ルブセィラ女史、先生となる
(* ̄∇ ̄)ノ ルブセィラ女史が子供たちの先生に挑戦したとき。
子供たちに小さな板と白墨を手渡して、ルブセィラ女史は、では、と子供たちに語り出す。
「それでは、今日からみんなで文字の読み書きを学習していきましょう」
「「よみかきー?」」
手渡された板にさっそく白墨で絵を描き始めていたカラァとジプソフィ、大人しく待っていたフォーティスが声を揃えて言う。
ルブセィラ女史は眼鏡の位置を指で直して。
「ええ、そうです。これまで絵本を読み聞かせていましたが、あの絵本に書いてある文字を、これから書いて憶えていきましょう。自分で文字が描けて絵も描けるようになると、ルミリア様のように、こんな絵本を自分達で作れるようになれます」
「「えほんをつくる!?」」
三人の子供が食いつく。絵本をが好きなカラァとジプソフィとフォーティスは、絵本が自分達でも作れるというのに目をキラキラと輝かせる。
「文字とは人の言葉を書き残す為の手法。文字が読み書きできれば、遠く離れた人とも手紙という手段で語り合うこともできます。また、記録として描き残すことで、未来の人達に知識を伝えることもできます。文字を書くこと、文字を読むことは、人の文化を高め知識と技術を伝え残す手段ともなり、」
「「???」」
「あぁ、すいません。脱線しましたね。それではこの絵本を見ながら、文字を真似して書いてみましょう。文字には書く順番というのがあって、人が見やすく綺麗な字を書くには、この書く順番も大切です。では、むかしむかし、あるところに、の『む』から書いてみましょう」
「「はーい」」
絵本で子供たちの好奇心を刺激し、子供たちの方から学習する意欲を高める。
『甘やかすときは存分に、興味を持てば自ずから』
「ルミリア様の教育方針、好奇心を刺激すれば子供たちは自ら学んでいく。ハラード伯爵もまた、一人で己の修練ができるように導くのが師の務め、と言っておられましたね。武の国スピルードル王国の中でも、盾の中の盾、ウィラーイン伯爵家の家風、ですか」
ルブセィラ女史は子供たちの先生となり、その教育の仕方はルミリアと相談し、ルミリアの真似をするようにしている。
「ルミリア様と一緒にゼラさんにいろいろと教えていたことが、こうして役に立つとは」
子供たちの教育に関してはウィラーイン伯爵夫人、ルミリアの教育方針を第一としている。
と、いうのも子供たちに教えたい、という者がウィラーイン伯爵家の領主館に多いからだ。
ルブセィラ女史は教育班での会議を思い出す。
エクアドが隊長を務める聖獣警護隊は聖獣、蜘蛛の姫ゼラを守る為に存在する。そしてゼラの娘、カラァとジプソフィも警護対象の蜘蛛の御子。
聖獣警護隊の中で副官となったルブセィラ女史が、聖獣警護隊、教育班を編成しカラァとジプソフィとフォーティスの教育をしよう、となった。
子供たちの祖母に当たるルミリアを教育班顧問とし、子供たちに教えたがる大人の方をルブセィラ女史が管理することが目的だ。
「武術については、最初はハラードに任せましょう。グラフトとサレンは上級者向けだから」
ルミリアの一言に会議に参加した教育班の面子は深く頷いた。主にフェディエアとエクアドはホッと安心したように。フォーティスの両親の二人は領主館の環境で育つフォーティスが、常識外れになってしまわないか、という心配がある。
「魔法、についてはゼラしか教えられないけれど、クインとアシェには、カラァとジプソフィの魔法が危険になったり暴走したりしないように見ていて欲しいわ」
「それは解るけど、あたいらがあの子達の教育に関わってもいいのかい?」
クインの疑問にルミリアはにっこりと頷く。
「魔法を含めて、カラァとジプソフィの人間離れしたところは、深都の住人に頼ることになるわ。お願いねクイン、アシェ」
子供たちの教育の為の会議には、クインとアシェも参加している。子供たちの乳母としてすっかり領主館に馴染んだ深都の住人。
「あ、あー、うん、やってみる」
