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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
4章 文学少女の二冊目の本
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68話 春の終わりの話し合い

 週明け、鏡子と顔を合わせるのがなんとなく恥ずかしくて、顔を直視出来なかった。鏡子自身はそんなことを感じていない様子で普段通り接してくれる。背に浴びる朝日の光を感じながら通学路を辿る。道端に咲くたんぽぽが風に吹かれて、綿毛が空へ飛んだ。後ろから走ってくる足音が聞こえ、私たちの後ろで止むと、


「お、おはようございます」


 と声がした。

 振り向くと、息を切らした近江くんがいた。近江くんもこっちの方向なんだ、知らなかった。


「おはよ」

「おはよう、近江くん」


 今日ばかりは近江くんが来てくれてよかった。三人で話せば鏡子の顔もあまり見ずに済む。近江くんは私の横に並び、話題を振った。


「今日、カメラで撮った写真を印刷して持ってきたんです、志賀先輩前に見たいって言ってましたよね」

「あら、見れるの。やった」


 近江くんは穏やかに微笑むとカバンを開けた。中を覗き込み、写真を数枚取りだした。


「どうぞ」


 写真を受け取り、そのうち何枚かを鏡子に渡す。子犬の写真や、何気ない日常、今はあまり見かけなくなった風鈴と縁側とひまわり、どこまでも続きそうな一本道、道路の真ん中に座っている黒猫。いろいろな写真があった。詳しいことはわからないが、アングルが必ずしも正面からという訳ではなく、下の方からとか、工夫されていることが分かる。写真集とかに載ってそうな写真ばかりだった。


「これ、全部近江くんが撮ったんだよね。すごいね」

「あっありがとう……ございます」


 近江くんは恥ずかしそうに髪をくしゃりと触った。鏡子の持ってる写真と交換して眺める。こっちは、人の影や、雲の隙間からこぼれる太陽の光、暗闇の中存在感を示す緑の誘導灯、螺旋階段の上から下に向かって撮った写真。

 どことなく不気味に思えた。


「近江くん、いつから写真を撮るようになったの? すごく上手だわ」

「ありがとうございます。写真は中学生の時からです。部活の帰りにたまたま見つけたんです、とある写真家の個展……。それになんとなく惹かれて、そこからですね、写真にハマり始めたのは」

「そうなの。写真って時間の一部を切り取ってて素敵よね。小説にはない良さだわ。文字じゃなくて映像がちゃんと見えるもの、素敵」


 鏡子の心からの言葉に、近江くんも誇らしい笑みを浮かべた。

 今年の文化祭は、なにかしてもいいかもしれないなぁ。短編集とか写真集とか良さそうだ。

 学校まで伸びる長い坂。登山と比喩されるこの道。半年もすれば慣れるけど、最初の頃は大変だったのをよく覚えている。


「近江くん、この坂って疲れない?」

「いえ、全く」


 私の質問にあっけらかんとした答えが返って来た。


「ほんとに、すごいね。私、入学してしばらくは登るだけで息切らしてたんだよ」

「僕、中学の時陸上部だったんです。それで練習の時、こういう坂をダッシュで登ったり降りたりしてたので、慣れてるんですよ」

「陸上部だったんだ、意外」

「ですよね、よく言われます」


 近江くん、中学では運動部だったから、高校では運動をしない文化部を選んだのだろうか。そういう選択はよく聞く。

 坂をのぼり終わり、校門をくぐった。校舎まで入り、下駄箱の前で靴をはきかえる。そのわずかな時間で、鏡子と軽くキスを交す。


「もう、詠ちゃんったら」

「鏡子こそ」


 目を合わせてクスリと笑い、それから近江くんと再び合流した。会話のないまま二階までのぼり、近江くんと別れる。


「じゃあまた放課後」

「はい、失礼します」


 頭をぺこりと下げて、近江くんは階段を軽い足取りで駆け上がっていった。


 放課後。鏡子は顧問の先生に呼ばれたらしく、遅れてくるらしい。それまでの間何をしよう。ひなちゃんは今日も三十分は三題噺かな。近江くんは、何をしたらいいのだろう。読書? 宿題?

 悩みながら北館の階段を上る。


「あ、橘先輩」

「あ、近江くん。今日はよく会うね」


 朝に会って、休み時間も移動教室中の近江くんとすれ違ったし、お昼休みも自販機の前で近江くんと遭遇していた。

 偶然に偶然が重なっている。


「志賀先輩は一緒じゃ……ないんですか?」

「鏡子はね、遅れてくるそうだよ。顧問の先生に呼ばれたんだって」


 鏡子から預かった鍵を使って部室を開けた。ホワイトボードの粉受けに鍵を入れて、ソファにカバンを置いた。

 窓を全開にしてから、椅子に座り、近江くんに問いかけた。


「今日、なにする? 書くことには興味が無いなら読書とかになっちゃうけど……」


 近江くんは、こちらを一瞥すると、恐る恐る口を開いた。


「その、嫌ならいいんですけど……。嫌ならほんとに大丈夫なんで。橘先輩のこと、もっと教えてくれませんか……その、電話番号とか、好きな物とか……趣味とか……」

「いいよ。電話番号はもしもの時に備えて教えておくつもりだったし。LINEでもいいけど」


 近江くんのくもった表情がぱっと明るくなる。嬉しそうにガッツポーズをして、胸ポケットからスマホを抜いた。

 連絡先を交換し終え、近江くんの質問コーナーが始まる。


「橘先輩って小説かいてるんですよね、いつから書き始めたんですか?」

「高校入ってからだよ」


 ここだけはほんの少し嘘をついた。


「好きな花はなんですか」

「んー、桜かな。綺麗だし、いい匂いするし。春って感じがして好き」


 質問と応答を繰り返していると、そこへ鏡子とひなちゃんがやってきた。


「こんにちはー!」

「こんにちは、ひなちゃん。鏡子と一緒に来たんだね」

「はい、職員室前でたまたま出会ったので」


 これで全員揃った。鏡子はひと休憩すると、顧問の先生に伝えられたことを私たちに述べる。


「十月にある文化祭についてよ。文芸部もなにか出し物をしなければならないわ。そこでまずアイデアを出してもらおうと思うの。なにか思いついた人から発言してちょうだい」


 鏡子のきつく縛られた三つ編みが軽やかに揺れる。黒のマジックペンを手に取り、ホワイトボードに「文化祭出し物案」と丁寧に書いた。


「王道かもしれないけどテーマに沿った作品を何人かで書いて一冊の本にするとか」

「アンソロジーね」


 ホワイトボードにアンソロジーを書き足す。


「一人四句ずつ詠んで、それをまとめた作品を作るのはどうでしょう」

「詩集ね、いいわ」


「文化祭の間から数日、ここにある本を貸し出してみるのはどうですか」

「図書館みたいな役ね」


 実際ここにある本の多くは元々図書室にあったものだ。読まれなかったり古くなったものをここに移しているだけ。ポップなんかを作って相手に読みたいと思わせることが出来れば、それも可能だろう。


 話し合いの末、出した案を全てまとめたようなものとなった。お題は「教室」、短編二作品に挿絵、鏡子おすすめの本を二冊紹介したものをまとめた冊子をつくることになった。何部刷るかはまだ未定だ。


 もう明日から六月に入る。本格的な梅雨が始まるだろう。

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