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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
1章 文学少女は本を胸に抱く
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5話 鍵は戦国時代に

「今はただ、

 思い絶えなむ、

 とばかりを、

 人づてならで、

 いうよしもがな」


 鏡子は窓の外を見ながら、澄んだ優しい声で呟いた。

 今にも泣き出しそうにぐずる雲が空を覆い尽くす。吹いてくる風は生ぬるく、しっとりとしている。

 あれから二週間なんの手がかりを掴むことが出来ないまま悶々とした日々を過ごしていた。


「歌?」

「『後拾遺和歌集ごしゅういわかしゅう』に載っている第七五〇番の歌よ」


 鏡子はさっき詠んだ歌について話し始める。

 作者は、左京大夫さきょうのだいふ道雅みちまさ――藤原道雅。

 現代語訳をすると、



 今となっては、あなたへの想いを諦めてしまおう、ということだけを、人づてでなく、あなたに直接会って言う方法があってほしい。



 という意味で、禁断の恋の歌だそう。

 どうしていきなり詠んだのだろう。

 誰かに恋をしているのだろうか。

 そんな些細な質問をすることが出来ず、相槌を打つと暗号解読に意識を向けた。

 何のカタカナが何回使われいるか書き出して、何かヒントになるのじゃないかと探していく。

 使われているカタカナとその回数、カタカナの並び、「小」の漢字。


「イロハニホヘトチリヌルヲワカ」


 鏡子が呟く。

 文中に出てきているのは十四文字で、いろは歌か。

 文章ということは、最低でも主語述語助詞が入っているはずだ。読点のまえは助詞が来ている場合が多いだろう。小説と違い、日記は事実や自分の気持ちを綴るもの。余計な描写を入れる人は少ないはずだ。

 クラスメイトが教室に来るまでに少しでも解読したい。絶対昨日よりは進歩している自信がある。昨日わからなかったことを今日は発見しているのだから。

 十四の文字を使って、五十音を表す方法……。一つ何かを見つければ、また一つ謎にぶち当たる。

 クラスメイトが登校してきて、暗号解読の時間は終わりを告げた。

 朝の時間でわかったことは、十四文字で構成されていることと、それがいろは歌であるということのみ。

 本当に解読できるのか不安になった。

 


 四限目が終わってすぐ、雨宮さんが教室を訪ねてきた。鏡子が雨宮さんの元に行き何か話しているようだ。鏡子は三つ編みを弾ませて笑みをこぼしている。ニコニコの笑顔で戻ってくると鏡子は女性らしい綺麗な手で私の手を包んだ。


「?」

「伊知ちゃんがね、一緒にお昼どうですか? って」


 鏡子の目を見た後、ドアの前で待機している雨宮さんを見た。やわらかな笑顔で私達を見ている。

 これは、断る理由があったとしても断れない。


「いいよ」


 鏡子は、鞄から弁当と白い水筒を取り出した。私も弁当と水筒を持ち、廊下へ出た。


「さあ行きましょう!」


 天気は相変わらず良くなく、いまにも雨が振りそうな中、弁当を持ち、中庭へと移動する。天気が悪いということもあってか、人は少ない。

 雨宮さんは呪われた木を指さした。


「先輩方、ここにしましょ」


 雲が空を暗くして、生い茂った葉が影を落としている不気味な様子から私は呪われた木と呼んだ。実際はただの桜の木である。

 春は中庭を鮮やかなピンクに色づけ、ちょっとしたカップルたちの食事の場となる。

 しかし、桜の時期を過ぎ、天気が悪い日である今、そこに誰もいない。

 私達の専用食事スペースとなった。

 芝生の上に座り、弁当を広げる。


「あたし、ここでご飯食べるの初めてなんです」


 初めてがこんな日でいいのか。

 もっと天気のいい日でも良かったんじゃないのか。


「実はわたしもなの」


 鏡子も初めてがこんな日でいいのか。

 言ってくれれば、私が付き合ったのに!

