赤髭のおじさま
ウィラーイン伯爵夫人、博物学者ルミリアの弟、ローグシーの街に参上です。
「ここがローグシーの街か、活気がある」
赤毛に赤い髭の男が颯爽と街を歩く。ローグシーの街の様子を眺めながら小さく呟く。
「貴族の肖像画は描き飽きた。一度、己の芸術を見直さなければならんな……」
真の美とは内より生じるもの。それを形にして残そうとしても、彫刻も絵画も、描けるのはその美の影。追えば追うほどにぼやけて輪郭が曖昧になる。ぼやけたイメージはどれだけ手を尽くしても、その形をこの世に表してはくれない。
小手先の造形美に心動かすものは無い。探り、足掻いて、見つめて、見えた形に己の命を注ぎ込むようにして、やっとふわりと浮かび上がるもの。これこそ美。これこそ芸術。
「姉上こそ地上に降りた美の体現者。そう、真の美とは心揺さぶり人を動かすもの。……なんで野蛮なウィラーイン伯爵と結婚しちゃったんだよう、姉上ェ……」
すっかり姉上成分が切れた。一度姉上に会って、姉上成分を補給しなければ、芸術を産み出すパワーが出て来ない。
街を見れば賑わい人々は明るい。これもこの地に姉上がいるからだろう。あぁ、姉上に会いたい。
フラリと街を見物しながら歩いていると、一際賑わうところがある。旅芸人が出し物でもしているのだろうか? 辺境でありながらこの街には演芸場もあり、芸術が親しまれているのも、姉上がこの地にいるからだろう。
「どうだい? 蜘蛛姫様、うちの新作の苺飴は」
「おいし! 甘いけど中はほんのり酸っぱい!」
「あたしのクッキーは?」
「わぁ、可愛い! これゼラ?」
「あー、皆、あまりゼラに甘いものばかり与えないでくれ」
「ン、喉が乾いたー」
「蜘蛛の姫様、ラーズベリーの一番絞りジュースよ」
「ありがとー」
赤髭の男が目にするのは、異形の少女。黒い長い髪、赤紫の瞳。その下半身は黒い大蜘蛛の褐色の少女。
「なんだとおっ!?」
半人半獣の少女が街の住民に囲まれ、美味しそうにお菓子を食べている。街の住民は驚いた様子も無く、子供は蜘蛛の脚にしがみついたりと怖がりもせずに褐色の少女に触れている。
「……あれが噂の蜘蛛の姫か……」
なんという姿だ。魔獣の狂暴さと人の叡知の混合、大蜘蛛の恐怖と少女の慈愛の渾然一体。
恐ろしさはあってもそれだけでは無い。可愛らしさはあってもそれだけでは無い。
自然とは優しさと厳しさ、硬さと柔らかさ、どちらか片方だけでは無く両方あってこそのもの。闇の恐怖も光の神聖さも、人の触れ得ざるものとしてあるからこそ、そこに心を惹かれてしまう。心を揺さぶるものがある。
その両極端が、相反する二つが、ここに、同時に同じ所に存在する。なんという混沌の美学!
人の心の二面性に、命が醸す二つの方向性が、ひとつの形となって存在し、世界に在る。穏やかに存在し、微笑み、美味しそうにお菓子を食べている!
昼と夜が混ざり合いながらもそれぞれに確固として在る。まるで世界そのものを具現化したような。
異形でありながらも自然とそこに在る。街の住民に囲まれ、隣の赤毛の男を見る目には、確かな慈愛の輝き。
「まさか、姉上の如く己の心揺さぶるものが、この世に在るとは……!」
光の女神像を造ることに名を馳せた芸術家。教会より聖堂に飾る像の製作を依頼され、貴族の女性の肖像画では引っ張りだこ。
柔らかなタッチで包容力を感じる女神を描く天才とも呼ばれ、男を描くのは苦手という変わり者。
この芸術家はある時を境に、これまで苦手だったという荒々しい戦神の絵も描くようになった。生き生きとした魔獣と戦う英雄の絵なども手を出すようになり、活動の幅を広げていく。
後に、聖堂に飾られるとある聖獣の絵の作者として後世に名を残すことになる。
「叔父上、お久しぶりです。迎えに参りました」
「久しぶりだね、カダール君。姉上は元気かい?」
天才と呼ばれる芸術家にして気まぐれな男。彼に仕事を頼むには彼の姉であるウィラーイン伯爵婦人に頼むと良いらしい。
本人に頼むと気が乗らないと引き受けてくれないが、この赤髭の芸術家は姉の頼みを断ったことが無い。
設定考案K John・Smith様
ありがとうございます。