自信無さそうに言うクイン。アシェはというと、
「あの子達が聞いてきたら、私から見た人のことを語ってもいい、ということかしら? 博物学者?」
ルミリアを挑発するように言う。ルミリアは、ええ、と大きく頷く。
「そのときは嘘をつかずに言ってあげて。あの子達が自ら興味を持ち、知らなかったことを知る楽しみに目覚め、できなかったことができるようになる面白さを自覚する。これを大切に伸ばすようにして。ただし」
ルミリアはアシェをじっと見る。
「カラァとジプソフィは服に馴れさせたいの。だからアシェ、領主館では寝室とお風呂以外は全裸禁止で。子供たちが真似しないようにね」
「幻影の魔法で服を着てるように見せるのは禁止、のままで?」
「ええ、そうよ。アシェとゼラは服が苦手というのは知ってるから、肝心なところだけ隠してくれたらいいわ」
こうしてアシェとゼラは全裸で領主館の中をうろつくことは、改めて禁止された。しかし、無理に苦手なことをさせるのもかわいそう、ということで妥協点とし、まるで南方の踊り娘のような露出の多い服や、裸エプロンなどは許された。
「お客人を迎えることになったら、ゼラはドレス、アシェはメイドの服を着てもらうわ」
「それが、子供たちが人の中で暮らしていくのに必要なのかしら?」
「ええ、カラァもジプソフィもフォーティスも私の孫。伯爵家の子として他家やスピルードル王家と顔を会わせることになる。だから、領主館に住むなら人の習慣に付き合ってもらうわ」
「仕方無いわね」
教育班の班長はルブセィラ女史が務め、顧問がルミリア。研究に打ち込むと常識を忘れるところのあるルブセィラ女史が教育班をまとめることに不安の声もあったが、
「ウン、ルブセ、お願い」
母親のゼラが信頼する物知りの学者、魔獣研究者ルブセィラが教育班の班長となった。
(ゼラさんの信に応えるためにも、しっかりと務めねば)
そして顧問のルミリアが方針と担当を決める。
「ゼラが子供たちとお菓子を作る、となったら料理長エモクスにお願いするわ。子供たちのお絵描きは私の弟に。フォーティスの武術はハラードに任せるけれど」
「うむ、フォーティスには先ずワシのウィラーイン剣術とエクアドのオストール槍術を教える。その後、フォーティスが興味を覚えたならカッセル、ユッキルにも師匠を頼みたい」
「ソレガシが?」
「セッシャが?」
呼ばれて椅子に座っていたもののキョトンとしていた双子のリス姉妹。声をあげた二人にハラードは、うむ、と続ける。
「カッセルとユッキルの武術はフォーティスに伝えてもらいたい。ワシを越える技量の持ち主がせっかくここにいるのだからの」
「うぅむ、ソレガシの武技はフォーティスの身体ができてからの方が良いのではないか?」
「もちろんそのつもりだ。他にもフォーティスがその気になれば、サレンのアーレスト無手格闘術、クチバの東鬼忍流なども」
「わかった、セッシャで力になれるなら」
「ソレガシも、シタンの武技を伝えられるなら」
フォーティスの武術英才教育が決定された。ルミリアは続けて教育班会議に呼んだ聖獣警護隊、隊員に目を向ける。
「そしてシグルビーにもお願いするわ」
「いや、あたしが教えられることなんてのは」
右目だけが赤いオッドアイの隊員。もとハンターの女性隊員シグルビーは居心地悪そうに言う。どうして自分がこの場に呼ばれたか解らない、という顔をして。
「なんであたしがここにいるのかも謎なんだけど?」
「ゼラに聞いたわ。シグルビーがゼラにいろいろと教えてくれたって」
「……ゼラちゃん、話しちまったか。秘密の話だって言ったのに」
「ゼラは隠し事は苦手だから。シグルビーには感謝してるのよ。私が教えにくいことを教えてくれたことに」
ルミリアはチラリとハラード伯爵を見る。
「カダールは私の育てた最高傑作、だけど女性に対して奥手というのは私とハラードの責任かもね」
「うむ、カダールは伯爵家の者として、領民を守る自覚はあるが、王都の騎士訓練校で女性は守るもの、と教えられて女遊びもしなかったというからの」
