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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
4章 文学少女の二冊目の本
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66話 新入部員

 部員が来ないままついに最終日を迎えてしまった。冬鳥さんは今日は歯医者に行くらしく部活を休んだ。鏡子は焦る様子もなく、のんきにお菓子を頬張っている。

 最終日だが、制限時間までまだ時間はある。その間に誰か来てくれればそれでいい。入部してくれたらそれで文芸部は救われる。

 静かな部室で私は、諦め半分期待半分で顔を腕に埋めていた。意識が遠くなってきて、眠りに落ちようとした時、部室のドアが開いて現実に引き戻された。


「失礼します。文芸部は、ここであってますか……」


 落ち着いた小さな声が聞こえ、顔を急いであげて姿勢を正す。ドアの方を見ると、メガネをかけた男子生徒が立っていた。


「ええそうよ。見学者か、入部希望者かしら?」


 鏡子の問いかけに、男子生徒はずれたメガネを指の背で押し上げて、たどたどしく答える。 


「入部希望者というか……えっと……。入部届は、顧問の先生にさっき渡してきたんです」


 ということはつまり、新入部員。

 眠気が吹っ飛ぶほどのニュースに、目がしっかりと開く。

 四月の暖かさがこの部室に舞い込んできたように朗らかな雰囲気にガラッと変わる。鏡子は席を立ち、男子生徒を部室に押し入れると椅子に座らせた。


「ねえ、君名前は? 学年は? 本とか詩とかすき? 書いたことはある?」


 鏡子の質問攻めに男子生徒は困惑の表情を浮かべ、視線が泳ぐ。部員が来て舞い上がってるのは見て取れた。

 黒縁メガネを掛け、少々猫背の男の子。冬鳥さんはハキハキした言い方をすることが多いが、この子は自信がないのか、聞き取れないわけではないが、ごにょごにょとしゃべることが多かった。


「僕、一年二組の近江明人おうみあきとです。本は、写真集ばかりで……。小説や詩はあまり読んでません。書いたこともないです……」

「写真集っていうのは?」

「動物や、風景の写真がすきで、僕自身もよく撮ってるんです」

「写真かー、素敵じゃない。もしよければ今度見せてほしいわ」


 本を読んでいなくても、文を書くことにあまり興味がなくても、鏡子には関係ない。この学校に写真部はないが、この部に来たということはなにか理由があったからだろう。それだけで嬉しい。それに、文芸部は小説を書くことだけが全てじゃない。書くにしても、小説、詩、随筆、評論でもなんでもいろいろあるのだから。


