聖なる剣士と聖なる獣 前半
(* ̄∇ ̄)ノ 神前決闘にてカダールと戦った聖剣士団団長クシュトフのその後。
胸に手を当てる。目をつぶり光の神々に祈りを捧げれば、瞼の裏に浮かぶのは褐色の肌の少女の優しい笑み。
黒の聖女ゼラ様。慈悲深き蜘蛛の姫。
「クシュ様、野営の準備ができました」
「あぁ、ありがとう」
「傷が痛みますか?」
「もはや体調は万全だ。気にするな」
祈るときに胸に手を当てるのがクセになってしまった。そのことで古傷が痛むようにも見えただろうか。私が胸を剣で深く刺されたところを見た者には、今もこうして心配されてしまう。
「身体は以前より調子がいいくらいだ」
私は今は剣士クシュと名乗り、フルフェイスの兜で顔を隠す。もう心配はいらない、と伝えハンター達の野営する処に向かう。
かつての聖剣士団団長クシュトフは死んだのだ。辺境にて黒蜘蛛の騎士との神前決闘に敗れ、胸を剣で貫かれて。
今の私はただの剣士クシュ。
私はウィラーイン領にて、蜘蛛の姫に治癒の魔法で怪我を癒された。その後、伯爵家の館で療養し、私を慕い残った四人の聖剣士と今後のことを話した。
『私たちは団長につき従います』
『正しく信仰に生きる教徒として』
『もはや真実を歪めようとする総聖堂には付き合えません』
光の神々総聖堂。神官達のつまらぬ権力の諍い。そこに巻き込まれ、政治に疎い私がいいように使われた。いや、中央が平和であるとことに、私にも油断があったのか。
スピルードル王国ウィラーイン領に現れたアルケニー。魔獣でありながら人語を解し、人に害を為さぬどころか人を助ける聖獣だと、スピルードル王国の教会より伝えられた。
真に聖獣かどうか、見極める為に総聖堂に連れてくるという命を受けて、総聖堂聖剣士団はウィラーイン領へと向かった。
まさか、私と聖剣士団の主力が中央を離れたときに、中央に魔獣の森が現れるとは。突然の魔獣災害。そのときに我ら聖剣士団が中央を離れ、遠い辺境にいたとは。
信徒と聖なる王家を守る筈の聖剣士が、肝心なときに中央にいないなど。
身体が動くようになって直ぐに、私は中央の様子を見に行くことにした。
私を慕う四人の聖剣士は私と共に。五人で身分を隠し、中央に派遣されるスピルードル王国のハンターの一団に紛れ込む。手筈を整え、装備に旅費も用立ててくれたウィラーイン家には、もはや返せぬほどの借りがある。
急ぎ中央へと戻れば、総聖堂もまた魔獣災害から混乱していた。前代未聞の事態に対応は後手に回っていた。
聖獣の御言葉に従いさっさと遷都していたなら、少しはましであっただろう。遷都反対派は遷都賛成派に詰め寄られ、総聖堂内での派閥の力関係も変わっていた。
そのようなくだらぬ言い合いなどしている時では無いだろうに。
聖剣士団は団長の私がいくなったことでも妙なことになっていた。
遷都に合わせ総聖堂移転の為に移動する神官を護衛する者。新たに現れた魔獣の森から民を守ろうとする者。また魔獣の森が現れるかもしれない、と警戒する国に防衛に派遣されるなど。
「これまで団長に頼っていたところから、バラバラにほつれていっているようです」
「いや、これも私が聖剣士団を正しく使えなかったツケなのだろう」
それでも中央の異変から民を救わねばならない。
聖剣士団の中から私についてきてくれそうな者に、秘密裏に連絡を取る。今は教会のことよりも中央の混乱を収めることが急務。
私を聖剣士団の団長と慕ってくれた者と、事態の収拾にあたることにする。
今の私たちはスピルードル王国のハンターの一員、ということになっている。魔蟲新森を調査する部隊の中でハンターの振りをしている。
新たな魔獣の森は虫型の魔獣の多さから魔蟲新森と呼ばれ、その森が見えるところで野営とする。
しかし、見張りを立てつつもこんな魔獣の森の近くで野営をするスピルードル王国のハンターとは、度胸が座っている。魔獣の生態を知る熟練のハンターだからこそか。それとも魔獣との戦いに慣れたふてぶてしさだろうか。
昼間には森の浅いところを周り、足跡や糞、様々な痕跡からどれ程の危険度の魔獣がいるかを探る。
私たちは後衛、というか実質が荷物持ちだ。魔獣戦闘の経験は中央出身の私たちには皆無といっても言い。
それでも身を守ることはできる。首切りカマキリとの遭遇戦でもハンターの邪魔にはならなかっただろう。
