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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
4章 文学少女の二冊目の本
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75話 探偵ごっこ

随分前に書き進めてた分だけでも投稿していこうと思います。

 鏡子に充電器を貸してもらい、スマホの充電を終えてから起動する。ロック画面に映し出された不在着信の数にぎょっとした。LINEもお母さんからの通知が溜まっていて、開くことが怖くて見なかったことにした。


「異性が好きな人間からしたら、同性を好きなんてありえないんだよね」

「どうかしらねー。そういう人もいるだろうとわかっている人もいれば、異性が好きじゃない人なんて人間じゃないっていう人もいるし……難しいところよね」

「普通じゃないことだから、同性愛が嫌いな人はありえないってなるのかな」

「その人の普通なんて、他の人からすれば普通じゃないことなんてざらにあるわ」


 二人でベッドに寝っ転がって、天井を見つめたまま会話を交わす。


「きっとこれからも、私が女の子と付き合ってるとカミングアウトしたら引く人が出てくるんだろうな……」

「未来は、今よりもっとLGBTの理解が広まっているでしょう。でも、詠ちゃんの言う通り、そういう人もいるわね、人間だもの。人それぞれだから」


 どんよりとした空気が漂うなか、それを打ち消す軽快なノックの音が響いた。


「はーい」


 鏡子がドアの向こうに声を届けると、紫さんが顔をのぞかせた。


「詠さん、お母さんから電話があったわよ。詠さんに対してプンプンしてたけど、心配はしていたわ。でもね、お母さんも心の整理がしたいらしいの。それで、わたしの所で数日預かることになったわ」


 私はぎこちなく「あ、ありがとうございます……」と返事をすると、紫さんは鏡子に似た笑みを見せた。


「いいのよ、気にしないで」

「詠ちゃんとこんなにも長い時間過ごせるだなんて、夢みたい!

でも、やっぱりお母様のことは心配よね」


 鏡子は一瞬華やかな笑みを見せ、それからしゅんと眉を下げた。


 夜も遅く、ピンポンとチャイムが鳴った。紫さんが対応してくれて、何やら玄関で話し込んでいるようだった。

 話の内容は聞こえなかったが、上品な笑い声が時折鏡子の部屋まで聞こえた。

 制服や下着の替えはお母さんがわざわざ持ってきてくれた。


 自宅じゃないところからの通学は新鮮な気持ちだった。

 同じ家から一緒に学校に行けることに心が跳ねて、こころなしかいつもより鞄が軽く感じた。朝になって、LINEを確認したが、お母さんからは何も来ていなかった。

 鏡子と一緒にいることができるのは嬉しいことだが、いつまでも鏡子の家でお世話になるわけにも行かないし、お母さんとこのままというのも嫌だ。ギスギスした空気は好きじゃない。理解されるのことに時間がかかってもいい。


 翌日の学校帰り、私は学校近くのカフェでお母さんと紫さんの姿を見かけた。窓際の席でコーヒーかなにかを飲みながら楽しそうに談笑している所だった。

 鏡子はというと、先生に何やら呼び出されたらしく帰る時間が遅れると。部活もないし、私は先に帰っている途中だった。

 カフェは、紫さんといった海近くのようなカフェの内装ではなく、よくあるカフェと言った感じで、私のように学校帰りの学生もいれば、スーツ姿の人もいるし、もちろんお茶をしに来ている方もいた。

 私はバレないように店に入り、けれどできるだけお母さんたちの近くの席に座り、聞き耳を立てた。


「最近暑くて嫌ねぇ、洗濯物乾くのは早いからいいんだけど……」

「そうよね、熱中症にも注意しないといけないし」

「熱中症にはなりたくないわね」


 世間話か。普通だ。

 なにも注文をしないのも居心地悪く、小さく手を挙げて店員さんを呼び、オレンジジュースを注文した。

 二人の様子を伺いながら、耳を傾ける。


「詠にひどいこと言ってしまったわ」


 私の名前がお母さんの口から飛び出し、心臓がぎゅっと締め付けられ、指先や足先がじんじんとむず痒くなる。

 お母さんは眉を下げ、深いため息を吐いてからうなだれた。

 お母さんも一応後悔はしているんだな……。

 もっと話を聞きたいと身を乗り出そうとした時、軽快な声が耳に届いた。


「お待たせ致しました。こちらご注文のオレンジジュースです」


 オレンジジュースを片手に店員さんがやってきた。姿勢を直して、ありがとうございますと受け取る。店員さんは伝表を置いて、一礼すると静かな足音で他のテーブルへと回った。

 店員さんとの会話の途中、二人はなにか言葉を交わしていたようだが聞き取れない。唇は動いているが、声が小さくなり、聞き取れなくなってしまった。お母さんの表情も変わり、一体どんな会話が広がったのだろうと気になってしまう。

 しばらく二人の会話をできるだけ盗み聞き、表情もチラチラ確認したが、笑顔が崩れることはなく、楽しそうだった。

 氷も半分ほど解けて、グラスの周りにはたくさんの水滴がくっついている。指先が触れると水滴が皮膚に吸い取られ、表面が濡れた。グラスの縁に唇を付けて、酸味のある濃い味が舌を通過し喉へ流れ込む。


 結局、お母さんが後悔しているということしかわからなかった。あの唇の動きで、お母さんが何を言っていたのかわからない。読唇術を身についていたら、もしかしたらわかったかもしれない。

 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、鏡子の家に足を向けた。

 



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