「わたしたちも自己紹介するわね。わたし、志賀鏡子よ。文芸部部長なの。そっちの子は、橘詠ちゃんよ。もうひとり新入部員がいるのだけど、今日はお休みなの」

「橘詠です。よろしくおねがいします」


 ちらりと近江さんを見て簡単な挨拶を済ませると、鏡子が私のフォローを入れた。


「詠ちゃんは無愛想に見えるけど、慣れると楽しい子よ。笑顔も素敵なの、うふふ」

「志賀先輩、橘先輩、これから……よ、よろしくおねがいします」



 お互い自己紹介を終え、簡単な部活の説明を済ませた。近江くんは私達の話を一生懸命聞いてくれた。表情はかたいが、「はい、はい」と頭をこくこく振っていた。

 ちょうどそこへ「こんにちは!」の声とともに歯医者で休みのはずだった冬鳥さんが登場した。予想外の人物に鏡子と私は目を丸くして、近江くんは首を傾げた。


「あれ、冬鳥さん……今日歯医者じゃなかった?」


 私が疑問を投げかけると冬鳥さんはほんのりと頬を赤らめにへらと笑った。


「なんていうかそのですね、日にちを一日間違えてましてですね、歯医者は明日の土曜日だったんですよ」

「そういう間違いすることもあるよね。あ、そうだ、冬鳥さん」

「はい、なんでしょう」

「部員が一人増えたよ」


 冬鳥さんの視線が私から近江くんに移る。冬鳥さんの視線に気づいた近江くんはビクッと肩を跳ねさせて、つっかえながらも言葉を発した。


「ぼ、ぼ僕、一年二組の近江明人おうみあきとって言います。よろしくおねがい、します」

「……わたし、一年一組の冬鳥陽菜ふゆどりひなです。よ……よろしくね」


 ああ、忘れてた。冬鳥さんも人見知りだったっけ。

 微妙な緊張感が部室に漂う。冬鳥さんはカバンの持ち手をギュッと握って鏡子のそばにピッタリとくっついた。

 そんな雰囲気を壊したのは鏡子だった。手を叩き、朗らかな笑みを浮かべて言う。 


「お菓子でも食べながらお話でもしましょ。これも部活動の一環よ」

「お菓子!? やった、わたしお菓子大好きなんです」


 強張っていた冬鳥さんの表情が崩れ、可愛らしい笑みが溢れる。鏡子はカバンから金平糖が入った子瓶を取り出して「さあどうぞ」と机に広げた。

 ティッシュを一枚敷いて、瓶の蓋を開ける。細い指が瓶を傾けると、カラカラと小瓶と金平糖があたる音とともにティッシュの上に金平糖が転がりでた。パステルカラーの小さくて可愛らしい金平糖。

 手を伸ばして金平糖をつまみ、口に含む。お砂糖の匂いが広がる。舌に感じる甘さと金平糖のザラザラ感。歯で砕くとボリボリと音がして、口いっぱいにしっとりとした甘みが充満した。


「皆さん、わたしのことは名字ではなく下の名前で呼んでください! わたし、自分の名字より名前のほうが好きなんです。きょうこ先輩はすでに名前でよんでくださってるので、ますは、よみ先輩呼んでみてください」

「……」

「さあ!」


 こみ上げてくる恥ずかしさをこらえて、閉じそうになる唇を必死に動かす。


「ひ、ひな……ちゃん」

「はい! なんでしょう、よみ先輩」

「なんでしょう、って。ひなちゃんが呼ばせたんじゃないか」

「あはは、そうですねっ。では次、あきと君」


 ひなちゃんのテンションに飲み込まれていく。近江くんも恥ずかしそうにぼそっと「ひな、さん」と呼ぶと、ひなちゃんは満足そうに微笑み、頭を下げた。


「あらためてよろしくおねがいします」


 ひなちゃんが頭を上げると、ちょうど下校時間のチャイムがなり、「まだ学校に残っている生徒はただちに下校してください」と放送が流れた。

 四人目を合わせ、誰も何も言わず各自荷物を手にとった。


 桜の木の下で鏡子と少し話して別れたあと、薄暗くなった夜道を歩いていた。私のそばを車や自転車が通り、追い抜いていく。等間隔にある街灯が歩道を照らして、空の星や月の明かりをぼかした。だいぶ暖かくなり、夜も過ごしやすくなってきた。

 後ろから聞こえてくる微かな足音。私のように帰宅途中なのだろう。角を曲がり、またまっすぐ道を歩く。それから少しして、さっきの足音がまた後ろから聞こえてきた。同じ方角なのね。

 そうだとわかっていても、ずっと同じ間隔で歩かれるのも気味が悪い。つま先で歩くようなそんな足音だった。試しに歩みを止めてみると、ワンテンポ遅れて足音も止まる。

 恐怖に心臓がゾワゾワする。鞄のポケットからスマホを取り出して、鏡子に電話をかけた。きっと、出てくれるはず。そう信じて、耳にスマホを当てたまままたあるき出す。スマホを持つ手が震える。

 私の足音とは別にコツコツコツという足音が聞こえている。

 鼓膜に響く無機質な呼び出し音は途切れ、結局鏡子はでなかった。そして気づけば、さっきの足音はなくなっていた。きっと、たまたま同じ方向だっただけなんだろう、たまたまほぼ同じタイミングで立ち止まっただけなのだろう。

 後ろを見て確認しようと思ったが、もし誰かそこにいるなら足がすくんでそこから動けなくなってしまう。だから、私は強く息を吐きだして、恐怖を振り切るように足を前に出した。 


 

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