だいじょうぶ
(* ̄∇ ̄)ノ スピンアウトで、ゼラがよく、だいじょうぶ、と口にするようになったのは?
時期はゼラが双子の子を産んでからしばらくののち。
大きなベビーベッドの中で三人の赤ちゃんはスヤスヤと眠っている。守られていることを知っているのか知らないのか、穏やかに健やかに。
一人の男の子と二人の女の子は、くっつくようにして静かに寝息を立てている。
「よく眠っているわ」
ベビーベッドを覗き込むのは二人の女。
ゼラとルミリア。
三人の孫を見るルミリアは、眠る孫達を起こさないように静かな声で満足そうに言う。
「ベビーベッドはこれでいいみたいね」
「ウン」
ゼラも小さな声で応えて身を屈めて、ルミリアと並んで三人の子供たちを見る。
ゼラがその身体の中を作り変えて産まれた双子、カラァとジプソフィ。
ウィラーイン家で初めて産まれた幼児のアルケニー。下半身が蜘蛛体の赤ちゃんということで新領主館の中ではちょっとした混迷があった。
揺りかごにおむつ。赤ちゃんに必要なものでカラァとジプソフィに合うものが無い。人間用のものは二人には使えない。
アルケニーの幼児の為のものなどローグシーの街には無い。この街どころか世界中どこを探しても無いだろう。
これにウィラーインの博物学者と呼ばれるルミリア、そして魔獣研究者にしてゼラの親友とも自認するルブセィラ女史、二人の研究者魂に火がついた。
二人は次々に歴史上初となる人と魔獣の子、カラァとジプソフィの為に必要なものを開発した。おむつに蜘蛛の脚の爪が引っ掻かないようにする為の靴下と様々なものを。
また、新領主館の家具を作るにあたり、ローグシーの街で腕の立つ職人に無茶な依頼をしたことがある。
ゼラが使うための大型ベッドを注文したときも、
『蜘蛛の姫様が使う為の特注で、大きくて壊れず、とにかく頑丈で、それでいて伯爵家に置くに相応しいものを。ゼラ様は下半身が大きな黒い蜘蛛で七本脚。そのゼラ様のためのベッド。また、カダール様からは、そのベッドに覗き防止になるようなものをつけて欲しい、と。エクアド様からは、覗き防止になっても中の様子が窺えて、いざとなればすぐに救出できるように、と。……こんなの、どうすりゃいいんだ?』
難題に頭を抱える職人にルミリアとルブセィラ女史が設計から口を出した。二人が設計図を描いたものもある。
人が使うものとは大きさや形がいろいろと違う、ゼラ専用のベッドに机などの特注家具はこうして作られた。
これに鍛えられた職人達は、
『伯爵家からの依頼は、これまでに無い特別なものじゃないといけない』
『ゼラ様が使うものを作るには、常識を越えた想像力が必要だ』
と、これまでと違う方向へと職人魂を燃やすようになった。中にはおもしろみの無いものではやる気が半減する、という困った者も現れた。
「おかげで私の設計したベビーベッドがこんなに早くできるなんて、ゼラのおかげでローグシーの職人が鍛えられたわ」
「ゼラのおかげなの?」
「ええ、そうよ」
母と娘は祖母と母となり、眠る三人の孫を優しく見つめる。
「こんなに可愛い孫が三人も、おばあちゃんもなってみるといいものね」
「ウン……」
ニコニコと微笑むルミリア。しかし子供達を見るゼラはその眉が少し下がっている。ルミリアは、あら? と。
「ゼラ? 何か困ったことでも?」
「ンー、ハハウエ、これ、困ったことになるの?」
ゼラは赤紫の瞳を揺らめかせ、悩みながら考えながら言葉を紡ぐ。
「ゼラはカダールのこと大好き。前はカダールのことだけでいっぱいで、カダールだけが好きだったの」
「そうね」
「だけど、カダールのチチウエとハハウエが、カダールを優しくてカッコイイ人に育ててくれたってわかって、ゼラのこと大切にしてくれるチチウエとハハウエのこと、ゼラは大好きになって」
「ゼラがいなければカダールはどうなっていたかしら? カダールを何度も助けてくれて、私の最高傑作を好きになってくれたゼラだもの。私もゼラが大好きよ」
「嬉しい、ハハウエ」
「それで、どうしてゼラが困るの?」
「ウン……、カダールが一番好きだけど、ゼラに好きな人がカダールの他にもいっぱいいっぱい増えて、ハハウエ、チチウエ、エクアド、ルブセ、フェディ、シグルビー。ゼラに優しくしてくれる人をゼラも好きになって、ドンドン増えていって。そして、カラァとジプが産まれて」
「そうね、この館の者だけで無く、ローグシーの街はゼラのことが好きな人ばっかりよ」
