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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
4章 文学少女の二冊目の本
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78話 恐怖と癒やし

「みてー!」


 出来たてホヤホヤの冊子を持って鏡子が部室に飛び込んできた。

 文化祭前日、ようやく完成したのだ。

 それまでの間に部室の家具や大量の書物を数日かけてすべて一度運び出し、ほうきや雑巾、新聞紙等を使い、部室をきれいにしていく。夏休みのとき一度大掃除をしていたからそこまで埃は溜まってなかった。

 ピカピカになった部室は、いつ来客があっても大丈夫だ。

 冊子を見たとき、『しおりのゆくえ』を手にとったときのような感覚を覚えた。でも、その時より素直に喜べる。ちゃんと喜べる余裕がある。

 私と、ひなちゃんと、近江くんの作品が詰まった大事なもの。

 

「橘先輩、嬉しそうですね。いつもより顔が綻んでます」

「そりゃね。こういうの初めてだし」

「わたしも、すっごく嬉しいですー! はぁ、家宝にしてしまいたいぐらい……」

「家宝だなんて。皆が真剣に書いてくれたおかげよ、ありがとう」


 作品に目を全員通してから、本の整理に移った。どういう順に並べるか散々迷った結果、第一にジャンル、その次にあいうえお順で作者、第三に本の高さとなった。

 こういう並べ替え、教科書でも迷う。教科に分けた後、厚みで並べていくのか高さをあわせて並べていくのか、こっちのほうがいいあっちのほうがいいと迷いながら、結局最初に並べた順に落ち着くのだ。私はこれを毎年やっている。反省はしていない。

 

「『後撰和歌集』と『拾遺和歌集』、『古今和歌集』、『新古今和歌集』の順番ってわかりません!」


 ひなちゃんのヘルプサインに、鏡子が間髪入れずに答える。


「『古今和歌集』、『後撰和歌集』、『拾遺和歌集』、『新古今和歌集』よ」


 ○○和歌集シリーズの順番ってわからなくなるよね……。

 さすが鏡子、即答。

 鏡子の助けを借りながら、本の山を整理整頓していき、やっと終わったときには日が暮れていた。文化祭前日ということもあって、下校時刻は決められておらず、申請と教室の施錠さえすれば何時まででも残ってよかった。

 

「ふう、お疲れさま。明日に備えて帰ってもいいし、校舎内を見て回るのもアリだね。教室の施錠は鏡子に任せるからさ」

「わたしは、まだもう少しやることあるから申請出してくるわ」

「じゃあわたしはこれで失礼します。友達と校舎内を見て回ろうって約束してるので。お疲れさまでした」


 ひなちゃんは鞄を持つと、部室を飛び出し、パタパタと階段を駆け下りていった。鏡子も「お留守番よろしくね」と言い残して、ひなちゃんの後を追うように部室を出た。

 ああ、なんてことだ。近江くんと二人きりだよ。油断したら近江くんに捕食されそうで、気が抜けない。

 近江くんは本棚に目を向けたまま、私に話しかけた。


「橘先輩、どうしたんですか? 志賀先輩に冷たくしてたのに、いつの間にかまた戻ってましたよ、顔。やっぱり好きなんじゃないですか?」


 でた。こういう発言。近江くんは私のことホントは嫌いなんじゃないのかな。だからこうネチネチ言ってくるのでは……。

 感情を顔に出さないように平然を装いながら、淡々と言い返す。


「普通だよ、鏡子は友達。あー……訂正、仲のいい友達」

「いつまでそうやって僕に嘘つくつもりなんですかねぇ」

「いやいや、嘘じゃないよ」


 嘘だけど。恋人だし。

 なんで、近江くんは鏡子との関係性を聞いてくるのだろう。

 もっとフランクに、なんの食べ物が好きなの? ぐらいのノリで聞かれたら、そこまで警戒しないのに。

 

「じゃあ質問を変えます。橘先輩は女性が好きなんですか?」

「さあ、その人が好きなら性別なんて関係ないと思うけど」


 近江くんは立ち上がると私の目の前に立ちふさがった。

 何をされるのかと思わず身構える。拳を作り、一歩足を下げた。

 鏡子早く帰ってきて……。職員室から廊下を渡って、階段を登って、早く部室のドアを開けて。周りを明るくする笑顔で、三つ編みを揺らして、「ただいま」って言って……。


「なにか用?」

「いいえ、ただ近くで見たくなっただけです。僕目が悪いので。橘先輩ってほんっと可愛いですねぇ」


 徐々に前のめりになって、口角をにぃっとあげる近江くん。

 ネットリとした声が私の足から背中と這い上がってくる。唇がますます歪み、私の姿を瞳に刻み込むように目が細くなる。

 近江くんの考えがわからないし、すごくこわい……。気味が悪い。

 全身の毛が逆立ち、悪寒がして、肩が震えた。


「橘せんぱぁい」

「なんなのほんと……」

「たぁ、ちぃ、ばぁ、なぁ、よぉ、みぃ先輩」


 甘すぎる声が、言葉の形が、私の頬を撫でてくる。

 思わず近江くんを突き飛ばしそうになった瞬間、近江くんは体を戻し、ぎこちなく笑った。


「あはは、すみません。ほら、笑ってください」


 そう言うと、ズボンのポケットからデジカメを取り出して構えた。

 何が何やら、理解できず、言われたまま小さく笑う。あんなことの後にやわらかい笑みを無理やり浮かべる。

 パシャっと音がして、「はい、バッチリです。ありがとうございました。じゃあ僕帰りますね」とそのまま近江くんは鞄を持って帰っていった。

 それから入れ違いで鏡子が帰ってきて、安心感から急に疲れが襲ってきて、ソファに体を預けた。やわらかな感触が背中からお尻を包み、疲れがそこから出ていく。


「あー……がんばったー……」

 

 頑張った、二回頑張った……。

 力ない声が部室の壁に吸い取られる。

 鏡子はその場で天井に向けて腕を伸ばすと、深呼吸をした。


「今日は皆よく頑張ったわ。明日は本番ね。ちょっとドキドキする」

「そうだね。鏡子ちょっとこっちきて」


 鏡子を目の前に立たせて、私はそのままお腹に抱きついた。この匂い、柔らかい薄いお肉。癒やされる。

 

「あらあらどうしたの、詠ちゃん。そんなに疲れてたのね」


 思う存分癒やされた後、部室に荷物をおいたまま校舎を出た。

 誰もいない廊下や階段の踊り場で軽くキスを交わしたり、手をつないだり、人が見えたらサッと手を離したり。女の子同士手を繋ぐの変じゃないとおもうけど、まだ恥ずかしかった。

 普段は誰も残ってないはずの校舎なのに、今日は沢山の生徒が残っている。

 教室から漏れる明かりが並んで、まるで、どこかのネオン街。定番のお化け屋敷や、世界各国の料理を作るクラスもあるし、的あてとか、漫画を寄せ集めてつくった漫画喫茶的なものもある。

 夜の暖かさの欠片もない冷たい風が私達に体当りする。寒さに肩を震わせ、大きく息を吐くと白く濁った。

 もうそんな季節か。はやいなぁ……。

 

「きれいだねー」

「ほんとねー、去年はこんなの見れなかったもんね」


 また新しく思い出が増えた。

 鏡子の冷たい指先を広い、そのまま絡める。じんわりとお互いの体温が混ざりあって、指先にも体温が伝わった。

 鏡子といるときは、近江くんのことを考えないようにしよう。


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