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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
4章 文学少女の二冊目の本
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72話 夏の暑さと熱さ

 夏が顔を覗かせる頃、この灯ノ丘高校では体育祭が行われた。


「休んでやろうかと思った」

「詠ちゃんがいないと寂しいわ」


 開会式を終え、自分の席に戻る時、牛のようにゆっくりあるきながら鏡子と肩を並べて話をしていた。

 一組は白、二組は赤、三組は緑、四組は紫、五組はオレンジの色分けでクラス別対抗戦。もちろん、得点がない種目もある。一年二年三年はグラウンドを囲うように並び、保護者席は私達生徒と真反対の場所、生徒席と保護者席のほぼ間に入場、退場門が設置されていた。

 太陽が照りつける中、校長先生の話は長く、頭が眩しかった。日焼け止めを塗っていても、肌を焦がす痛みがあって、全身から汗が吹き出しているような気さえした。

 まずは一年生の百メートル走。毎年のように化け物じみた記録を出す人がいるから見ものである。参加者が入場門に並び、音楽とナレーションと共に入場する。名前を呼ばれた生徒が位置に並び、先生がピストルを空に向けた。

 耳を貫くような銃声の合図で一斉に走り出す。

 湧き上がる歓声と声援。

 参加者以外の生徒は競技の邪魔をしなければ校舎内のどこにいてもよかった。ただ、自分の出場する種目と、点呼には必ず自分のいるべき場所にいること。それが決められた約束事だった。

 

 私と鏡子は自分たちの席に戻らず、木陰で涼んでいた。日に晒されて日焼けして熱中症になるよりも遥かにいい。


「鏡子、帰っちゃダメ?」

「ダメよ」


 帰りたい私と帰らせてくれない鏡子、と学校行事。

 今すぐにでも帰りたい。曇りならともかくこんな晴れじゃ、外にいるだけで体力を吸い取られる。首にかけたタオルが汗を吸ってくれている。


「次は二年生の競技です。この次のプログラムに参加の生徒は入場門前に集まってください」


 アナウンスが聞こえてきて、鏡子がハッと顔をあげる。


「私行ってくるわね」

「うん、いってらっしゃい。私はここにいるから、終わったらまたおいで」


 鏡子はにっこりと笑うと小走りで入場門へ向かった。ここにいるとはいったけど、鏡子の走りぐらいはちゃんと見ておきたい。

 重いお尻をあげて、自分の席に戻った。

 応援の声を背中に受け、駆け抜けていく走者たち。一番うしろで三つ編みを揺らしながら一生懸命に走る鏡子。

 遠藤さんや伊知さん、ひなちゃんが声援を送っている。

 

「きょうちゃんファイトー!」

「鏡子せんぱーい、頑張って下さーい! もうすこしでゴールですよー!」

「きょうこ先輩、終わったらアイスおごります!」


 そして、久しぶりに聞いた、あの懐かしい声も私の耳に入ってきた。



「キョーコ! たっだいまー!」



 その声が私の隣で聞こえ、ぎょっとしてそっちを見ると、そこにはアリス先輩がいた。ていうかここ、生徒席!

 周りの生徒がこちらをみながら小声で話し合っている。


「ちょっと、アリス先輩、ここ生徒席ですよ。保護者席にいてくださいよ!」


 私が注意をするとアリス先輩は肩にこぼれたブロンドの波打つ髪を手で払い、ふんと鼻を鳴らした。場違いのワインレッド色のドレスにツバの広い白いハット。舞踏会場の帰りかと勘違いする。


「久々に会って、第一声がそれなの? わかった、保護者席の方へ移動するわ。でも、ヨミも一緒よ」

「なんでですか!」


私の言葉を無視し、腕を引っ張られて無理やり保護者席の方まで連れてこられた。場所取りしていたらしくレジャーシートとクーラーボックス、大きなお弁当箱。それから一人の女性がこちらに背を向けて座っていた。


「千早、ヨミ連れてきたわよー」


 女性がこちらに顔を向ける。よく見た顔がそこにはあった。


「あら、お久しぶり、ヨミちゃん」

「お久しぶりです、花咲さん」


 花咲さん、以前にもまして美しくなったような……。花咲さんやアリス先輩の周りだけ薔薇が咲いてそうな雰囲気が漂っている。

 

「アリス先輩、どうしてここにいるんですか。イギリスにいたはずですよね」

「ちょっとだけ帰ってきたのよ、またイギリスに戻るわ」

「立ち話もなんだし、ふたりとも座りなさいな」


 花咲さんに促され、レジャーシートの上に腰を下ろす。私の出番はまだ先だからしばらくは焦る必要はない。それから少しの間イギリスでの生活や出来事をアリス先輩から聞いた。他にも、花咲さんとの関係やデートに行ったときのことも。アリス先輩は一通り話終えると、息つき、私をちらりと見た。唇の端をにぃっと上げて目を細める。


