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聖なる剣士と聖なる獣 後半

(* ̄∇ ̄)ノ 剣士クシュと聖獣一角獣、後半です。

 

 見上げる巨体は月の光を浴び、銀の毛皮はうっすらと輝く。夜の中、影絵の森を背景に浮かび上がるように。

 堂々と大地を踏みしめる四つ足の銀の狼。頭から剣のような赤い角。瞬きをするごとに色を変える虹色の瞳。

 目の前にある偉大なる者に圧倒される。


『長き旅をしてきたようだ、聖なる剣士の長よ』


 頭の中に響く、深き叡知を感じさせる声。人を越える存在感に圧倒される。

 聖典にある絵姿はかの存在の特徴を捉えている。しかし、息がつまるような威圧感は絵姿では伝わらない。


「聖獣、一角獣よ」


 かろうじて声を出せたのは、私が尋常ならざる者に会った経験のおかげだろう。蜘蛛の姫ゼラ様。ゼラ様の姉たる存在、アシェンドネイル、エアリアクイーン。

 あの伝承の魔獣、ラミアとカーラヴィンカを前にして、息苦しく身が凍るような思いを味わった。ただ、そこにあるだけで己を小さく感じさせる者。神の遣いと呼ぶに相応しい存在感。


 思い出せばアシェンドネイルとエアリアクイーンは、警告として我らを威圧した。それも仕方あるまい。我らのしたことを思えば、殺されても文句は言えまい。

 なのに蜘蛛の姫ゼラ様は、まるで私を包み込むように柔らかな微笑みを見せてくれた。私が黒蜘蛛の騎士を大ケガさせたというのに。


 目前の巨狼は触れるほど近くに見上げても、何か遠く距離を感じる。気安く触れることを許さぬ超然とした雰囲気。

 ゼラ様の気配が柔らかいと言うならば、聖獣一角獣の気配は固い。だが不思議と冷たくは無い。


 右手を剣の柄から離す。両膝を地面に着け左の手のひらを地面に着ける。聖なる王家に対する最敬礼の姿勢。


「聖獣、一角獣よ、なぜこの地へ?」


『新たな魔獣の森を見に来た。人の行いの果てを』


 魔蟲新森、その中心にあったのは魔術国家ジェムジェン。いまだ詳細は解ってはいないが、かの魔術国家が光の神々教会の警告を軽んじ、古代魔術文明の魔術具を研究していたという。

 魔蟲新森の誕生は発掘した古代魔術文明の魔術具の誤作動ではないか、と疑われている。

 人を堕落させる魔術具は、教会が禁止しているもの。聖獣一角の御言葉にもあり、聖典にも禁忌と記されている。


「魔蟲新森の発生は、人の自業自得、なのでしょうか?」


『それは人が己の手で調べ、己の目で見るがいい』


「は……、」


『兜を取って顔を見せよ。敬虔なる剣士よ』


 一角獣の言われるがままに、顔を隠す兜を外す。夜気に頬が触れる。

 一角獣は顔を寄せ、私の目を覗くように見る。大きな銀の狼の虹色の瞳が目の前にある。


『黒き星の縁に触れて、どう感じた? 聖なる剣士の長クシュトフ』


 深き叡知にて、万象を見通す聖獣。私のことも全て知っておられるのか。


「聖剣士クシュトフは、死にました。今の私はただの剣士クシュ」

『名を変えても魂は変わらぬ。己が生き様が生まれ変わるのならば、幾度でも名を変えれば良い。……負ける筈の無い戦いに負けたか』


 あの神前決闘のことだろう。

 私と黒蜘蛛の騎士カダールとの戦い。

 剣の技量、一騎討ちの経験、何れも私が黒蜘蛛の騎士カダールに劣るところは無い。これでも私は、神前決闘無敗の聖剣士と呼ばれていた。

 負けた理由はただひとつ。

 己に義が在ると信じて剣を振れなくなった、私は肝心なところで迷いに鈍った。

 かたや、妻と子を守る為に戦う黒蜘蛛の騎士カダールは、止まらずに全てを剣に込めた。


 聖剣士の鎧をすら貫く一撃。胸を刺す長剣。あのとき私は死んだ。

 

『剣士クシュよ、クシュから見た黒蜘蛛の騎士とは、如何なる者か?』

「……心根正しく、澄んだ想いの為に全身全霊を賭けること当然とこなす、騎士の鏡と呼べる者です。その想いが、蜘蛛の姫を呼んだのでしょう」


 不思議な男だった。剣を手に互いを試しあったことで解ることもある。魔獣相手に鍛えたというウィラーイン剣術には威かされた。何よりあの男の芯の強さは何なのか。


『では、蜘蛛の姫とは如何なる者か?』

「……命を慈しむこと、かの蜘蛛の姫に並ぶ者は無く。黒の聖女と呼ぶに相応しいかと」


 かの蜘蛛の姫ゼラは、私の身を癒した。黒蜘蛛の騎士カダールに負傷を負わせたというのに。愛する夫を傷つけたというのに。

 さらに言えば、私は蜘蛛の姫の作った守り袋を胸に持っていたことで命ながらえた。七色の虹を立てる神秘の布が、私の胸を貫く剣から心臓を守った。

 そのときに守り袋の中にあったもの、蜘蛛の姫の体毛が、私の胸の中に入った。

 治癒の力を持つ蜘蛛の姫の体毛が、私を死の淵から救った。


 思い返せば、あの守り袋はアプラース王子から受け取った。アプラース王子は蜘蛛の姫から贈られたという。

 もしや、蜘蛛の姫は、こうなることを見据え私のもとに守り袋が届くようにしたのだろうか?

