると手応えが弱い。いや、他の布に比べて防刃性能は高いんだが、前のプリンセスオゥガンジーと比べると弱くなってんだよ」
不満そうな顔で言うミューギル。俺は机の上に並べられた二つのプリンセスオゥガンジーを見比べてみる。どんな塗料にも染まらない純白の布、俺には二つの布の違いが分からない。
「どういうことだ?」
「防刃性能だけではありません」
ルブセィラ女史が深都からの大使アイジストゥラに目配せすると、頷いたアイジスは右手の人差し指を立てて小さくクルリと回す。その指先に光の玉が現れる。明かりの魔法だ。
アイジスがその指を振ると、白い光の玉がフワリと移動しプリンセスオゥガンジーに近付く。
魔法の光を浴びて七色の陽炎が立ち登る。しかし、
「ご覧の通り、立ち登る反射光の大きさが違います」
どちらも虹が揺らめくような光を纏うが、ルブセィラ女史の言う通り、新しい方が前のものより七色の陽炎が小さい。光の揺らめきも並べて見ると、何やら元気が無いかのように見える。どういうことだ?
「ルブセィラ、これまでプリンセスオゥガンジーの出来映えに差は無かったように思えるが?」
「そうですね。ここまで質が違うものは今回が初めてとなります。まだ試していませんが、抗魔術力も落ちているようです」
「試して無いのに解るのか?」
「こちらで解析した」
言ったのはアイジス。
「私も見て、他に解析の得意な者にも調べさせた。ゼラ得意の隠蔽で分かりにくくなっているが、この二つの違いは込められた魔力量の違いによるものだ」
「ンー、そんなに違う?」
ゼラはキョトンとして二つのプリンセスオゥガンジーを見比べる。
「いつも通りにしたつもり、だけど?」
「ゼラはそうしたつもり、だろう」
ゼラに応えたアイジスが腕を組む。そうしているとキリッとした外見に伴い敏腕の女文官のようだ。
「まず、私たち深都の住人が自ら魔力枯渇になることは有り得ない。これがクインやルティのような空中組なら、いつものように飛べなくなる。私やハイアディのような水中組が地上で魔力枯渇になれば、生命の危険がある。スキュラのハイアディがローグシーの街で保護された件は聞いているだろう?」
「あぁ、慣れない地上の長旅で疲労し、雨も降らず水辺も見つからず、干からびかけたところを街の守備隊副隊長が発見して保護したのだろう?」
「ハイアディも魔力さえあれば水を生成できるのだが、それすらできぬ程に疲弊してしまった。私たちが魔力枯渇になる、ということはかなり弱体することになるし、場合によっては命に関わる。それはゼラも同じだ」
「しかし、ゼラはその魔力枯渇状態になってムニャ、ごほん、魔力枯渇状態になるのが目的でもあってだ」
「魔力を放出するのが目的というのは知っている」
アイジスはチラリとゼラを見る。
「つまり、その、ゼラとカダールのそれが目的のときは、ゼラは全魔力を振り絞り、全てをプリンセスオゥガンジーに注ぎ込む。だが、そうで無いときは無意識にセーブしてしまうのではないだろうか? もっとも、私にはそのために魔力枯渇になるというのが、ちょっと信じられ無いところだが」
つまりは、どういうことだ? ルブセィラ女史が二つのプリンセスオゥガンジーを手で持ち上げる。
「この二つのプリンセスオゥガンジーの違いはただひとつ。織った後にゼラさんがカダール様と性交するか、性交しないか、それだけです」
「それが、質の違いになるのか?」
「はい、こちらがゼラさんがカダール様との性交を想像しながら、魔力枯渇になるのを目的に全魔力を注ぎ込んだ、最高品質のプリンセスオゥガンジー。そしてもう片方が、織った後にカダール様との性交の予定が無く、無意識に魔力をセーブして作った劣化プリンセスオゥガンジー。これでもメイモント産のシルクよりも上質ですが、従来のプリンセスオゥガンジーよりは劣化品と言うべきものでしょう」
光を反射し立ち登る七色の陽炎、その大きさの違う二つのプリンセスオゥガンジー。アイジスが真剣な顔になる。
「魔力枯渇状態はかなり弱体している。その状態のゼラの防衛体制についての話をしたい。いつものように魔法も身体強化もできなければ、ゼラが子供たちを守ることもできまい。ならば私たちもゼラとカラァとジプソフィの護衛に参加させてもらう」
続けて鍛冶師ミューギルも言う。
「劣化品も上等なもんだけどさ、最高品質のものを知った後ではもの足り無い。作るならこれぞ至高というものにしたいんだ。だからできればプリンセスオゥガンジーは、これまで通りの質のものがいいんだけど」
「おい、聞いているのかカダール?」
すまんアイジス、ミューギル。上の空で聞き流した。今の俺はそれどころじゃ無い。
俺とのムニャムニャを想像したら、弱体する危険があっても、つい全魔力を出しきってしまう?
なんと言っていいか分からない震えが胸の奥にある。椅子に座ったまま隣のゼラを見上げる。
「ンー?」
「ゼラ」
「なに? カダール?」
パチクリと赤紫色の瞳を瞬いて、俺を見返すゼラ。いつもの眼差し、いつもの微笑み。
ただ一度、ゼラを助けた。
それから13年、ずっと俺を守り続けて。再会してからは、俺と結婚するために人語を憶え、文字の読み書きを学び、人の風習や常識を学習して。母上が教えるテーブルマナーもお茶の淹れ方も練習して。
何もかも俺の為に、俺の側にいるために。
その為には生きた災厄、灰龍すら屠ってしまう。
俺の感じるこの想いを、この胸の中の意を、どんな言葉にすればいいのか分からない。
「ゼラ……」
俺は椅子から立ち上がりゼラを抱き締める。
「お、おいカダール。まだ話は終わってない」
アイジスが何か言っているが、悪いが後回しだ。言葉にできない想いはこの身で伝える。ゼラを胸に抱き唇を重ねる。
「ンう」
ゼラの手が俺の背に回り、俺をそっと持ち上げる。下半身が大きな蜘蛛で背の高いゼラ。立ったまま俺を抱くには持ち上げるのがしっくりくる。俺とゼラのいつもの形。いつものように持ち上げられ、互いの腕の中に収まり合う。
プリンセスオゥガンジーは、ゼラ本人はいつも通りに作ったつもりだったらしいが、質は変わっていた。
夜に俺とムニャムニャする、となるとありったけの魔力を全て込めて、最高の聖布を織り上げてしまうゼラ。魔力が底無しに見えるゼラが唯一、魔力枯渇状態になるのは、プリンセスオゥガンジーを編んだあとだけだ。
「むふん、カダール」
幸せそうに赤紫の目を細めるゼラ。
俺とのムニャムニャを想像すると、つい全力を振り絞ってしまう。
こんな可愛い妻に心底愛されて、
俺は世界一の幸せ者だ。
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます
(* ̄∇ ̄)ノ 最高品質のプリンセスオゥガンジーを作るには、二人のムニャムニャが、かかせません。