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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
4章 文学少女の二冊目の本
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82話 水族館デート

「ねえー、詠ちゃんすごいわ!」


 たまにはどこかに行こうということで、今日、水族館デートをすることになった。

 濃紺色のフレアスカートと長いポニーテールを揺らして、トンネル水槽の中に飛び込む。アクリルガラスに手のひらをぴったりつけて、興味津々に魚を眺めた。

 砂の上を這うようにゆったりと泳いでいるネコザメ。胸びれを羽ばたかせて進むマンタ。


「詠ちゃんもちゃんと見てるー?」

「見てるよー」


 正直、魚より鏡子の方に目が行く……。

 だってそんな可愛い姿……見惚れるよ。

 トンネル水槽を抜け、奥へ進む。休日ということもあり、家族連れや友達同士、カップルがあちらこちらの水槽を覗き込んでいた。

 


 薄暗い通路を抜けると、水槽の青いバックスクリーンが視界に入った。クラゲコーナーだ。

 壁一面に広がるクラゲの大きな水槽を目の前に、鏡子は私に問いかける。

 

「クラゲなんでプカプカ浮いたり、たまにちょっと泳いでいると思う?」

「わからない」


 クラゲは私達の会話も知らず、無数のクラゲたちが流れに漂う。

 

「クラゲは基本的に海の流れに身を任せて漂っているだけなんだけど、体液を循環させるために傘を動かして泳ぐのよ。人間もたまには体動かさないとむくんだりしちゃうでしょ」

「鏡子は何でも知ってるね」

「本に書いてあったことよ、わたしはそれを覚えてただけ」

「それでもすごいよ」


 素直に褒めると、鏡子は恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 少し離れたところにカップルがクラゲを見ていたり、クラゲの水槽をちらりと見て次のところへ移っていく親子連れ、絶えず誰かしら人が通っている。

 周りから見たら私達はどう見えるのだろう。水族館に来ている仲の良い友達同士に見えるのだろうか。 

 鏡子の手を掴み、指をくっつけてから横にずらして絡める。

 鏡子はクラゲを見つめたまま、頬をほころばせた。

 クラゲを見つめたまま、指で会話をする。手の甲を指で擦ったり、力を込めて握ってみたり、指先をくっつけて感触を確かめたり。

 それから今度は声で、鏡子を呼びかけた。


「ねえ、鏡子」

「んー?」


 と鏡子が返事をしながら不思議そうな顔でこちらを向く。

 その瞬間、私は鏡子の唇に自分の唇を押し付けた。

 それからすぐ、唇を離して、ぶっきらぼうに「つぎのところ、見よ」と鏡子に背中を向けた。

 私達は友達同士に見えるのだろうか。

 キスしたあとの鏡子の顔は見ていない。でもきっと、嫌な顔はしていないだろう。

 繋いだ手を離さないように、鏡子を引っ張って前に進む。

 クラゲを抜けた先は、世界各国の海に住む魚たちが展示されているコーナーだった。

 米粒サイズの魚を眺めている時、放送が入った。


「午後一時半より、イルカショーが始まります。イルカショーは二階屋外スタジアムにて行います」


 イルカショーという言葉を聞いた鏡子が勢いよく顔を上げ、私の袖を掴む。何をいいたいかなんて一目瞭然。


「わかってるよ。見ようね」


 無邪気な子供のように嬉しそうに目を輝かせ、大きく首を縦に振った。普段、本を読み漁り、うんちくを垂れ流し、私に甘え、文芸部の部長をして、クラスでも落ち着いた優等生キャラの鏡子にも、こういうところあるんだ。

 なんてかわいらしい。

 胸がくすぐったくなった。

 脳を模倣したようなサンゴを見て、鏡子は苦虫を噛み潰したような顔をする。コロコロと変化する表情は見ていて飽きない。

 嫌そうな顔をしたと思えば今度は、アマゾンに住む巨大な淡水魚――生きた化石――ピラルクを見て、目をまあるくする。

 表情のない魚を見ているより、感情豊かな大好きな人を見ている方が何倍も楽しい。鏡子に悟られないように、水槽を眺めながら、横目で鏡子を盗み見る。

 イルカの水槽の前、つまり、屋外スタジアムの下についた時、一頭のイルカが螺旋を描きながら目の前を横切った。水槽の横にある解説パネルを読む。

 この水族館にいるイルカは、バンドウイルカとカマイルカ、それからシロイルカらしい。

 

「そういえば、私が幼い時、家族で水族館に来た時、シロイルカを触ったんだけどね」

「シロイルカ触れる水族館なんてあるのね。それで?」

「シロイルカの頭を触ったのね。どんな感触だったと思う?」


 弧を描きながら泳いでいるイルカを目で追いながら鏡子に質問する。


「水中でも頭のところが波打っていたりするから硬いわけじゃないわよね。ぷよぷよ、というよりぷにょぷにょかしら」

「あたり。人間の頭はぷにょぷにょしてないから、初めてやわらかい頭を触ったときが衝撃的でね、今でも覚えてるんだよ」

「貴重な経験ね」

「そうだね、シロイルカと触れ合える水族館も少ないしね」



 イルカを見たあとのイルカショーは、ものすごく興奮した。さっきまで大きな水槽で優雅に泳いでいたイルカたちがトレーナーの指示で高いジャンプをしたり、トレーナーを背中に乗せて泳いだり。


「シロイルカのバブルリング、すごかったわね。幸せになれそう!」


 ショーを身終わったあとも鏡子のテンションは高く、無邪気な子どものように目を輝かせながら、喋る。

 シロイルカのバブルリングを見た人は、幸せになるとか、好きな人と両思いになるとか、そういう迷信がある。

 私は鏡子の手をしっかりと握り返して、独り言のように呟いた。


「鏡子がいてくれるだけで幸せだからなー、もっと幸せになれるのかな」


 言ってる途中からなんだか恥ずかしくなって、最後の方はごにょごにょと言葉が潰れてしまった。

 鏡子はただ一言、「そうね」と言い返す。三文字の言葉に、嬉しさや恥ずかしさが混じっていることは顔を見なくても理解した。



「鏡子、これ、お揃いの買わない?」

「どれー」


 お土産屋さんにはぬいぐるみやおかし、文房具、いろんな物が並べられている。

 そんな中でも私が手に取ったのはイルカのストラップ。日常的につけててもおかしくないものをチョイスしたつもりだ。ペアのお茶碗やお箸とかネックレスとかあったけど、そういうのは……まだ早い。欲しいけど。

 鏡子は嬉しそうに微笑んで、それにしましょと賛成してくれた。

 帰りの電車は二人とも眠ってしまっていた。最寄り駅に着いた頃には完全に夜で、寒さも深くなっていた。


 

 



 

久々の更新。

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