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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
4章 文学少女の二冊目の本
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81話 見つかった

 文化祭終了後、ひなちゃんから話を伺ったところ、午後の部も人は来なかったらしい。数人は来たようだが、文芸部に用というより、ひなちゃんと話に来た友達らしいし。

 文化祭が終わったあとの校舎はどこか寂しく、けれどいつも通りという感じだった。

 三年生の私達の教室には受験ムードが足元に立ち込めていた。進路のしの字も未だに思いついていない。小説家でずっと食べていけるかもわからないし、また書きたくないってなるかもしれないし。かといって、どこの大学や専門学校に行くかも考えてなかった。

 本来なら部活引退の時期でもあるが、せっかく入ってくれた一年生を最後まで見届けたいと思い私も鏡子も退部はせずにいる。放課後になれば、部室へ足を運ぶ。

 冬の寒さも厳しさを増し、通学時にマフラーが手放せなくなった。

 


 そんな朝のこと、ポストからはみ出ているものを見つけ、引き抜くと一枚の写真だった。


「なに、これ……」


 指先の感覚がなくなり、心臓がうるさく叩く。追いつけないほどの言葉が頭の中を埋め尽くす。寒いはずなのに、汗がにじみ出るし、視界もぐるぐる回る。

 ああどうしよう。お母さんに相談……いやでも今はもう時間無いし。

 正しい選択ができず、棒立ちのまま、内心焦っていると、穏やかな声が聞こえた。


「橘先輩、おはようございます」


 普段の私の顔を引きつりそうな顔に貼り付けて、写真を後ろに隠す。


「あ。おはよう。早いね」

「今日はたまたま早起きできたので」

「へえ、そうなんだ……」

「どうしたんですか、顔色悪いですよ。寝不足ですか?」

「うん、ちょっとね」


 顔色の悪さを指摘され、短く返事を返して、マフラーに顔を埋めた。後ろにまわした写真を持つ手を反対の手に渡して、ポケットに押し込む。

 近江くんから少し距離を取って、気を張りながらなんとか通学を終えた。教室につく頃にはもうクタクタだった。

 教室に着いた途端、鏡子の胸に倒れ込み、癒しを得た。教室に二人きりだから。


「詠ちゃん、明人くんといる時はいつも表情がかたいわね」

「ちょっとね、緊張しちゃう」

「男の人苦手だったっけ?」

「うーん、そういうわけじゃないんだけど、近江くんだけはちょっと苦手かな」


 あの写真のことは言えなかった。

 


 家に帰ってからゆっくりとその写真を見返すと、朝、下駄箱で靴を脱いでいるシーンだった。

 誰かに撮ってと頼んだ覚えはない。だったら、盗撮。

 何の目的で?

 相手の意図がさっぱりわからぬままその日を終えた。


それから毎日ポストには一枚の写真が投函されるようになった。

他愛もない日常の一部。学校生活での私。

熱狂的な私の隠れファン? なんて、まさかね。


 ある朝、ポストを覗くとまた一枚新しく入っていた。

 近江くんを怖いと思った翌日の朝、鏡子が私の家の前まで来てくれて、「詠ちゃんの味方だから」と私を抱き寄せ、鏡子と唇を重ねた写真だった。

 誰が撮ったのこれ。

 あの朝、誰もあたりにはいなかったのに……。

 

「詠ちゃん、何してるの?」


 澄んだ声が耳に入ってきて、わっと声を上げそうになった。慌てて、写真を体の後ろに隠す。


「ううん、なんでもないよ。ぼーっとしてただけ」

「そうなのね、まあいいわ。それより、詠ちゃん」

「ん?」


 私の瞳をじっと見つめ、意味ありげに微笑む。


「ぎゅってしていい?」


 ハグするぐらいなら……いいよね、そのくらいなら。


「いいよ」


 返事をすると、鏡子は朗らかな笑みを浮かべて、両手を広げ、私を包み込んだ。鏡子の薄い肩に鼻の先が当たる。

 あたたかくて、いい匂いがして……とろけそう。

 私は油断してしまった。


「あっ!」


 声を上げた時には既に遅く。摘んでいた写真が指からすり抜け、鏡子は私を抱きしめたまま写真を凝視しているようだった。


「へぇー、詠ちゃんこんなの見てたのねー」


 もう片方の手でしっかりと肩をだかれているため、身動きが取れない。


「いや、あのこれは」

「盗撮よねーこれ。誰がしたのかしらね」


 鏡子の声に静かな怒りが混じっていた。普段些細なことでしか怒らない鏡子が、頬もふくらさず、怒りをはっきりとあらわさないなんて。

 ようやく鏡子から離れると、鏡子はつまらなそうにまだ写真を眺めていた。隅から隅までくまなく目に焼きつけるように。

 鏡子を本気で怒らせたらもっと怖いのかもしれない、かもしれないじゃない、絶対怖い……。

 鏡子は片手で私と手をつないだまま、前へ歩き始めた。

いつもはさざ波のようにゆるやかに、可憐に揺れているのに、こころなしか今日の三つ編みは乱暴に揺れているようにみえる。


「ねえ、詠ちゃん」

「な、なに」

「今まで投函された写真全部見せてちょうだい」


 初めて投函された日から今日までの写真を、鏡子に手渡した。一枚一枚、目に焼き付けていくようだ。

 写真を見ている時、表情は何一つ変わらず、眉がピクリとも動かない。寒さを忘れてしまうような、真剣で、綺麗な横顔。

 吐き出された白い息がふわっと淡い色の空に消えていく。

 通学、通勤してくる人が徐々に増え、後方から人の声が耳を掠る。


「はい、ありがと。これらは、全部わたしが責任を持って、預かっておくわね」

「え?」


 鏡子は任せなさい、というようにほとんどない胸を張る。ほとんどないものを張ったところでなだらかな丘でしかない。

 

「わたしが、その写真を預かっておくの。詠ちゃんがなくしてしまわないように」


 私の返事も聞かず、その写真を鞄にしまった。

 まあ……鏡子がなくさないならいいか。

 

 

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