ゼラをモデルにした絵本やミュージカルを作って広めた伯爵婦人はシレッと言う。
ゼラが行ったメイモント軍撃退戦、灰龍討伐、各地への支援活動と治療行為がゼラの人気を高めた。
しかし、ゼラを蜘蛛の姫とするイメージ戦略を仕掛けて広めたのはこのルミリアである。
「カダール以外にも好きな人がいっぱいできたことに、ゼラは困ってるの?」
「ウン、恋人と家族と友人の好きは違うのはわかったけれど。だけど、好きな人がこんなにいっぱい増えると……」
ゼラは手をそっと伸ばす。眠る赤ちゃんの手を起こさないようにそっと触れる。
「……ゼラひとりで、守りきれない。ハウルルみたいに、なるかもって考えたら、ちょっと怖くなって」
「ゼラはそんなことで悩んでいたの?」
ルミリアは微笑みながらゼラの頭を優しく撫でる。
(カダールのことしか見えて無かったゼラが、もうすっかり家族に、ウィラーイン家になっていたのね)
ルミリアはゼラに礼儀作法を教えていたときを思い出す。カダールと結婚したい、と、ゼラは使ったことの無いカトラリーに触れ、お茶の淹れ方を憶え、人前では服を着るようになった。
ゼラはカダールの真似をしてルミリアをハハウエと呼び、ルミリアはゼラを娘のように可愛がり、人のことをいろいろと教えてきた。
そして人のことを理解したゼラは、かつては考えもしなかったことを悩むようになった。
ゼラは母となったルミリアに顔を向ける。
「ハハウエ、ハハウエとチチウエはこんな思いをいっぱいしてきたって、カダールが言ってたけれど」
「そうね。ウィラーインの民は強者が揃う、なんて言われているけれど。魔獣深森に近いウィラーイン領では、度々魔獣の被害があるわ。ハラードが無双伯爵と呼ばれて、私も炎を操る赤炎の貴人なんて呼ばれても、守りきれないことばかりよ」
ルミリアは遠くを見るようにして思い出す。
生きた災厄、灰龍が鉱山に現れたときは灰龍を退治することはできず、近隣の住人の避難を進めるだけで精一杯だった。
ルミリアの研究で質を高めることができたプラシュ銀。ウィラーイン領の財源とも言えるプラシュ銀鉱山に灰龍が住み着いたとき、ルミリアは夫のハラードと共に悔しい思いをした。
なぜ生きた災害、龍を越えた災厄が突然に現れたのか。どうしてこのような不運が訪れるのか。
その灰龍を倒したゼラ。ウィラーイン伯爵領の救い主にして、人知を越える力の持ち主。
灰龍すら殺して食らうゼラが、気弱な泣きそうな顔をしている。
ルミリアは手を伸ばし、安心させるようにゼラを胸に抱く。
「ゼラ、ときに人にはどうにもならないことがある。人だけじゃないわね。この地に生きる生命には、時間と存在はどうにもならない。災害や死、逃れられないこともある。だからと言って諦めてられないわ」
「ハハウエ、どうすればいいの?」
「ゼラ、あなたも親になったのだから、笑いなさい」
「わらうの?」
「ええ」
ルミリアは見本を見せるようにゼラに微笑む。ゼラに人の礼儀作法を教えるときはルミリアが手本を見せていたように。
「ときに悲しいことも辛いこともある世界。だけど楽しいことも幸せなこともあるのだから」
ルミリアが眠る三人の孫を見る。ゼラもつられて視線を移す。
「一人で立って、自分の力で生きられるようになるまで、私が守るから大丈夫だと、子供達に笑うのよ。不安に怯えず、健やかに育つように、と」
「それで、大丈夫じゃ無いときは?」
「何を言うの? ゼラ? ここはウィラーイン家。魔獣深森に最も近い領都ローグシー。大丈夫と言い切って、やれることはなんでもして、そして大丈夫にしてしまったのが私たち。大丈夫にしてしまったからこそ、今があるのよ」
「ハハウエ、カッコイイ」
「そしてそんな私とハラードを見て育ったのが、カダール。ゼラもカラァとジプソフィのママとなったのだから、子供達に母親の意地と笑顔を見せてあげなさい。それがカッコイイことなら、カラァもジプソフィも誰かを守れるカッコイイ女になろうとしてくれるわ」
「ハハウエ、どうすればいいの?」
「笑って言うのよ。ママが守るから、何があっても大丈夫、と」
そして大丈夫にしてしまうのよ。ルミリアが言い切ると、ゼラの顔から不安が遠ざかる。
ゼラは眠る子供たちに顔を近づける。
「ウン、ママがいるから、みんながいるから、大丈夫」
ゼラがそう言い微笑むと、カラァとジプソフィは寝ながら返事をするように、母の手の指を握る小さな手に、きゅ、と力を込めた。
設定考案
K John・Smith様
加瀬優妃様
m(_ _)m ありがとうございます