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プリンセスオゥガンジーの質の違い◇◇第3話

(* ̄∇ ̄)ノ 朝チュンチュン。ムニャムニャについて、魔獣研究者に聞いてみよう。

( ̄▽ ̄;) 生物の交尾、改めて調べてみたら驚いた。


 翌日、ずいぶんと寝過ごして目が覚めたのは昼前だった。


「カダール、おはよ」


「おはよう、ゼラ」


 俺とゼラが力尽きるように寝たのは明け方だから、遅くなっても仕方無い。

 先に起きてたゼラが寝惚けた顔でニコリと微笑む。仰向けに寝る俺の上、俺の腹を枕にして。二人のときのいつもの体勢。ゼラの重みが心地好い。

 一晩中、身体を動かしていた疲労感があるが、目が覚めれば妙に全身に活力というか元気が満ちている。ゼラとムニャムニャした翌日は、今日も一日頑張ろう、とやる気が湧いてくる。


 俺を上目使いで見上げるゼラが、モゾモゾと俺の腹の上から胸の上へと匍匐前進のように登ってくる。ゼラの蜘蛛の腹の体毛が足をなぞるのがくすぐったい。


「ちゅー、」


 ゼラが唇を寄せ、目覚めの挨拶とキスをする。そのまま昨夜の余韻に浸り、抱き合ったままで。


「カダール、ムニャムニャは気持ちいいね」


「あぁ、そして幸せな気分だ」


「むふん、カラァとジプにも教えてあげたい」


「む、それはまだまだ早い。それに相手もいないだろう。カラァとジプが、これが運命と思えるような相手に出会うのは、まだこれからだ」


「カラァとジプはどんな人と結婚するのかな?」


「まだ、先のことだ。急がずに今はパパとママに甘えていて欲しいところだ」


「カダールも、甘えんぼ?」


 ゼラが俺を見下ろしてクスクスと笑う。笑いながら俺の顔、剃る前の伸びかけた髭を触る。俺はお返しにゼラの頬を指でなぞる。

 

「俺を甘やかしてくれるのは、ゼラだけでいい」


 そしてカラァとジプソフィには甘えられたい。娘の前では頼れる父でいたいから。

 しばらくそうしてゼラと二人の時を楽しんでいると、ゼラのお腹がクルルと鳴る。


「ン、カダール、お腹すいた」


「遅くなったが、俺たちの朝食としようか」


 ゼラの身体を拭き服を着せる。領主館の中では大浴場と寝室以外は全裸禁止だ。未だに服は好きじゃないゼラに、深都のマッ()組は下着のような格好だったりするが。

 今日のゼラは白のビスチェに白の腰巻きスカート。二人で手を繋ぎ食堂へ。


 これは後日に聞いた話だが、聖獣警護隊の隊員が話をしているのをちょっと耳に挟んだ。『朝まで勇者、未だ健在か』『カラちゃんとジプちゃんに妹か弟ができるのか?』『薄いカーテン越しのシルエットというのが、やはりエロい』などと言っていた。やはり監視されていたか。


 遅い朝食の後、俺とゼラはルブセィラ女史の研究室へと。午後の子供たちの授業の前にルブセィラ女史に聞いてみたいことがある。


「ほう、性交について、子供たちにどう教えるか、いつから教えてもいいのか、と」


 ゼラの話を聞いたルブセィラ女史は、眼鏡の位置を指で直す。


「私としては、親の性交を子供に見せてもいいのでは、とも思いますが」


「おい、ルブセィラ」


「実物を観察するのが正しい知識を得るには良いでしょう。ですが、私のこの意見はあまり一般的では無いというのも知ってはいます。それに性交を隠すというのは人間以外の生物にもあります。交尾は子孫を残す為には必要な行為。ですが交尾中は無防備で、天敵に襲われれば対処しにくい状態でもあるでしょう」