そして間近で魔獣戦闘のやり方を見せてもらう。熟練のハンターの側で魔獣に対処する術を学ばせてもらう。
中央に住む者は魔獣慣れしていない。これまで中央に魔獣が現れたことはほとんど無いのだから。
これからの中央では魔獣と戦えるハンターの育成が急務だ。
『虫型の魔獣は厄介だの。恐怖心が獣と違う。獄門蜂は巣を守るために捨て身で向かって来る。また、痛みに鈍いのが多い。脚の一本切り落としても構わずに向かってきたりする。動きを止めたからと油断は禁物だの』
ハラード伯爵の忠告を思い出す。辺境にて魔獣との戦いに慣れた双剣の剣士の助言。
中央に現れた魔獣の対処に、スピルードル王国とジャスパル王国からハンターが派遣されている。今は彼らに頼るしか無い。
だがいつまでも彼らの力をあてにはできない。スピルードル王国もジャスパル王国も、魔獣深森を相手にせねばならぬ土地。
中央は中央でなんとかしなければならん。
野営地で夕食も終わり夜となるが、昼間の首切りカマキリとの戦闘を思い出してか寝つけない。兜をかぶりなおしテントを出る。
見張りに立つハンターが、おや? と私に声をかける。
「クシュさん、どうした?」
「少し、夜風に当たろうかと」
「剣の素振りか? ま、あんまりここから離れないことだ」
片手を上げてテントから離れる。見張りと言いながら焚き火の側で軽く手合わせなどするハンター達。見張りをしながら槍の素振りをする者もいる。スピルードル王国のハンターとは並みでは無い。魔獣深森より中央を守る盾の国の精鋭。長く魔獣との戦いの歴史を重ねた者達。
聖剣士団は人を相手に戦うことには慣れているが、魔獣相手は勝手が違う。猟師のような知恵と技術、魔獣研究者のような知識、これから我らが知らねばならぬことはいくつもある。
あの魔蟲新森から人々を守るために。
白い月の下、魔蟲新森は異常な速度で生えたという木が影絵のようになり、風にざわめいている。不気味な鳥か虫かわからぬ声が遠くから聞こえて来る。
人を襲う魔獣が潜む森は、暗い夜の闇の中で一層不気味に見える。
中央の突然の魔獣災害。これを予告していたであろう聖獣一角獣の御言葉。それを歪めようとした総聖堂内部の一派。踊らされて肝心なときに中央を離れた我ら聖剣士団。
人とはなんなのか。信仰とはなんなのか。光の神々の教えとは。
右手を胸に手を当てる。すっかりクセになってしまった。目をつぶり手を当てる胸の内に意識を向ければ、胸の奥に微かな熱を感じる。そこにあるのは蜘蛛の姫の身体の一部。
ゼラ様の大蜘蛛の黒い体毛。
私を死の淵より救った、まさに聖獣の奇跡。
私が生き長らえた、その意味は。
風が吹き夜の魔蟲新森が揺れる。ふと見れば、影になる木々の合間に銀色の何かが見える。
夜行性の魔獣か? これまで森から出てくる魔獣はいなかったが、こちらに来るようなら他のハンター達に知らせなければ。
警戒して森を見る。月の光を受ける銀色が、少しずつ大きくなる。腰の剣の柄に手をかける。急いで野営地に戻るか、先に確認すべきか。
大きな気配が近づく。だが、不思議と恐怖は感じない? 奇妙な存在感が近づいて来る。この不思議な気配には、憶えがある。
あまりにも格が違うもの。こちらを警戒する必要の無い程の大いなる者。我らを路傍の石の如く見るもの。この気配は。
あのウィラーイン伯爵家の館で、蜘蛛の姫ゼラの姉という、二人の半人半獣に感じたもの、に似ている。人を超越せし生きた災厄が持つ、圧倒的な存在感。
魔蟲新森にあのような者がいるというのか?
ゆっくり近づく銀色は四つ足の獣のシルエット。明らかに私を目指して来ている。慌てることなく悠然と。まるで世界に立つ王の如く私を見下ろすその巨体。
額には赤い剣のような一本の角。
瞬きするごとに色を変える虹色の瞳。
月の光を反射する銀の毛並みの巨狼。
それは、光の神々教会の聖典に絵姿としてある。
「……聖獣、一角獣」
なぜ、こんなところに?
不思議な声が頭の中に響く。
『ほう、妙な匂いがすると来てみれば、胸の奥に黒の星の欠片を宿す剣士か』
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
ありがとうございます。
(* ̄∇ ̄)ノ あ、聖獣一角獣、初登場?
( ̄▽ ̄;) そして剣士クシュ、いや偽名はもうちょっとこう、分かりにくくした方が。
(* ̄∇ ̄)ノ 後半に続きます。




