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訓歌の聖獣像

(* ̄∇ ̄)ノ 芸術家赤髭、新たな芸術作品を作ります。


(たぎ)るッ!」


 芸術家、赤髭は極上の布を手に、目を爛々と輝かせる。プリンセスオゥガンジー、聖獣ゼラにしか作れぬ七色の陽炎浮かぶ神秘の布。ローグシーの街で人の噂になる極上の布を捧げるように持ち興奮のままに口走る。


「スピルードル王国の女性ならば誰もが欲するこの蜘蛛の姫の布を、ふんだんに使っても良いとは。しかしてこの麗しくももはや伝説とならんという生地に負けぬ芸術とは、うむ、この赤髭を置いて他に手に届くもの無し! 姉上の期待に応えねば!」


 伯爵夫人ルミリアが赤髭にプリンセスオゥガンジーで芸術品を作るように依頼したのは、複雑な経緯がある。


 プリンセスオゥガンジー、ゼラしか編めぬその布は光を浴びれば七色の陽炎が立ち登り、香を焚き染めなくとも生地からは爽やかな香りがフワリと漂う、魔法の布。


 この布が一般に初めて公開されたのは、エクアドとフェディエアの結婚式。


 エクアドは騎士訓練校時代からカダールとは背中を預けて戦う戦友でもあり親友。また邪教の一味の陰謀に巻き込まれた商会の娘、フェディエアを養父ハラードと共に救い出した赤槍の騎士。


 そのとき救われたフェディエアを妻に迎え、無双伯爵ハラードにその武を認められ、これまで幾度も黒蜘蛛の騎士カダールを影から支えた英雄。


 また邪教の一味に拐われた悲劇の姫、フェディエアはかつてハラード伯爵を支えたバストルン商会の娘。救出されてからはバストルン商会が無くなっても、恩を返しにウィラーイン家の為に働きたい、とフェディエアの父はウィラーイン家に仕え、娘フェディエアは当時のアルケニー監視部隊に会計として務めた。


 このエクアドとフェディエアの結婚式に、蜘蛛の姫が加護を与えた。新郎新婦はプリンセスオゥガンジーの婚礼衣装を纏い、ローグシーの街をパレードした。

 七色の光の陽炎を纏う新郎新婦にローグシーの街の住人、主に女性が溜め息を溢し見惚れた。


 ウィラーイン伯爵家の養子となり次期領主となるエクアドの友情と武勇伝。


 不幸な悲劇から救われたあとも献身的にウィラーイン家の為に仕えるフェディエア。


 二人の結婚式を七色の陽炎立ち登る布で加護と祝福を与えた蜘蛛の姫。


「うむ、スピルードル王国に住む者で、かような物語に胸を熱くしない者はいないであろう」


 神秘の布、プリンセスオゥガンジーはこのパレードで一躍有名になった。


 しかし、この布が編めるのは蜘蛛の姫ゼラだけ。プリンセスオゥガンジーのドレスを欲しがる者は数多くいたが手に入れる手段は皆無。


 ウィラーイン家より献上されたプリンセスオゥガンジーのドレスを持つのはスピルードル王国の王妃、礼装を贈られたのはエルアーリュ王子。


 この二人の他にプリンセスオゥガンジーのドレスを持つのは、かつてウィラーイン領が灰龍の被害に見舞われたとき、ウィラーイン領に支援した『裏の守護夫人(ファイブガーディアン)』だけ、と言われている。



 王家でも二着しか持てず、限られた者しか所持できないとなってはますます欲しがる者が増えた。

 如何に黄金を積んでも手に入れることのできない極上の布、それが蜘蛛の姫のプリンセスオゥガンジー。


「しかし、あまりにも欲しがる者がいてニセ物が出回るとは予想外。実物を目にする機会が無ければニセ物に騙されてしまうか。人とは欲に目が眩む者」


 噂ばかりが広まり、ついにはプリンセスオゥガンジーのニセ物を扱うインチキ商人が現れてしまった。


 ウィラーイン家は改めて、プリンセスオゥガンジーの金銭売買はあり得なく、また、ウィラーイン領にてプリンセスオゥガンジーの取引は禁止とした。


 手に入れるには聖獣蜘蛛の姫ゼラ、手ずからの贈り物としてのみ。受けとる者は聖獣ゼラが加護を与えると認めた者だけに。


「プリンセスオゥガンジーの在庫の総数は姉上とルブセィラ女史しか知らぬ。あの秘密研究室に厳重にしまわれ軽々しく外には出ない。まあ、あの極上の生地が産まれる理由が理由なので、カダール君も重ねた愛の回数は他人に数えられたくは無いのだろう。だが、産みの母親に夜の回数を知られても平然と構え堂々としたカダール君の肝の太さは、流石姉上の息子にして最高傑作。これが凡百の男であれば精神に傷を負ってもおかしくあるまい」