 いきなり生物学になった。確かにムニャムニャ中に刺客に襲われたなら対処は難しいか。

 ウンウン、と真剣に聞くゼラにルブセィラ女史は話を続ける。


「群れのボスに隠れて交尾するオスというのもいます。見つかればボスに殺されるか、群れから追い出されるか、となってしまうので隠れて行うのですね。また、群れのボスが発情期に入ったメスを、群れのオスに見せないように隠す生物もいます。群れの諍いを減らす知恵でしょう。鳥の中ではツガイになったオスに見つからないように、隠れて他のオスと交尾するメスなどいます。これは人で言うと不倫になりますか。しかし、より強いオスの子を求めるメスにとっては自然なことでもあります。ツガイとなったオスは我が子では無いと知らずに子育てするのですね。ミツバチなどは交尾の後にはオスは身体の一部が破裂して死んでしまうので、浮気の心配が無いですね。虫の中にはメスを殺し、メスの死体に精子を注入するオスもいます。正確にはオスの性器が特殊で、性交するとメスが死んでしまうのですね。この虫の種は全てが母の死体から産まれることになるので、母のいない子供ばかりになりますか」


「なかなか衝撃的な生物学だ」


「種の存続の為の方策は生物により様々です。もっとも、魔獣含め自然の生物の交尾を観察するのは難しいですが。野生から離れた家畜は人に見られてもあまり気にしなさそうですね。ですが、ことさら交尾を隠そうとするのが人が他の生物と大きく違う特徴、という論文を見たことがあります。それには性愛罪悪感症と書かれてましたね」


 性愛罪悪感症とは、なにやら奇妙な病気のようだ。


「人には理性があり、理性で欲望を抑えることで群れの安定を謀る生き物だ、という見地から考察されたものです。そうですね、分かりやすく言うと食欲は生きる為の栄養を欲するもので、生存の為の欲求です。しかし、美味しいものが食べたい、と食欲の暴走を止められなければ肥満となります。また、甘いお菓子が好きだからと甘いお菓子しか食べない生活は、やがて健康を害することになります。美食病というのは栄養の片寄りから発生する内臓疾患のことを言います」


 ゼラは眉を寄せてルブセィラ女史の話をウンウンと頷きながら聞いている。美食病は俺も聞いたことがある。贅沢な暮らしをしていた者が歳をとってから現れる病気で、贅沢病とも言う。教会が清貧を勧める理由のひとつとも聞いた。


「故に理性で欲を抑えることが美徳とされます。性欲とは子孫を残す為に発生する欲望ですが、これを理性で抑えられないと簡単に悪事に結びつきます。力づくで無理矢理する強姦など。他にも性商売のための女性の人身売買。娼婦という職業も本人の意思で行うので無ければ、社会全体が強要した悪徳とも言えますね」


 この辺り、難しいところだ。強姦など力尽くでことを行おうという外道は許せないが、覗きに痴漢と性に関わる悪事を全てを取り締まることは不可能だ。

 性に関わる商売もどこから悪事という線引きが難しい。ローグシーの街では、闇で聖獣ゼラの半裸絵や全裸絵が高値で取り引きされている、という話も聞いた。それを禁止と締めつけてしまうのは息苦しいだろう。


「人は社会を守る為に、悪徳と結び付きやすい性に関わることを隠そうとする。その感情が性愛罪悪感症という心の病だという説です」


 なんというか、乱暴な説に聞こえる。ルブセィラ女史の話を聞いていたゼラが、ウーン、と首を傾げる。


「ムニャムニャって悪いことなの?」


「いいえ、子孫を残す為の行為が悪いことの筈がありません。ただ、性に関わることをこれは良い、これは悪いと細かく判別することが面倒になって、全部まとめて罪悪感を感じるようにすれば、社会の治安は保たれると。これは人の賢さと善意を信用しないまま、社会だけを清潔に保とうとする歪みでしょうか?」


「歪み?」


「自然のままでは健全なことが、人工的な人の社会の中で忌避される。人が全て性愛罪悪感症という心の病に感染することにより、人の群れという不自然な社会が保たれる、という説ですね。極論ですが否定もしきれません。もっとも誰もが善悪を判断できるようになれば、性愛罪悪感症という心の病は必要無くなるのでしょうが」


