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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
4章 文学少女の二冊目の本
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77話 文化祭の準備

 夏休みの終わりはほぼ部活で、私の中で『夏休み』なんてものはお盆あたりで終わっていたも同然だった。

 お母さんとのことや、文化祭に向けての作品作りがあってそれなりに忙しい日々を過ごしたと思う。

 ひなちゃんや明人くんが入部してから数ヶ月、日々の三題噺や読書のかいあってか、入部当初より文章を書くのがうまくなっていた。その中で、ひなちゃんは想像力が豊かでメルヘンチックな話を書くのが得意と言うことがわかり、明人くんは、冷静に物事を捉え、鋭い洞察力を持っているようで、評論やエッセイを書くようになっていた。

 夏の暑さも引いて、日中はかなり過ごしやすくなってきた。エアコンの出番も減り、台風が来るごとに気温は下がっていく。



 今日は授業変更があり、六時限目はホームルームになった。授業が終わるまであと五分、先生は教卓の上においていたプリントを手にした。


「今回の文化祭は保護者も参加可能になる。そこで、今からこのプリントを配布する。参加する保護者のためのものだ」


 そういいながら、先生は全員にプリントを配布し、詳しい説明を始めた。プリントの下の方に切り取り線がある。そこには、保護者名、生徒の名前が書かれていて、最大で三人までなら参加できるようだ。

 私は、お母さんを……でも、仕事の後だから体がしんどいかな……。一応話はしてみよう。


「当日になって、飛び入り参加はできないからそれも伝えるように。参加用紙は一週間後の十月二十三日にあつめるからな」


 去年まで保護者であろうと参加は許されなかったのに、なにがあったんだろう。保護者も参加させろって苦情が殺到したのだろうか……今の世の中モンスターペアレントとかそういうの多いらしいし……。

 保護者の参加ということは、食べ物とかを販売するクラスやPTAの人たちは大変だろうなあ。

 先生の話をなんとなく聞きながら、頭の中でぼんやりとそんな事を考える。スピーカーからチャイムの音が流れて、授業終了を告げた。

 起立礼着席の後、教科書を鞄にしまって肩にかけた。


「鏡子、部活行こ」

「詠ちゃんから誘ってくるなんて珍しい。そうね、いきましょう」


 文芸部の文化祭の出し物は、アンソロジーと去年同様本の貸し出しだけど、今回ははっきりとした目的がある。きちんと、文芸部の活動を知ってもらうということだ。そのため、部員が書いた作品を配布したりすることはないけど、こういうことをしているとわかってもらえたらと思っている。

 来年、もう私と鏡子はいない。それでも、新しい部員が入って、文芸部を存続してほしい。これは私の願いだ。

 部室につくと、もうふたりとも来ていて、パソコンにかじりついていた。パソコンは学校側に特別に支給されたもので、文化祭が終わったら返さなければならない約束になっていた。 

 

「感心感心っ! 締め切りまで数日だけど間に合いそう?」


 二人の必死な姿を見た鏡子は上機嫌で席についた。 

 私はもうとっくに書き終わっているため、二人が詰まったときに視野を広げたりこういう表現もあるよとアドバイスをする。物語の展開や作風には口出しをしないようにしている。そこに口を出してしまえば、彼女たちの作品ではなく、私の作品になってしまうからだ。

 アドバイスと言っても、悪いところしか言わない人だっている。そんなのはアドバイスではない。悪いところばかり並べるのは悪口でしか無い。悪いところを述べるだけでなく、こうしたら改善すると伝えてこそアドバイスだ。

 いい所があればそこをしっかり褒める、あまりにもおかしな表現があるならそこは流石に正すけども。

 

「よみせんぱーい……ここどう表現したらいいかわかりませーん……わたしの頭では限界です」

 

 頭から空気が抜けそうなひなちゃんが音を上げる。鞄をソファに置いて、ひなちゃんの後ろからパソコンの画面を覗き込んだ。

 なるほど、ここか。前に使った表現を繰り返し頻繁に使うのもあんまり良くないし……。この場合どういう言葉がピッタリ当てはまるだろう。

 かんたんに表現するなら、「泣き出した」になる。

 話の流れとしては、よく泣く子が主人公でいくつもの壁を乗り越えていって、友達が増えと笑顔になっていく。

 泣く描写が必然的に増えるのか……。

 行き詰まってるは、主人公がお母さんの大事なものを壊してしまい、パニックになって泣くところなのね。主人公が幼い子どもだから、私達と同じ目線では考えられないな。幼いときの私だったら、どうするだろう。お母さんに素直に謝る? 怒られるのが嫌で隠す? 他のせいにして嘘を付く? それとも、知らんぷり?

 主人公は、大好きなお母さんの大事なものを壊してしまったということは受け入れているが、それからどうすればいいのかわからないから泣きそうになっているのかな。


「主人公は、どう思って泣きそうになってるの? お母さんに怒られるかもしれないから?」


 ひなちゃんは、絵に描いたような考えるポーズをした。「そうですねー、えっと……」と、言葉をつなぎながら、理由を考える。


「あの、ですね、今考えてたんです。この子はきっと、お母さんに嫌われるかもしれないから泣いているんだと思います。あっ、きっとじゃないです、そうです」

「じゃあ、お母さんに嫌われるかもしれないということを文に含ませて、表現してみたらどうかな。私が表現するとしたら、

『おかあさんに、嫌われたらどうしよう。

 そう思うと胸が苦しくなって、目の前の景色の輪郭がぼやけた』

 にするかな」

「なるほどです! 勉強になります。わたしもうんと考えて、うまく描写を書けるようにがんばります」

「無理しない程度にね」


 ひなちゃんは季節外れのひまわりが咲いたような笑みで、私を見つめて、またパソコンの方を向いた。 

 

「この調子なら、期日までに十分に間に合いそうですっ」

「それならよかった。楽しみにしてるよ」


 書き終えた作品は、鏡子が誤字脱字のチェックを行い、三人の作品が揃ったら一つの本に仕上げる。

 余裕を持って文化祭の準備ができそうだ。


 その日の夜、近江くんからメッセージが来た。


『こんな遅くにすみません。相談したいことがあって、連絡しました』


 近江くんから相談? なんだろう。

 近江くんから連絡が来ると少し心臓が跳ねる。またなんか嫌なことが起きるんじゃないかと警戒してしまうのだ。


『どうしたの』


 すぐに既読がついた。


『橘先輩に好かれたいんですがどうしたらいいですか』


 送り相手を間違えたんじゃないかと疑う。


『どうして本人に聞くんだ……』 

『本人に聞くのがいちばん早いかなと思いまして』

『そうね、私が嫌がることを無理やりしなければいいんじゃないかな』

『分かりました、ありがとうございます。おやすみなさい』


 いったいなんのための連絡だったんだ。私に好かれたいって。あんなことしたから多少は悪いと思ってるのだろうか。



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