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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
3章 文学少女のしおり
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59話 卒業、そして成長

 体育館の入口から舞台に向かってまっすぐ伸びる真紅の絨毯、舞台上には、『第七十五回卒業証書授与式』と書かれた横看板、その下には国旗と校旗がぶら下がっている。紅白幕が卒業を祝福しているようだ。

 在校生は一番早くに入り、最終チェックを済ませたあと、パイプ椅子に腰を下ろして準備を整えた。ひんやりとした空気は緊張感を増幅させる。十五分ほど待機したあと、卒業生の親御さんたちがぞろぞろと入場する。時計が九時を刺すとき、スピーカーからキーンというマイクの音が流れた。

 小声で喋っていた親御さんたちの声が静まる。

 司会の教頭先生が、携帯電話のマナーを注意した後、一度息を整えた。


「ただいまより、灯ノ丘高等学校、第七十五回卒業証書授与式を執り行います。……卒業生入場!」


 吹奏楽部の演奏が体育館に響き始めた。その瞬間、入場口が開き、微かな緊張をまとった卒業生たちが二列になってレッドカーペットの上を歩く。背筋を伸ばし、強張った表情をした卒業生が多い中、アリス先輩は違っていた。口角を微かに上げ、私と目が合うと、小さく舌を出して、いたずらっぽく笑った。緊張なんてしていないのだろう。

 卒業生が全員入場をし終え、吹奏楽部の演奏が終わると、綺麗に礼をして席に着いた。

 一年先に生まれて、一年先にこの学校に入って、一年先にこの学校を卒業する。たった一年の差だけれど、私は彼らがとても大人に見えた。


 順調に卒業式は進んでいく。

 太ももの上で組んだ手はすっかり冷えて、指先はかなり冷たかった。


「卒業証書、授与」


 教頭先生の言葉のあと、三年一組の先生が教頭先生のところに行き、マイクを手にした。名簿を見て、それから一人ひとり、大事そうに、唇が名前をなぞる。

 高校生ともなると、一人一人名前を呼んで卒業証書を取りに行くという高校は少ないらしい。しかし、この学校ではそれをするようだった。時間はかかるが、先生が途中涙ぐんだりするところは見ていて感動する。

 卒業生はどんな思いで今この場にいるのだろう。

 一クラス目、二クラス目と過ぎる。三クラス目に入った。アリス先輩のクラスだ。

 出席番号一番から順番に呼ばれていく。


「金井空!」

「はい!」


 黒髪のポニーテールの先輩が壇上に上がる。そして、卒業証書を受け取ると静かに壇上から降りた。次は、アリス先輩のようだった。 


「九重アリス!」

「はいっ!」


 力強い呼び声に、アリス先輩もしっかりと答える。

 ブロンドの髪を軽やかに揺らし、凛とした姿で壇上に上がっていく。校長先生と目をあわせ、一礼した。


「三年三組、十五番、九重アリス殿、以下同文」

 

 卒業証書を受け取り、一歩下がって頭を下げると、回れ右でこちらを向いた。きっと、そこから見る景色は、沢山の人で溢れていて、アリス先輩は多くの視線を浴びているのだろう。全く動じない様子のアリス先輩は輝いて見え、つい惚れてしまいそうなほど、美しかった。

 卒業証書授与の時間は、正直疲れる。卒業生は一度立ったりして動くことができるが、私達はじっとしたままだ。今日に限っては、タイツを履くのが禁止されているため、いつもより足元が冷える女子も多いだろう。

 バレないようにつま先を交差させたり、貧乏ゆすりをしてみたり、手を握ったり開いたりして冷えを解消しようとする。

 