「ンー、相手の嫌がることをしてはダメ、っていうことじゃないの?」


「さすがゼラさん。その通りです、ただそれだけのことなのです」


 ルブセィラ女史は心底感心したようにゼラを見る。


「それが判る人ばかりでは無いということが、性愛罪悪感症に頼ってしまう人の未熟さなのかもしれませんね。そして文化的な人達、優雅さや気品を求められる貴族には、はしたないこと、下品なことは(おおやけ)にしない、となってしまいます。このあたり平民の方が自然に近い健全さを持っていますね。他にも教義に厳し過ぎる光の神々教の熱心な信徒も、私から見ればやり過ぎというくらいに性交やエロイことを隠そう、無くそうともします。魔獣研究者から見れば、自然から遠ざかった不自然に見えますが」


「ンー、ルブセは、子供にムニャムニャはどう教えたらいいと思う?」


「私ですか?」


「ウン、もしもルブセの産んだ子が、赤ちゃんはどこから来るの?って聞いてきたら?」


 ちょっと驚いたようにルブセィラ女史は目を見開く。眼鏡がずれる。ゼラがじっと見る中で少し考えて眼鏡に指を添える。


「もし、私に子供ができたとして、いえ嫁き遅れで結婚というものは諦めてますが、まかり間違って私と結婚するような物好きが現れて、結婚して、子供ができたと仮定して」


「ウン、その子がルブセママに、教えてって言ってきたら?」


「私なら、例え子供が泣き出したとしても真実を教えます」


 ルブセィラ女史は堂々と答える。ルブセィラ女史に娘か息子ができたら、その子は泣かされるような英才教育を受けることになるのか。


「父と母が結ばれ、その結果にあなたが生まれたのだと、語って聞かせます。ただ、これは私のやり方で、伯爵家令嬢と育つカラァとジプには合わないかもですね。子供達の性教育についてはシグルビーが担当ですから、シグルビーとルミリア様に相談してみましょう」


「ウン、わかった」


「ゼラさん、私から言えるのはキャベツ畑とかコウノトリとか、嘘を教えるのは良くないだろう、というところですか」


 ルブセィラ女史は俺の顔をチラリと見る。


「参考までに、カダール様はどのような性教育を受けてきましたか?」


「俺か?」


 いきなり俺が過去に受けた教育の在り方を聞かれても困る。


「俺は、そういうのはなんだか恥ずかしくて、自分から聞こうとはしなかったか」


「昔からムッツリだったのですね」


「むう、まるで興味が無いわけでは無かったのだが、今、思い返してみれば子供の頃にどうしてあれほど恥ずかしいと感じていたのか、上手く説明できん」


「ルミリア様から少し聞きました。ルミリア様とアステが子離れするより先に、カダール様が親離れしてしまったと。ルミリア様が抱き締めたときに、子供の頃のカダール様が、『母上、子供扱いしないでください』と言って恥ずかしがって、ちょっと寂しかった、と」


「当時の俺は父上のように強い男になりたかったのだ。いつまでも母上に甘えていられない、と」


「そうして子供は成長していくのでしょうね」


 ルブセィラ女史はゼラに視線を戻す。


「ゼラさん、私はゼラさんが、これは間違って無いと思えることをカラァとジプに伝えるのが良いと思います。人は服を着るのに慣れて、服を着るのが当たり前となり、裸で歩く人をはしたないと感じるようになりました。ですが、これはただの習慣からの慣れであり、裸を恥ずかしいと思うことに明確な正しい理屈なんてありません。みんながそう思い込んでるだけなのです」


「思い込み、なの?」


「はい。服を着る人を見慣れただけの、ただの習慣から来る思い込みです。着てる服が上等かボロかよりも、その人が何ができるかの方が重要です。それを着てる服の方が大事と見るのは本末転倒なのです。ゼラさんの直感の方が正しく、人の社会の習慣の方が不自然でおかしなこともあります。私はそれをゼラさんからいくつも教えていただきました」