 私を救うために、黒蜘蛛の騎士カダールが背負うものを減らすために。

 そして私が、過ちに気づき、やり直す機会を与える為に。

 それでは万象を見通す、まるで聖獣一角獣のようではないか。

 やはりゼラ様は聖獣。では、


「聖獣一角獣よ、なぜ私に尋ねられますか?」

『直に相対した者の話を聞いてみたかった』


 目前の銀の巨狼は目を細める。笑っておられるのだろうか?


『黒き星の行く末は我にも見えぬ』


 どこか楽しんでおられるような気配。


「聖獣一角獣よ、私からお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

『言ってみるがいい』

「……私は、これから如何にすれば良いのでしょうか?」


 聖剣士クシュトフは死んだ。もはや総聖堂に義理も無い。一人の剣士として、今は中央の民を救うのみ。

 しかし、私の信仰は神前決闘で破れてから、宙に浮いたように定まらない。光の神々の教えに従い、しかし信仰を束ねる総聖堂の有り様は無様。何の為の教義か、何の為の信仰なのか。

 光の神々の遣いたる聖獣一角獣ならば、答えを知っている筈。

 銀の巨狼は少し顔を下げる。頭の剣のような赤い角が少し下がってくる。


『剣士クシュ、己の見つけた答に、聖獣の保証が欲しいのか?』

「そ、それは、」

『我は忠告をするのみ。何を選び何を為すのかは、人が選べ。己の選んだことの結果を、神のせいにしても、聖獣のせいにしても、人の行いはやがて人に帰る』

「!申し訳、ありません……」


 私は何を甘えていたのか? 己の選択に聖獣の御言葉という後ろ楯を得ようなど、なんと身勝手な。これでは総聖堂の愚かな神官を笑えんではないか。

 翻ってあの黒蜘蛛の騎士カダールはどうだ?

 総聖堂に光の神々教会、聖剣士団、全てを敵に回しても、妻と子を想う己の信念を正しいと、吼えて向かって来た。苛烈な気迫を剣に乗せて。

 

 あぁ、神前決闘で私が敗れたのは、そういうことなのか。中央で教会の権威を守るための決闘では無敗でも、真に愛する者を守る男の気概に折れたのは、そういうことなのか。


『しがらみを抜けて、広がる視野に見えるものがあるだろう。そしてすべき事を知っているならば、もはや我に尋ねることもあるまい』


 私が顔を上げたときに、もはやそこに聖獣の姿は無く。まるで夢でも見ていたように銀の巨狼は何処にも見当たらない。

 頭の中に聖獣の声が木霊する。

 すべき事を知っているならば。

 聖獣に問わずともすべき事は、私は知っている。それを成すことが光の神々の教えに従うことなのか、それともまた過ちではないのか、不安に感じていた。

 人の行いはやがて人に帰る。では、如何なる行いならば人に良く帰るのか。

 思い出すのは黒蜘蛛の騎士との神前決闘。蜘蛛の姫ゼラ様の慈愛の微笑。


 私はゆっくりと立ち上がる。白い月に照らされる暗い夜。迷うことはあれど、すべきことは決まっている。

 魔獣の森に住む処を追われた者を救う。スピルードル王国で魔獣戦闘を学ぶ。中央でハンターを増やす。ウィラーイン領のように、魔獣の森に屈せぬ生き方を人が見い出す。

 時間はかかる。何処から手をつけていいかもわからぬ。

 だが、ひとつずつ片をつけていくしかあるまい。

 甘えて頼る者が、魔獣と戦えようか? 魔獣と戦う姿を、後に続く者に見せるには。


 聖獣一角獣。人に御言葉を伝え人を導くと伝わる光の神々の使者。

 かつて、蒼き髪の一族の祖先と約束し、至蒼聖王家と共にある聖獣。


 はるか昔、聖獣一角獣と約束したという蒼き髪の者とは。

 もしや、一角獣と聖王家の祖とは、蜘蛛の姫ゼラ様と黒蜘蛛の騎士カダールのような関係だったのではないだろうか?

 ならば私は、伝承が産まれるところに立ち会ったのだろうか。


 目をつぶり胸に手を置く。そこにあるのはプリンセスオゥガンジーで作られた、蜘蛛の姫の守り袋。私の命を守った蜘蛛の姫の慈悲。そして胸の奥に灯る暖かな灯火。


 我が身の内に、黒の聖女の奇跡あり。


 一度死に、蜘蛛の姫に頂いたこの命。何を使い道に迷うことがあるだろうか。道に悩もうとも、もはや進むことには迷いはしない。

 真に守るべきものを見失わなければ。


 再び兜を被り顔を隠す。魔蟲新森に背を向けハンター達のところへと戻る。

 一人の剣士として生まれ変わり、身軽となったのならば。信じるものの為に、もう一度駆け抜けてみよう。

 私を負かしたあの黒騎士のように。


設定考案

K John・Smith様

加瀬優妃様


m(_ _)m ありがとうございます。


◇◇◇◇◇


蒼き髪の聖なる姫

「一角獣、お戻りになられましたか」


聖獣一角獣

「あぁ、新たな森を見てきた」


蒼き髪の聖なる姫

「なにかおもしろいものでもありましたか? 楽しそうですが?」


聖獣一角獣

「縁を繋ぐ者、変えずに置けぬ黒い星、というところか」


 至蒼聖王家の新たなる城、その中庭。日の当たる一本の木の根本に銀の巨狼は身を横たえる。


蒼き髪の聖なる姫

「……大陸の動乱は、治まるのでしょうか?」


聖獣一角獣

「さて、どうかな」


 虹色の瞳を閉ざし、聖なる獣と崇められる巨狼は寝息を立てる。蒼き髪の姫は銀の毛皮にそっと触れる。


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