「鏡子とはどうなの?」

「普通ですよ、普通」


 そういうとアリス先輩は私の耳元に唇を寄せた。



「キス、したんでしょ」



「だ、誰からそのこと……」


 顔が熱くなっている。突然言われたことにそれ以上の言葉が出てこず、アリス先輩を見つめるだけだった。何か言おうにも口がパクパクと動くだけで声が出ない。

 そんな私を見てアリス先輩はプッと吹き出し、お腹を抱えて笑った。


「いやーまさか本当だったとはねー。顔が真っ赤よ」


 鏡子の声が後ろから聞こて振り向く。


「千早さん、お久しぶりです」


 簡単に挨拶を済ませと、アリス先輩を無言で見下げた。アリス先輩は視線をひしひしを感じていたらしく、ゆっくりと鏡子の方を見て微笑みかけた。


「あらー鏡子。ひさしぶりねー元気してたか?」

「ええ、おかげさまで。ところで、なにが『本当』なのかしら?」

「何って、そりゃアレよ、アレ。ヨミとキョーコがキ――」


 私は急いでアリス先輩の口元を手で塞ぐ。危ないところだった。

 これ以上この人に言葉を言わせてはならない。首をかしげる鏡子とクスッと笑う花咲さん。

アリス先輩の青い瞳がはっきりと私を映し、それから目をゆっくりと細めた。私の手をそっと外して、意味ありげにウインクを私に飛ばした。


 あっという間にお昼が近くなり、私の出る種目になった。借り物競争。

 ピストルがスタートの合図を知らせ、一斉に走り出し、その先にある紙を掴む。紙を開くとそこには『美しい女性』と書かれていた。紫さん……は来てるかわからないや。だったら……あの人かな。それを握りしめて、そっちにむかって一直線に進む。私はそこにつくと何も言わず、手首を掴んで引っ張り出した。


「えっあっ、ちょっと……!」

「すみません、一緒に走ってください」


 周りの視線が突き刺さる。

 一部では「ねえ、あの人って……」と話す声も聞こえてきた。これも競技のため、ゴールするため。

 なんで借り物競争になったんだろ、私も百メートル走が良かったな。とにかく今はゴールしてしまえばそれでいい。

 地面を蹴って、恥ずかしさを堪えながら、三位と悪くは無い順位でゴールした。

 順位の場所に並び、息を吐いた。


「花咲さん、無理やり引っ張り出してしまいすみませんでした」

「それは構わないけど、お題が気になるわ」


 くしゃくしゃになった紙を広げて、花咲さんに見せる。花咲さんは一瞬目を見開いたあと、頬を綻ばせて私を抱きしめ、頭を撫でた。

 鏡子に抱きしめられた時には感じたことがなかったやわらかさを感じた。


「『美しい女性』だなんて、嬉しいわ」

「アリス先輩か迷ったんですけど、靴を見る限り花咲さんのほうが動きやすそうだったので」

「鏡子ちゃんでも良かったんじゃない? ほら、可愛いと言うよりどちらかと言えば美しいって感じじゃない?」

「そうですねー……鏡子は……だめです」


 花咲さんは「まあ」と驚いたように笑った。


「好きな人は独り占めしたいものね」


 なんて、アリス先輩のように意地悪っぽく微笑んできた。私は小さく「……はい」と返事をしたのだった。



 午後の部。第一種目は先生方対一年対二年対三年の徒競走。


「位置について」


 トップバッター、一年の主任である先生の目が本気に変わる。いつも穏やかな笑みを浮かべている先生で、生徒からの人気も高い。と、近江くんが教えてくれた、


「よーい」


 なんでも、学生時代は陸上部だったりサッカー部だったりしたとか。だから、走りには自信があるのだろう。


「ドン!」


 一斉に走り出す。同時にわき起こる声援。直線からカーブ、半分まで来たところでバトンタッチ。一番に抜けたのは、先生組。二番は二年生、三番は一年生、最後は三年生。

 先生の二番手は私自身詳しくは知らない小太りの先生だった。

 三番手にバトンが渡り、アンカー四番手。先生組のアンカーは……宇佐見先生だ。しかも、ヒール。先生組は一位から四位に転落している。それなのにヒールだなんて。アンカーはグラウンド一周してゴールだ。

見るのをやめてアイスでも買いに行こうとした時、周りから驚嘆の声が上がった。みんなグラウンドの方に釘付けになっている。私もそっちを見た瞬間、ハッと息を飲んだ。


 宇佐見先生がヒールにもかかわらず三位と二位を追い抜き、一年位も追いつこうとしていた。きっとヒールじゃなかったらもっと走るのは早いだろう。すらりとのびた足が強く地を蹴り、砂を飛ばす。

 宇佐見先生ってこんなに早かったのか……。宇佐見先生っていうか、うさぎ先生……。

 一位に完全に追いついた宇佐見先生の唇には笑みがこぼれ、あっという間に一位すら追い抜かしてしまった。ビリからの逆転。そのままゴール。

 観客や生徒のテンションはどの種目よりも高かった。

 

 そんな徒競走は終わりを告げ、あと残り数種目となった。

 

「んっ……」


 体育館裏、私は鏡子と身を潜めて愛を貪った。

 ムシムシとした暑さと体の熱で、どうにかなってしまいそうだった。暑いのに、体をくっつけて、唇を重ねて、舌を絡めて。誰かに見つかったらどうしよう、そんなスリルを背中で感じていた。

 足の力が抜けそうになって、絡めた指に思わず力が入る。唇を離し、短く息を吐いて、鏡子の肩に額を乗せた。恥ずかしすぎるのと暑さで体が蒸発してしまいそう。


「鏡子のばかー」

「うふふ、したくなっちゃったんだもん」

「ん……まあ、私もそうだったけどさ」


 需要と供給が一致しているせいでそれ以上何も言い返せない。

 

『次は閉会式です、グラウンド外にいる生徒は急いで入場門へ集まってください』


「だってさ、鏡子」

「あらそうみたいね。帰りましょ」


 鏡子は軽やかに三つ編みを揺らして校舎裏から出ようとする。私は鏡子の細い手首を掴み、肩を抱いてもう一度だけキスを交わした。



 

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