それまで教育班会議を見ていたエクアドが頷く。
「カダールは騎士訓練校のときから女性に対しては堅すぎるというか、マジメ過ぎるところがあったか」
「う、うぅむ、しかしそれは性分というか、なんというか」
カダールは赤毛をポリポリとかいて応える。
「自分でも何故かわからんが。思い返せば、父上と母上がいくつになっても人前でイチャつくのを見て、ちょっと恥ずかしく思うようになったから、かもしれん」
「そこは私も母親として上手く教えられなかったところね。親が子に性教育をするのが難しいところもあるわ」
シグルビーは苦いものでも噛んだような微妙な顔をしている。フォーティスの母親、フェディエアは想像して俯いてしまう。ルミリアは話を続ける。
「なのでそこを含めて、シグルビーに頼みたいのよ。私が心配するのは、私の孫達が研究バカ、武術バカになってしまわないか、ということ。しかもこの領主館は聖獣ゼラ、蜘蛛の御子、そして深都の住人といて、世間から離れることになるわ。貴族というのは庶民から離れるものだけど、あの子達は尚更だもの。そこでシグルビーには、あの子達が興味を持ったらイケナイことを教える大人でいて欲しいの」
「そういうのを教える先生、ってことかい? 悪い見本、ということ?」
「違うわシグルビー。温室で丁寧に育てられた花は綺麗だけど弱くなる。いろんなことを見てきたシグルビーは、私やカダールが教えられないことを知っている。あの子達の興味が芽生えて、家族や先生に聞けないことはシグルビーがコッソリ教えて欲しいの」
「あー、なんかわかった。先生っつーか、先輩って感じなのか。清濁合わせ飲む、ってことか」
「ハラードも私も昔は身分を隠してハンターしてたものよ。そこで学ぶことも多かった。だけどカラァとジプソフィにそれは無理でしょう?」
「それもそうか。あの子たちは友達作りには苦労するかもな。一目で聖獣の御子って解って崇められちまうもんな」
「カダールもエクアドも、子供に性教育できる性格じゃないし。その辺りをシグルビーに頼みたいのよ。ついでに性病の怖さとかも教えてあげて」
「そういうの、まだあの子たちには早いと思うけど」
「だから、あの子達がそういうことに興味が出て、聞いてきたら教えてあげてね」
こうして定期的に教育班会議は行われている。ルブセィラ女史は子供たちのカリキュラムとスケジュールを管理するようになる。
(先生衆だけ見れば一流どころが揃っている上に専門家ばかりですが)
ルブセィラ女史は子供たちに文字の書き方を教えつつ考える。
(私が何故、ゼラさんに惹かれたか。ゼラさんは何故、カダール様に惹かれたか。本当に伝えたい大切なことは、言葉や文章ではどう伝えたなら良いのか、わかりませんね)
「ルブせんせー、これでいいの?」
「はい、なかなかいいですよ。ここの止めはしっかりとすると綺麗な『む』になります」
ルブセィラ女史はひとつひとつ丁寧に、子供たちに文字の書き方を教えていく。カラァもジプソフィもフォーティスも、真剣な顔で板に文字をいくつもいくつも書いていく。
(この子たちに伝えたいこと、私もルミリア様のように絵本を作ってみましょうか。子供たちに絵本を作れる、と言ったのですから私が作って見せるのもいいかもしれませんね)
これまで子供に授業を教えたことの無かったルブセィラ女史は、辿々しくとも三人の子供たちにいろいろと教えることになった。
やがてその教育水準が異常に高過ぎるのではないか? と、フォーティスの父、エクアドが子供たちの授業を見学して冷や汗をかくのは後の話となる。
(σ≧▽≦)σ そして子供たちの授業風景の続きは、下のリンクからK John・Smith様の蜘蛛意吐モンスターコレクションへジャンプ!
設定考案
K John・Smith様
ルブセィラ先生のイラスト
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます。