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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
3章 文学少女のしおり
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55話 バレンタイン

 あれから数日。私達は完全に日常を取り戻していた。休んで受けていなかった授業の内容は、川内くんが教えてくれた。ノートを写させてもらって、理解できなかったところは鏡子に聞いたり、先生に聞いてどうにか理解することが出来た。

 冬休み明けのだらけた空気のあった生徒たちは、もうすぐ訪れるイベントに胸を踊らせているようだった。ある生徒は頬を赤く染め、またある生徒は興味のないようにしている様子。

 好きな人へチョコやお菓子を送るイベント――バレンタイン。


 久々に私が登校してきたことを知った伊知さんが遠藤さんを連れて、お昼休みになった途端、私の教室に押しかけてきた。遠藤さんは私を見るなり、ぶっきらぼうに、蚊の鳴くような声で「ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、心配してました。おかえりなさい」と言ってくれた。

 川内くんも呼び、合計五人で一緒に昼食をとることになった。いくつかの近くにあった机をくっつけて、ぐるりと囲う。

 こんな大勢で食べるのは小学生以来なんじゃないだろうか。あの頃は、六人一組の班を振り分けられて、給食の時間になると机を寄せて食べていたから。


「詠せんぱーい、もうすぐバレンタインですよ、バ、レ、ン、タ、イ、ン!」

「そのくらい知ってるよ」

「詠先輩は誰かにチョコあげないんですか? あぁ、友チョコちゃなくて本命チョコですよ!」


 箸を置いて、隣に座っていた伊知さんの肩をポンと叩いた。口に箸を突っ込んだままの伊知さんがこちらを向くと、私は目を閉じて小さく首を振った。


「えー、そんなー!それじゃあ、鏡子先輩はどうなんですかー? 好きな人とか」


 突然の質問に鏡子が目をひん剥く。

 川内くんに無理やりあーんと食べさせようとしていた遠藤さんの箸から肉団子が机の上に落ちた。遠藤さんはくせっ毛のある髪を揺らすことなく、視線を鏡子に移す。

 私以外の視線が鏡子に注がれる。

 鏡子に好きな人がいることは知っているから私は構わずご飯を食べ進めた。


「えーっと……わたしはー……」


 言葉が詰まる。助けを求める視線をじりじりと感じる。私は知らん顔をした。机の下で、鏡子のつま先が私の足をつついてくる。


「あー……ねえ、わたしのことは別にいいじゃない? 伊知ちゃんはどうなの?」


 整った顔をひきつらせ、焦ったように声を絞り出した。

 そんな鏡子とは対照的に、ゆっくりと落ち着いた声で、笑顔で返事をする。


「あたしは友チョコだけですかねー。で、鏡子先輩はどうなんです」

「わ、わたしも……友チョコだけかしらね、ええ、きっと」

「鏡子の好きな人には本命チョコ渡さないんだ、意外」


 私がそんなことをぼそっと言うと、鏡子は顔を真っ赤にして、手をプルプルと震わせた。それから俯いて、うなだれたのかと思うと、眉を釣りあげ怒りの表情を見せる。


「詠ちゃんなんてもう知らないわー! どうして、もう! そういうことを、恥ずかしいじゃないの。ばかばか、ばーか、もうチーズのお菓子あげないんだからー!」


 鏡子は席を立ち、そのまま教室から出ていってしまった。最後のおかずを食べ終えて、一言。


「結構です」


 お菓子ぐらい、買えばいい話だもの。

 お弁当を片付け、私も席を立った。


「ごめんね、部室に()()()取りに行ってくるよ」


 賑やかで、あたたかな教室から一歩外に出ると足がすぐに冷えた。冬も本番の中、好んで廊下で立ち話をする人は少ないだろう。廊下の窓はだいたい開いていて、山から下りてきた風が滑り込んできた。足の間を冷えた空気が通り抜ける。

 私が向かう場所は図書室じゃない。私の予想では図書室にはいない。アリス先輩のところと一瞬考えたが、自由登校の身のため不在。ならやっぱりあそこしかないのだ。

 静まり返った廊下を歩き、ドアの前に立つ。指を引っかけ、横に引いた。


「やっぱりいた」


 鏡子は頭まで毛布を被り、ソファに体育座りをしていた。


「詠ちゃんなんかもう知らないんだから……」


 ふてくされた鏡子は私の顔を見ようとしない。それどころか、私から背を向けて壁の方を向いた。


「好きな人がいるってのバラしてごめんね、チョコのお菓子なんか奢るから許して」


 鏡子の横に座り、幼い子どもを諭すように優しい口調で喋りかける。私の問い掛けにも無視なようだ。私は小さくため息を吐いて、鏡子を後ろから抱きしめた。


 あの日、鏡子とご両親のお墓の前で話してから、私たちの関係性は前よりも深まったものになった。私は鏡子に、二人きりのときだけ抱きつくようになり、鏡子は以前よりも感情がさらに豊かになった。

 

 しばらくそうしていると、鏡子がもぞもぞと動きだし、毛布の隙間から手をだして、鏡子のぺたんこな胸の前で組まれた腕に優しく触れた。首をねじるように回して、私を視界に入れる。


「わたしを怒らせた罰として……」


 目を細めて、口の端を上げて、いたずらっぽく笑った。


「休み時間がおわるまで、そのままでいること」


さっきよりも強く抱き締め、それを返事とした。鏡子も満足そうに頬をゆるめる。毛布に当たってる所はあたたかいが、背中側が寒い。鏡子は、部活の時以外は暖房をつけてくれない。


「鏡子、私も毛布にいれて。寒い」

「さあ、どうぞ」

 

 毛布と鏡子の間には入り、二人で毛布にくるまる。 さっきより、鏡子を感じる。制服越しに感じる女の子特有のやわらかさ。すぐに折れてしまいそうな細いからだを力強く抱きしめて、顔を肩に押し付けた。目を閉じて、ぬくもりとやわらかさに浸る。

食後の満腹感と、鏡子のぬくもり、毛布の温もりに睡魔がやってくる。眠りに一歩一歩近づき、意識が遠のいている時、肩を揺すぶられた。


「そろそろ戻るわよ、おきて」


 やわらかい声で起こされる。

 正直、五、六時間目をサボってこのまま眠っていたい。頭の中でぼんやりとそんなことを考えながらも、私はぐっと腕を天井にあげて、脊椎を一つ一つ外すように背筋を伸ばした。酸素を肺いっぱいに取り込み、吐き出す。そうやって睡魔を飛ばした。


「戻ろうか」


 教室に戻っている時、ふと、鏡子はバレンタインチョコを渡すのだろうかと疑問に思った。鏡子なら、相手のために作っていたが、味見のしすぎでチョコを食べ尽くしてそうな気もする。

凛とした表情で隣を歩く鏡子に訊いた。


「バレンタイン、チョコあげるの? その、好きな人に」


 細い肩をピクリと跳ねさせて、わざとらしく咳払いをして鼻を鳴らした。


「あげないわよ」

「えー、どうして?」


 鏡子は一歩二歩前に出て、長い三つ編みを軽やかに揺らして振り返った。細い人差し指を口元に当てると、


「この思いはまだ、秘めておくのよ」



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