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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
3章 文学少女のしおり
54/86

50話 ずれる歩幅

 翌朝、外に出ると、鏡子が門の向こう側に立っていた。目の端がほんのりと赤く、まぶたが多少腫れているように見えた。三つ編みもうまく結べていないようだ。不安そうな表情を浮かべている。

 あいさつは……いや、あいさつぐらいなら……してもいいかな。

 足を踏み出し、カバンの持ち手を握りしめて階段を降り、門を開けた。鏡子の目を一瞬だけ見て、ボソリと呟く。

 

「おはよ」


 鏡子の顔がぱあっと明るくなり、疲れた目を細めてニッコリと笑う。


「おはよう、詠ちゃん」


 鏡子は何事もなかったかのように、今まで通り読んだ本の話や近所にいた猫の話、お店で新作のチョコ味のお菓子を見つけたことなどつらつらと話し始めた。鏡子の声は左から右へ流れ出る。私は一度も相槌を打っていないのに、鏡子はとまることなく喋り続ける。

 やっぱりちょっとまだ気にしているのだろう。いつもより少しだけ早口だから。喋っていない時間が怖いのか、話題を探しながら口を動かしている。視線が泳ぎ、時たま私の顔を伺うようにちらりと見る。

 私はマフラーをずらして、耳に触れるほどまで顔を埋めた。ポケットに入れたカイロを握り、暖を取る。

 鏡子はの声をラジオ感覚で聞き流し、登校を終えた。


 お昼休みを告げるチャイム。教科書を鞄にしまい、お弁当を食べようとすると、鏡子が私の手首を掴んだ。


「なに?」


 鏡子は私の目をじっと見つめるだけで、言葉を発しない。

 力強く手首を掴んでいるだけ。視線をそらすこともせず、無言で見つめ合う。私はもう一度、さっきより低い声で「なに?」と聞き直した。

 相変わらず口を開かない。ただ、私の手首を小さく引っ張った。

 どこかに連れて行くつもりなのだろう。

 

 賑やかな教室や廊下の前を通り過ぎ、しんと静まる北館まできた。誰にも邪魔されない場所――文芸部の部室に行こうとしているんだ。揺れる三つ編みが、時折私の手首に当たる。

 

 普段放課後までい誰も人がいない部室は廊下よりも寒く感じた。足首に冷たい空気がまとわりついて、指先がつんと痛くなる。机に手を付き、腰を軽く預けて、私は口を開いた。


「なにか言いたいことあるんでしょ」


 鏡子は、私の方を目を真っ直ぐと見据える。


「詠ちゃん、わたし、なにか詠ちゃんの気に障ることしたかしら?」

「別になにもない」

「初詣をご一緒させてもらった時、なにかしたのかなって……」


 鏡子の瞳に陰が落ち、苦しそうに眉を寄せる。

 

「初詣のときは何もなかったよ、楽しかったし」

「じゃあ、詠ちゃんはどうしてそんなにも機嫌が悪いの?」

「さあ」

「教えてくれないの?」

「自分で考えれば」


 邪魔な前髪を耳にかけて、視線をそらす。

 お腹も空いたし、居心地も悪いし、早く教室に戻したい。遠くで生徒たちの声が聞こえてくる。


「もういい? 教室戻りたいんだけど」

「待って」

「今度は何」

「きょ、今日一緒に帰らない?」


 鏡子はどうにかして私とはなそうとしているように見えた。

 体を机から離して、きっぱりと告げた。


「無理」


 

 家に帰り、テーブルに突っ伏していると、玄関のドアが開くと共に「ただいまー」と声がした。

 

「あら、詠、そんなところで何してるの?」


 買い物袋を腕に下げたお母さんが冷蔵庫に食材を入れながら私に話しかける。頭を上げて、「見ての通り」と返事をした。

 食材を入れ終えたお母さんが、私の前に座り、頬杖をつく。


「元気なさそうね。なんかあったの?」

「特に何も無いけど…。例えばの話さ、お母さんと友達が喧嘩したら、お母さんはどうする?」

「んー、そうねー。お母さんは頭冷めるまではずっとイライラしてるわよ。でも、友達と仲直りしたいなーって思ったらちゃんと謝るわね」

「どうやって?」 


 体を起こして、お母さんの方を見た。


「どうやって、って、そりゃ直接よ。直接会って、ごめんなさいって謝るの」

「そうなんだ」

「詠は、友達と喧嘩とかしたことないもんね」

「よくご存知で」


 大きくため息をついて、席を立った。俯いたまま、リビングをあとにする。ゆらゆら揺れるように力なく階段を登り、自室に入った。スマホにイヤホンを挿して、音楽をかける。イヤホンから、ピアノの音が聞こえてきて、心が癒やされる。繊細なピアノの音が心地よかった。

 





 

 

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