57話 四人で計画
「ここなんてどうかしら。コテージとか借りてキャンプみたいな感じで一泊するとか」
「泊まりか。賛成! こっちもいいね、二人はどうしたい?」
「私は、これもいいかなって思う、川で遊べるし」
「んーそうねぇ……わたしはこっちの山が近い方かな」
ある日の週末、お母さんとともに鏡子の家にいた。リビングにパソコンを置いて、四人、肩を寄せ合ってディスプレイを覗き込む。紫さんがマウスを持ち、サイトの上から下まで読んでいく。パソコンの正面に紫さん、左右に私と鏡子、お母さんは席を立ち、私と紫さんの間に頭を突っ込んでいた。
春休みの何処かで休みを合わせて一泊二日でキャンプに行こうということになった。
「鏡子は山が近くの方が良くて、詠さんは川がいいのね。両方近くにあるところを探してみるわ」
「鏡子って山派だったんだ」
「詠ちゃんこそ、川派だったなんて……」
紫さんを挟んで視線がピリピリと絡み合う。
「山のほうが自然豊かだもの、動物もいるもの」
「川も自然が豊かだよ、魚だっているし」
私が反論をすると、鏡子は頬が裂けそうなぐらい頬を膨らませ、口をとがらせた。
そんな鏡子をみて、紫さんはクスリと笑い、画面をスクロールしながら他の候補を上げる。
「あ、ここなら……」
マウスポインタがとあるキャンプ場のサイトのURLの上に乗る。カチッと音がして、そのサイトに飛んだ。
「ここなら車で一時間ほどで行ける範囲ね」
お母さんが身を乗り出して発言する。
ここのキャンプ場は山と川が近く、夏は人気のスポットらしい。丸太をいくつも積み重ねたようなコテージがあり、少し歩けば川に行けるらしい。
「ここにする? 山も川もあるし、ほかのコテージとも距離があるしいい感じよ」
「私はここいいと思います」
「ええ、わたしもいいと思うわ」
鏡子はにっこりと微笑んで、
「今度は意見があったわね」
紫さんは小さく頷き、「じゃあここにしましょう」と言ってくれた。
そのサイトをブックマークに登録し、紫さんは席を立った。
「計画を練るのは一旦休憩にして、お昼にしましょう」
「おか……私も手伝います」
「あら、じゃあ。おねがいしようかしら」
紫さんとお母さんは二人でキッチンの方に体を移した。
お母さんたちと同じ空間にいるとはいえ、ソファには私と鏡子しかいない。私はポケットからスマホを取り出して、触る。鏡子もスマホを触りだしたが、様子がおかしい。スマホの画面を見ながら、私の方をチラチラと見てくる。
視界の端に鏡子を捉え、ネットニュースに目を通していた。黒のジーンズの上に置かれていた細い手がソファの上にズレ落ち、音も立てず私の方へと伸びる。その手は私の太ももを這い、私の腕まで上ってきて、手首を遠慮がちに触れた。
スマホから目を離して、鏡子の手、首元、顔をなぞるように見る。
透き通るような肌がほんのりと桜色に染まり、長いまつげに縁取られた瞳が潤んでいた。
片方の手でスマホに文字を打ち込み、鏡子に見せた。
『なに?』
鏡子は私のスマホを手から抜き取り、指を滑らせる。突きつけてきた画面を見ると、そこにはこう書かれていた。
『てつなぎたいなっておもったの』
いつもは何も言わずに繋いでくるくせに……。
私は、スマホを返してもらい、さっきとは反対の手でスマホを触りながら、空けた手を鏡子に差し出した。鏡子は淡く微笑んで、私の手を大事そうに優しく触れた。
鏡子も空いた手でスマホを触り始める。
気にしすぎかもしれないが、お母さんたちに違和感を覚えさせたくない。スマホを触りつつも、お母さんたちの物音を注意深く聞いていた。特に足音を。
何かを焼く音と、お母さんたちが世間話をする声が聞こえる。大丈夫こっちにはきていない。
私の手のひらを親指で円を描くようにくるくるとなぞっている。ほんの少しくすぐったい。スマホを触る手が止まり、意識は完全に手のひらと音の収集のほうに集中していた。
「ふたりとも、もうすぐできるからねー」
キッチンからお母さんが大声を発した。
そして、私は油断した。
お母さんの声に紛れて、紫さんが来ていることに気づかなかった。視界の端に黒い髪が映ったとき、ようやく気がついた。
眼球を横に動かし、鏡子を確認するが、鏡子は紫さんに気づいていない。
気づかれたくない。
紫さんの手が視界に映る。
鏡子の手を払わないと。払わないといけないのに、それができない。
気がつけば私は立ち上がっていた。
「わ、私も手伝う!」
声を絞り出して、キッチンに走った。お皿にはミートソースパスタが盛り付けられている。
「お母さん、これ持っていくんだよね」
「そうよ、お願いね」
息を整え、胸元をなでて、心臓を落ち着かせる。かすかに震える手に力を入れて、お皿を落とさないようにしっかり持って、テーブルまで運ぶ。紫さんは気にする様子もなく、私とすれ違う。
お皿をテーブルに置いたとき、鏡子の顔がこちらを向いた。
どうして手を離したのというような寂しげな表情を浮かべていた。鏡子の耳に口を近づけて囁く。
「ごめんね、気づかれそうになったから。許して」
「わかってるわよ……」
不服そうに頬を膨らませた。わかっているけど納得はできていないということだろう。
しかし鏡子はパスタを一口食べると、不機嫌さは吹き飛び、パスタの美味しさに頬を綻ばせる。秋の空のように感情の変化が早い。
昼食を食べ終えて、計画の続きを始めた。
ぼんやりとしていた計画ははっきりとしたものに変わり、現実味を帯びた。