 ゼラはキョトンとしている。だが俺にもルブセィラ女史の言うことが理解できる。俺と再会するまで森で生きてきたゼラの方が、生き物としては正しい、と感じることがある。

 翻って人の社会とは不自然なもの、なのかもしれない。


「カラァとジプとフォウの性教育は、また教育会議で話し合ってみましょう。乳母のアシェとクインの意見も聞いてみたいところですし。あの子達に衝撃的なものを見せる時期というのも見定めねばなりません」


「衝撃的なの?」


「人の社会では、親のエロイところを見たくない、見てしまいショックを受けた、という子供もいますので」


 俺もカラァとジプソフィにゼラとのムニャムニャを見せる気は無い。だがあの子達が真面目に、赤ちゃんはどうしたらできるのか知りたい、と言い出したらどうしたものか。むう。


「女の子だと思春期の潔癖症や異性への恐怖心などから、このような同性愛のものに興味を持ったりもします」


 ルブセィラ女史が手にするのは一冊の本。『剣雷と槍風と』だ。おい。


「そのシリーズ、まだ続いていたのか?」


「えぇ。モデルのリアル剣雷とリアル槍風が女性と結婚したことが許せない、という行き過ぎた熱心なファンが妄想を昂らせた新作が出たばかりです。これは複数の作家による短編集ですね」


「ルブセィラ、それは子供にはまだ早い」


「はい、理解しています。なので私の研究室の愛好家も、コレは子供の目の届かないところに保管しています」


 あのシリーズ、最初はただの冒険物語だった筈だが、なぜそっちに行った挙げ句にまだ続いているのだ? ゼラはルブセィラ女史の持つ本を見て、俺の顔を見る。


「カダールはエクアドとムニャムニャしたことあるの? 男と男ってどうなの?」


「ゼラ、俺とエクアドは親友で義兄弟だ。その本みたいな関係は一度も無いからな」


 まったく、このテの本が思春期の少女に人気がある理由は、このルブセィラ女史から聞いたことはあるが。まだ、あのシリーズは続いていたのか、息が長いというか、好き者が多いというか。

 ルブセィラ女史は本を机の中にしまいながら、ふふ、と笑む。


「性に纏わることは煩く言い過ぎるよりも、適度に緩い方が健全だと思いますが?」


「その健全の範囲が何処までなのか、改めて考えたらわからなくなってきたので、こうして相談しているんだが?」


「そこは子供たちをしっかりと見て、判断してください」


 ルブセィラ女史の顔は、あの子達なら大丈夫、とでも言うような自信に溢れている。その表情がゼラと似ていて、まるで母親の顔をしているようにも見えた。ゼラが信頼する友人にして、カラァとジプソフィの教育を任せた先生。かつてゼラを怒らせた眼鏡が変わったものだ。

 ゼラがルブセィラ女史に礼を言う。


「ウン、ありがと、ルブセ」


「ゼラさんは今日は子供たちと一緒に授業を受けますか? カダール様もこれから空いているのならば、見学しますか?」


「そうさせてもらう」


 その後はゼラは子供たちとルブセィラ女史の授業を受け、俺はその様子を後ろから見学することにした。

 ルブセィラ女史が興味を惹くように講義をしているのもあるが、カラァもジプソフィもフォウも新しいことを知ることに熱心だ。


「ある農家の方が、『あの家の畑とうちの畑は同じぐらいの大きさなのに、どうしてうちの方が税が重いんだ?』と、言いました。では、畑の面積は本当に同じぐらいなのでしょうか? ここに地図があります。カラァ、ジプ、フォウ、三角形と台形の面積の出し方は前回、学びましたよね? では、この二つの畑の面積を計算して比べてみましょう」


「「はーい」」


 ただの算数の授業の筈が、例題に帝王学が入ってないか? その前に、この子たちは税を理解しているのか? フォーティスが大人になれば次期領主となるのだろうが、ちょっと早くないか?

 ゼラも子供たちと一緒に計算をする。


「えっとー、底辺かける高さのー、割る2? だっけ?」


 あってるぞ、ゼラ、がんばれママ。


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