 でも、二人は可憐な笑みを浮かべて楽しそうにしているからいいかな。

 雨宮さんは箸で卵焼きを挟み、持ち上げた。


「先輩方、まだ名前聞いてなかったです」


 そして口へと運んだ。


「志賀鏡子よ、文芸部の部長なの」

「私は橘詠だよ」


 名前を告げると、雨宮さんは私達の名前を小声で呟くと、嬉しそうに微笑んだ。


「改めてよろしくおねがいします。

 鏡子先輩、詠先輩!」


 先輩と呼ばれるのは慣れていてなくて恥ずかしくなった。しかし、同時に嬉しくもあった。


「雨宮さん、鏡子、この木に噂があるの知ってる?」


 二人は首を振る。


「ここで昼食を食べた人は呪われるんだよ」


 もちろん、嘘である。

 二人の顔はどんどん青ざめていく。箸を置き、二人は体を擦り寄せた。顔は引きつり、怯えた目をしている。


「冗談だよ。

 本当はこの木にハート型のくぼみがあるんだけど、そこの前で告白した人は、必ず付き合えるっていう噂」


 嘘か真かはわからないけど、私が入学する前からずっと受け継がれている噂。

 ハート型のくぼみは、私達が食べているところの反対側にある。

 そういう噂から生徒たちはこの桜の木を、「愛の木」とか「恋愛成就の木」と呼んでいる。


「そんな噂があったんですね。

 あ、あと伊知と呼んでください」


 伊知さんは顔から恐怖は消え去り、目をうっとりさせて呟いた。

 食事を終えると、伊知さんはぐるぐると木の周りを歩き始めた。

 まるでモデルがランウェイを歩いているように優雅だ。


 「あっありました」


 伊知さんは嬉しそうに報告してきた。

 無邪気な笑顔を見せる伊知さんを見て、私も鏡子も口をほころばせた。

 この木の下で告白をして、結ばれた人たちはどのくらいいるのだろう。緊張と好きな人を目の前にした心臓の高鳴り。頬を赤らめ、震える声で、相手の目をしっかりと見て、自分の気持ちを告白したのだろうか。

 そんな想像から覚まさせるかのように、雫が頬に当たった。


「雨です」


 伊知さんは空を見上げて言った。

 荷物を持って、校舎へと逃げ帰る。校舎に入った瞬間、サーと音を立てて雨が振り始めた。

 昼休みを終え、時間の経過と主に雨は勢いを増していた。窓を容赦なくたたき、風が窓に打ちつけていた。

 そんな外の天気と正反対の授業が繰り広げられている。

 戦国の世に手を付け始めてから、先生のテンションがとても高い。重要な人物を事細かく説明している。昨日の私のようだ。一人でずっとしゃべっている。

 一人でずっとしゃべっているが、先生の話は面白く、わかりやすい。度々笑いが起こり、

 笑いが先生のテンションに拍車をかける。

 そんな時、先生はとある言葉を口にした。


 「上杉暗号っていう……」


 先生はチョークを掴んで黒板に直線を引っ張る。縦と横に6本ずつ、網目状に書く。一番上の横列と一番端の縦列に、一から七までの数字を書き、空いたマスにいろはずらっとを書いた。

 いろは……。

 隣を見ると鏡子と目があった。

 鏡子も気づいたらしい。

 私はシャーペンを握ると、黒板を見ながら表を書き写した。

 上杉暗号とは、上杉謙信の家臣である宇佐美定行が考案した暗号。宇佐美定行が記した兵書『武経要略』の「行間篇」という一節に「字変四十八」として紹介されている。

 私は、雨宮さんにもらった日記にはいろはが使われているという点で、この表が使えるのではないかと考えた。

 先生の話がチャイムによって打ち切られる。


「えーもう時間なの! じゃあ、次の授業楽しみにしてる。

 委員長、挨拶」


 委員長が起立、礼と教室に響く声で号令をし、本日の授業は終わった。


「さあさあさあ、部室に行くわよ!」


 早く解読をしたいのか、鏡子は私の支度を手伝った。先に走っていく鏡子を追いかける。


「走ると危ないよ」


 私が注意をするが、聞く耳を持たない。

 廊下はしっとりと濡れていて、滑りやすいのに。

 突然、目の前を走っていた鏡子が姿を消した。


「うぅ、いたい……」


 視線を落とすと、鏡子は思いっきり転んでいた。

 だから危ないって言ったのに。

 鏡子に駆け寄り、手を差し伸べる。


「大丈夫?」


 鏡子は鼻を押さえ涙声で「このくらい平気」と答えた。

 鏡子が私の手を掴み、立ち上がる。鏡子の鼻は赤くなっていた。スカートのヨレを直す仕草をするが、鏡子のスカートはズレ一つない。


「トナカイみたい」


 私がクスリと笑うと、鏡子は恥ずかしそうに俯いた。

 トナカイさん、出番はまだ先です。

 部室につくと、鏡子は鞄を開けて中から箱を取り出した。椅子に腰掛けると箱を開ける。


「じゃじゃん!」


 箱の中には、チョコチップクッキーやチョコクッキー、チョコクランチなど、チョコばっかりのお菓子が入っていた。

 鏡子はチョコ好きなのか。


「鏡子、飲み物何が好き?」

「ブラックコーヒーと、オレンジジュースよ」

「わかった、ちょっとトイレ行ってくる」


 流石にお茶でチョコを食べるのは無理だ。

 私は、財布をスカートのポケットに忍ばせて、部室を出た。廊下の反対側まで進み、階段を降りた。二階まで降りて、本館へとつながる廊下を渡ってまた階段を降りた。本館と西館は、二階と一階の渡り廊下があり、一階の廊下から体育館へとつながる廊下がある。

 廊下といっても、体育館へと繋がる廊下は壁がなく、屋根だけだ。

 体育館の前を通ると、掛け声が聞こえてきた。甲高く力強い声と、ボールが床に叩きつけられる音が体育館から漏れている。体育館前を通り過ぎると食堂に着く。食堂の端に自販機が並べられている。

 自販機には、鏡子の好きなブラックコーヒーもオレンジジュースもある。

 チョコに合うのはブラックコーヒーとオレンジジュースどっちうだろう……。チョコは多分甘いだろうから、苦いほうがいいのかな。でも、オレンジのさっぱりとした甘みもいいなあ。

 自販機の前で腕組みをして暫く。私はお金を投入して、ボタンを押した。自分のオレンジジュースも購入し、急いで部室に帰った。

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