79話 文化祭
校門には『灯ノ丘高等学校文化祭』とアーチが掲げられ、晴天の中、幕を開ける。
開会式は体育館で開かれた。生徒全員分と保護者席のパイプ椅子がずらりと並べられ、クラス別に座っていった。二階の手すりに横断幕が垂れ下がって、舞台の上には司会進行役の生徒副会長がマイクを持って立っていた。
「ただいまより、灯ノ丘高等学校文化祭の開会式を執り行います。司会進行はわたくし――」
校長の長めの挨拶が終わる頃には集中力が切れていた。そこから吹奏楽部の演奏や、演劇部の劇、先生たちのバンドなどなどの出し物は一瞬だった。校長の話には飽きていたが、演奏や劇は別物だ。演奏は、言葉じゃない音の重ねが私達の心を癒やし、ときに奮い立たせ、涙を誘うこともある。劇は、小説と似て、言葉と感情を声に乗せて演じる姿を見るのが私は好きだ。先生のバンドは、なんか面白いから見てて楽しい。
開会式が無事終わり、各自自由行動。もしくは屋台の担当へと移った。私と鏡子はクラスの出し物より部活の方を優先し、そっちへ向かった。
「お客さん、来てくれるかな」
「場所が場所だから気づいてくれるかどうかも……」
生徒の声に紛れそうになる鏡子の声を聞き漏らさないように必死に耳を傾ける。
「ううぅ……きっとだれか来てくれるわよ! 張り紙もちゃんとしたんだし、そう信じましょ」
張り紙を見たからと言って、興味を示さないと誰も来てくれないんじゃ……。喉まででかかかった言葉を飲み込んだ。張り切っているようだし、これ以上水を差すのもやめておこう。
「そうだね、誰か来るよね」
文化祭が始まって一時間、お昼休憩まで二時間。
廊下に響く軽快な足音、クスクスと目を合わせて笑い合う女子生徒。ソファに腰かけ、ミステリー小説を読み漁る一年生の男子生徒。「あと一年早かったら文芸部に入ったのに」と声を漏らす女子生徒。
今年はちゃんとお客さんが来てくれた。生徒だけでなく、保護者の方も数人来てくれた。なんていい日だ。
……なんて、あるはずもなく。
足音一つしないし、笑い声もない、ソファにいるのは部長の鏡子。保護者も誰一人いない。
寂しい部室。
鏡子は誰も来ないことに不貞腐れていて、体操座りをして膝をじっと見つめていた。三つ編みがソファからこぼれて、床についてしまいそうだ。
階段の下から賑やかそうな声が聞こえてくるのに、開いたドアから入ってくるのは冷えた空気だけ。
「……うし……」
「ん?」
しょげてる鏡子が何か言葉を発した。
うし? 牛?
何を言っているのかわからず聞き返そうとした時、鏡子が突然噴火した。
「どうして誰も来ないのよ! こんな素敵な本を読めるのに! ねえ、詠ちゃんもそう思わない?」
「え、あ……」
呆気に取られる私を見た鏡子は、ソファから降りてふんっとそっぽを向いてそのままどこかに行ってしまった。怒る三つ編みが乱暴に左右に揺れていた。
「一人になっちゃった……連れ戻した方が……いや、もし私がいなくなったときに生徒が来たら困る。鏡子の行方は気になるけど……そのうち帰ってくるでしょう……」
心にモヤモヤとしたものが残る。いやーやっぱり探しに行きたい。
私は鏡子と共通の知り合いと文化祭に来ているであろう紫さんとお母さんに、鏡子を見たら連絡を欲しいと伝えた。
すると早速、遠藤さんからLINEが飛んできた。
『きょうちゃん、体育館のところの自販機の前で見た』
『ほんとに!ありがと』
私はドアを閉め、『閉店中』の紙を貼り付けて、体育館へ向かった。階段をかけおり、人を掻き分け、急いで向かう。
息を切らして体育館の自販機のところに着いた時には既に鏡子はおらず。その代わりに川内くんとイチャついてる遠藤さんを見つけた。
声をかけるのはやめておこう、二人の邪魔をしちゃ悪い。念の為、体育館の中をぐるりと一周してみたけど、見つからず。
今度はひなちゃんからLINEが来た。
『鏡子先輩、今わたしのクラスの屋台に並んでます! あと数名で、鏡子先輩の注文になります。
場所は一年一組ではなく、隣の空き教室です』
なんて分かりやすい内容。体育館から一年生の教室まではそう遠くはない。それに、待ってる状態ならきっと間に合う。スマホをポケットにしまい、人の波に逆らいつつ、歩みを進めた。
一年一組のプレートが見え、やっと鏡子を捕まえられると安堵したとき、人混みに紛れて、三つ編みが微かに見えた。私と反対の方に歩いていく。
「えっ、あ、ちょ……」
その場に立ちすくみそうになるも、とりあえず、ひなちゃんのところに行き、話を聞くことにした。
ひなちゃんは教室の隅で、チーズハットグを頬張っていた。私を見ると、口をハムスターみたいにパンパンに膨らませたまま、大きく手を振る。
「んんん~んーん!」
チーズハットグを飲み込むと、机においていた水を飲み干した。
「ひなちゃん、鏡子は何かっていったの」
「チーズハットグ二本買ってましたね、わたしには気づいてなかったみたいです。ところでなにかあったんですか?」
「実は、お客さんが一人も来なくてさ……それですねたみたいで」
「正直、あの場所ってなかなか人こないですもんね……。わたし、入部届届けに部室に行ったときのことなんですけど、『こんなところ、新入生にはわかりにくいよ……』って内心思ってましたもん」
ひなちゃんは眉を下げてへらっと笑った。
「午後からはわたしと明人くんの番ですけど、正直心配です。午前で誰も来ないなら午後からも誰も来ない可能性もありますから。でも、誰か来てくれたらいいなーぐらいの気持ちで構えておきます」
「鏡子もそのくらいのふわっとした気持ちでいてほしかったよ……」
軽い会話を交わして、ふとスマホを見ると、また連絡が新たに入っていた。
今度は……紫さんからだ。
『鏡子はわたしたちのところにいるわ。そのまま一緒にお昼にしましょ』
「ひなちゃん、ありがと。鏡子の捕獲情報が入ったから、迎えに行ってくる。またお昼が終わる頃に部室に戻るよ」
「はーい! またあとでー」
教室を後にし、そのまま私は紫さんに電話をした。
「あ、詠です。いまどこにいますか」
『詠さん、今体育館の前よ』
「鏡子はなにか食べ物を手に持ってます?」
会話をしている間にも、人にぶつからないように注意を払う。
カレーや焼きそば、焼鳥の匂いが廊下でぶつかり、空いた窓の外へ逃げた。
『揚げ物みたいなものを両手に持ってるわよ。それ以外は何も』
「そうですか、わかりました。もうすぐそっちにつきます」
人の流れが減ってきて、小走りになった。廊下の角をまがり、下駄箱で靴を履き替えて中庭に移動する。ベンチに座り屋台で買ったホットドックを頬張るカップルを横目に体育館へと急ぐ。
体育館の隅で見つけた三人の姿。
長い三つ編みが弧を描いて、スカートが揺れた。
「あ、詠ちゃん!」
むすっとした表情はどこへやら。そこには百合の花のように可憐に咲く笑顔があった。