 ようやく全クラス授与を終え、来賓紹介や、祝辞の後、答辞となった。

 卒業生代表の男子生徒が壇上に上がり、演台の後ろに立った。マイクを手にして、


「春の訪れを感じるこの良き日、私達三年生一同は無事、卒業式を迎えることができました」


 卒業生の声だけが体育館に響き渡る。ハキハキとしていた声は、文が進めば進むほど、声が震え、涙をにじませる。そのあたりから、あちらこちらから鼻を啜る音が聞こえた。

 読み終わったあと、代表生は目尻を指で拭っていた。

 答辞の次は、保護者代表謝辞。

 代表の親御さんの方は、読み始める前からもうすでに泣いていた。鼻をすすり、嗚咽を漏らしながら文を読み上げる。マイクが拾う嗚咽や涙声に、心揺らいだ生徒や親御さんが思わず泣き出す。

 

 卒業生退場のときには、卒業生の多くが目に涙を浮かべていたり、涙を拭きながら退場していた。アリス先輩は顔色一使えていなかったが。涙目にもなってなかった。

 卒業生が各教室で改めて卒業証書を受け取っている間に、私達は体育館をもとに戻す作業に追われていた。紅白幕を下ろしたり、パイプ椅子を収納したり、絨毯を巻いたりと先生の指示を受けるまでもなく、自分たちで行動をする。

さっきまで感動に包まれていた特別な空間は、こんなにも早く日常を取り戻のだった。



「アリス先輩!」


 校門近くで花咲さんと一緒にいたアリス先輩を見つけた。

 在校生も解散の合図を受け、私と鏡子は何も言わず一緒に行動をし、アリス先輩のもとへ駆けつけたのだ。

 キャンパスに淡い水色を塗ったような空の下、桜の花が五分ほど咲いている。

 黒い筒を片手にしたアリス先輩はやはり卒業してしまうのだと実感した。卒業式の間はまだ練習なんじゃないかとどこかで信じていない自分がいたから。

 

「アリス、卒業おめでとう」

「ありがとう。三年間あっという間だったわ。キョーコがこっちに転校してきてからはなおさらね。毎日が楽しくて、幸せだったわよ」

「それはほら……ね」


 鏡子が私の方をちらりと見た。何が言いたいかはわかる。私は視線を合わせて、小さく微笑んだ。

 

「まぁ、そうねー。後悔はしていないんでしょう?」


 アリス先輩が意味を含ませた笑みで鏡子に問う。


「後悔は全くしていないわ! 前の学校のお友達には悪いことしたかなって思っちゃうけど……。でも、詠ちゃんと出会えたんだもの!」

「鏡子、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「あらごめんなさい」


 後ろで手をたたく音が聞こえ、振り向くと花咲さんがデジタルカメラを手に、ニッコリと微笑んでいた。白のワンピースに、黒に近い紺のジャケットを羽織っている。着せられている感がなくてとても似合っていた。

 

「みんなで写真、撮りましょう! スマホよりも画質がいいわよっ」

「撮るって、誰かにとってもらうしかないわよ。三脚を持ってきてないもの」


 アリス先輩が呆れ気味に答えると、花咲さんは一瞬しょんぼりとした顔を見せたが、すぐに辺りをキョロキョロと見回した。すると、花咲さんは近くを歩いていた私と同い年ぐらいの男子に声をかけた。

 

「え、僕ですか……。わかりました」

「ありがとう、助かるわ!」


 大人しそうな男の子にカメラを手渡す。

 花咲さんは満面の笑みで帰ってきて、アリス先輩を真ん中にして私と鏡子はアリス先輩の左右に分かれ、花咲さんはアリス先輩の後ろへ移動した。

 

「とっていいわよー!」


 男の子は眼鏡のズレをなおすと、片目を閉じて、カメラを構える。

 

「わかりましたー! とりますよ。はいチーズ」

 

 一瞬の沈黙と硬直。

 男の子の「撮れました、確認お願いします」の言葉で体をほぐした。確認の結果、うまく撮れていて、花咲さんはとても嬉しそうに笑った。

 写真のデータはスマホで送り、現像もして後日渡すそうだ。


 こうして、無事卒業式を終えることができた。

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