 そしてルミリアは一計を案じる。ローグシーの聖堂で、一時、ウィラーイン家の結婚衣装、フェディエアのウェディングドレスとゼラのウェディングドレスを展示した。


 本物のプリンセスオゥガンジーは、人が小細工で真似して作れるものでは無いと知らしめる為に。

 教会の聖堂では噂に登る神秘の布を一目見ようという人が訪れた。


 またルミリアは弟の芸術家赤髭に、プリンセスオゥガンジーで作った芸術品を作らせることにした。ローグシーの聖堂で展示する予定だ。

 本物のプリンセスオゥガンジーを目にすれば、人の手で同じものを作るのは不可能だとわかる。ニセ物に惑わされる事件も少なくなる。


「だが、このプリンセスオゥガンジーを使った作品は後世に残る傑作で無ければならない。それにはやはり蜘蛛の姫に関わるもので無ければならぬ!」


 芸術家赤髭はプリンセスオゥガンジーを前に、沸き上がるインスピレーションが形になるのを待ち瞑想する。


「滾る、滾るぞ! これは必ずや歴史に残る一品になる! ならばこの神秘の布の華やかさに負けぬエピソードと力強さを、人の胸を打つ物語を! ただ綺麗な布を使っただけのありきたりな陳腐な物であってはならない! 蜘蛛の姫の愛が込められた素材を使い、蜘蛛の姫の愛が感じられるものを! 目にするだけで切なさといとおしさが胸の内から溢れ、身が震えだすもので無ければならん!」


 赤髭は手に持ったプリンセスオゥガンジーを高く掲げ、明かりを透かすように下から見上げる。


「こうして見ると虹色の雲のよう……、この素材の特性を活かすには、光を浴びる位置での展示……、光と踊る虹の陽炎……」


 赤髭は目を瞑り回想する。ゼラの姿をまぶたの裏に浮かべ、これまでに聞いてきたカダールとゼラのエピソードを思い浮かべる。


「蜘蛛の姫に最も近い芸術家として、蜘蛛の姫の想いと物語を伝える形に、そもそも宝とはなんだ? 財宝とはなんだ? きらびやかでも金銀宝石という無味乾燥なものは至宝とは呼ばれぬ。王権を象徴する王冠や王杓を彩ってこその至宝。ならば、人が大切な宝として心が感じるものとは、至宝と呼ばれるに値する感情とは、感動を呼び起こす形とは。ぬぬぬぬぬ」


「悩んでいますね」


「む? アステか?」


「ルミリア様が呼んでます。おもしろいものが見つかったから見に来なさい、と」


「おもしろいもの?」


 医療メイドのアステと芸術家赤髭は領主館のホールに向かう。


 ゼラの大きな身体でも窮屈にならないようにと広くつくられた領主館の一階。そのホールには聖獣警護隊の手で丁寧に品が運ばれ並べられている。


「ふむむ?」


 折れた木の剣、欠けたカップ、黄ばんだシャツ、くすんだ小さなスプーン、穴の空いた靴、破れたパンツ。それらを慎重な手付きで隊員達は並べ、ルブセィラ女史と研究班はひとつひとつ調べながらメモを取る。


「何やら古代の発掘品を見つけたような有り様だな?」


「ある意味で似たようなものでしょうか? 発掘されたばかりです」


 赤髭と医療メイドのアステはホールの端で大人しく様子を見ている。小さな洞で見つかった、お宝の並ぶ様を。


 呼ばれて来たゼラが並ぶ品を見ながら、昔を思い出し、過去の思い出を口にする。


 かつての小さな蜘蛛のときのことを。寂しさをまぎらわせる為にウィラーイン家に忍び込み、カダールの匂いのついたものをつい持ってきてしまったのだと言う。


「おぉ……、ただ一人、小さな洞の中で、寂しさに耐えていたというのか……」


 ゼラの話を聞き想像した赤髭の目に涙が浮かぶ。赤髭の見る前で、黒蜘蛛の騎士カダールは蜘蛛の姫ゼラに手を伸ばす。


「ゼラはずっと俺のことを見守ってくれていたのか……」


 カダールはゼラの手を引き、身を屈めたゼラを大事なもののように胸に抱く。赤髭はハンカチで己の涙を拭きながら深く頷く。


「うむ、真の宝とはそこに込められた想いを、素晴らしきもの、美しきものと感じ取れたときに、何物にも変えられぬ価値として在る。これは軽い言葉では伝わらぬ、重みと過去、纏わるエピソードへの共感が財貨に変えられぬ価値となるのだ」


 横で聞いていた医療メイドのアステは、床に並ぶ品々を見て目を細める。


「昔はぼっちゃんの持ち物が無くなるのを不思議に思ってましたが、まさか私の知らないうちにゼラちゃんが入り込んで盗んでいたなんて」


 アステはしゃがみ一枚の黄ばんだシャツを手に取る。懐かしげに目を細めて。


「この胸のポケットの花の刺繍はルミリア様がつけたもの。ぼっちゃんはこのシャツをよく泥だらけにしていたものです」


「うむ、元気でやんちゃだったと姉上から聞いた。少年カダールの身近な品々、か」


「他にもあったのですよ」


「む?」


 メモを取りながら口を出すのはルブセィラ配下の研究班の女性研究者。そのルブセィラ女史の助手の一人は悔しそうな顔をして言う。


「小さな洞の中には、ブラックウィドウの脱け殻がありました。ですが劣化していて運ぼうとしたら崩れて粉になってしまって。あれがゼラさんの脱け殻なら貴重なサンプルでしたのに」


「ほほう、ゼラ嬢のかつての脱け殻と。ブラックウィドウの脱け殻とは、どのようなもの、いや、どのような感じだったのかな?」


「どのような? ええと」


 助手はメモをしまい両手を前に掲げるようにして。


「こう、前脚に古い変色した布を持って、祈るように、いとおしく見上げるように」


「……それだ、」


「は?」


 赤髭の瞳がキラリと光を放つ。ついに見つけた、至高の物語を。


「それだッ!!」


「きゃあ!?」


「その洞窟の中の様子を詳しく! 脱け殻の状態は? ポーズは? 他に何があった? 憶えていることを全て詳しく述べたまえッ!」


「は、はいい!?」


 赤髭が鬼気として助手に尋問する。その向こう、ゼラの深い愛に感動したカダールがゼラを抱き締め、ゼラはカダールの背に手を回しそっと持ち上げる。互いの腕の中に互いが納まる。その形がしっくりと来るいつもの二人。


「それでこそ、私の息子」


 ルミリアは息子と嫁を見て満足そうに頷く。その後、チラリと弟の様子を伺う。


「こちらは、なかなかのモノができそうね」


 プリンセスオゥガンジーで作られたブラックウィドウの像はローグシーの聖堂に飾られた。祈るように願うように掲げられた前脚は、人になろうという願いを天に祈った蜘蛛の姫の想い。

 不気味な蜘蛛の魔獣の形であっても、真摯な祈りと深い愛に天の光は七色の祝福を与えた。

 絵本『蜘蛛の姫の恩返し』とも繋がる姿に子供たちは目を輝かせ、大人たちはその尊さに胸を抑えた。


 訓歌の像、と名付けられたこの像は光を浴びる角度で色合いを変え、やがてはローグシーの街の名物のひとつとなる。

 至高の宝とは人の胸を打つ純粋な想いと願い。想い無き虚飾よりも受けた光に応える輝きを。


「それこそが、讃えられる真の財宝となろう」


 プリンセスオゥガンジーによる芸術作品を作り上げた赤髭は満足そうに頷く。


「……つい、クンカクンカの像、と口走りそうになってしまったことは黙っておこう」


設定考案

K John・Smith様

加瀬優妃様


ありがとうございます。


( ̄▽ ̄;) こうしてローグシーの街の聖堂に訓歌の像が飾られました。……パンツクンカクンカからここまで広がるとは。


かつては……、


ノマ( ̄▽ ̄;) 洞窟の名前、えーとなんにしよう? 『訓歌の洞』とか?


離れてないやんけ!

女将(;`△´)/~~~~~~~~●彡☆


なんかー、ほらー、もっと無難な、カダール達が名付けそうなやつ!

(; ̄□ ̄)ノシ(←無茶ブリ)

(↑確定する前にどうにかしたい)


φ( ̄∇ ̄ ;K 来た!


訓歌のほら


「西の聖獣」ゼラ様にまつわるウィラーイン伯爵領の巡礼観光地の一つ。

聖都ローグシーからやや離れた、交通の便利の悪いところにあるため足を運びづらいが、恋愛成就を願う少女たちを中心に熱狂的な人気があり……



□□□



きっかけは芸術家・赤髭の『願い』と題された新作の像。


織り上げられた奇跡「プリンセスオゥガンジー」でつくられたタラテクトの像は、半透明の脱け殻そのもの。


立体的な布の造形は、端切れや細布を蝋型に巻いてつくられた(未知の粘液接着剤で輪郭を固定)といわれるが、ため息がもれるほど幻想的。空気と光を中まで通して、虹色を内外に帯びている。


蜘蛛の像のポーズも独特で、空に向かって祈るようにのばされた三本の前脚(前足一本は欠損)に多くの人が関心を持った。


聖獣ゼラの幼い頃の姿であることから、天に祈っていると見るものも多い。

だが、由来となった本物のタラテクト、幼少のゼラ姫の脱け殻(残念ながら発見から間もなく崩壊)は、空の見えない「洞」の中で見つかっていた。


そのため、幼少のゼラ姫が孤独な声で、恋人を呼びつづけるすがた。さらには、悲しい恋歌をひとりで唄うすがたと信じられるようになった。


言うまでもなく、蜘蛛の魔獣は人語の会話も歌も不可能だが、ゼラ姫は、記録的ロングランのミュージカルのヒロインであり、天に前足(三本)を広げたポーズは自然と祈りや歌、踊りを連想させた。



問題の洞は所在地が伏せられ、非公開だったが、いつしか『 孤独な歌を唄い続けた仔蜘蛛の抜け殻 』がみつかった【 訓歌の洞 】と呼ばれ出し、片思いの乙女たちの聖地と呼ばれるようになった。


ノマ(* ̄∇ ̄)ノ 採用!


女将(_ _;)

あー、なぜ「くんかネタ」来た時点でしっかりツッコめなかったのか。

悔やまれる……


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