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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
2章 文学少女はページをめくる
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番外編 クリスマス

「もしもし、鏡子? 仕事終わった?」

『ええ、終わったわ。もう少しでつくから待ってて』

「鏡子――」


 私がいいかけたときには既に電話は切れていた。八年経っても未だに変わらないこの癖。癖というより、性格なのかな。

 まあ、そういうところもきらいじゃないんだけど。

 冷える手を口元に軽くかぶせて、ふうと息を吐いた。白い息が風に消え、息のぬくもりが冷たい指先をほのかに温める。

 手袋してくればよかった……。

 周りはカップルばかりで、キラキラしたイルミネーションが街を彩り、高層ビルの明かりが悲しく光っている。軽快なクリスマスソングがどこからか流れてきて、街を特別な場所へと姿を変える。

 とびっきりお洒落をした女性が幸せそうに恋人と腕を組み、もしくは手をつないで笑みを浮かべている。皆笑顔だ。

 寒いのに、寒さを感じさせない幸せそうな人々の暖かさがここにはある。

 後ろで光り輝く大きなクリスマスツリー、多くのカップルはそこでツーショットを撮っている。

 

 スマホを確認すると、八時を回っていた。

 白いマフラーで口元を隠して、辺りを見回す。鏡子はまだなのだろうか。

 早く会いたい。

 冬の冷たい風と空気がきゅっと胸を締め付ける。なぜか、鼻の奥がツンとした。

 私の視界に天使が現れた。人の流れに逆らって、こちらに飛んでくる天使。桜色のダッフルコートを着て、花のような笑顔を咲かせて、長い三つ編みを軽やかに揺らしている。

 ゆっくりと脈打っていた心臓は、速度を上げ、血液が全身に熱を運んだ。

 天使が近づいてくる。

 天使の周りだけ別の空間で、白く清らかに輝いているようだ。


「詠ちゃん!」


 鏡子は私の名前を呼んで、人目も気にせず、私を抱きしめた。鏡子の細い肩が私の唇とぶつかる。鏡子の髪の匂いが鼻孔をくすぐり、幸せな気持ちになった。ゆっくりと体を離し、見つめ合う。


「会いたかった」

「待たせてごめんなさい」

「いいよ」


 視線を絡ませ、私はふっと笑いを漏らした。鏡子は満足そうに微笑み、私の手に手を伸ばした。あたたかな手が、私の手の甲に触れて、鏡子は一瞬ビックリしていたけれど、すぐに手を繋いできた。


 それからイルミネーションを見て、少し遅めの夕食を食べ、ケーキを買ってから家に帰った。テーブルの上にケーキの箱をおいて、ソファに腰掛ける。


「コートを着たまま、ソファに座らないの。ほら、脱いで」


 注意され、コートを脱いで、鏡子に手渡した。

 鏡子は困ったように微笑み、コートを受け取って、ハンガーに掛けた。それから私の隣に座って、肩を寄せ合う。

 

「外はクリスマスムード一色ね、わたしたちもケーキ食べましょう。おなかすいちゃったわ」

「そうね、ケーキ食べよっか」

 

 チョコケーキとチーズケーキ。

 

「詠ちゃん、あーん!」


 鏡子がフォークに一口サイズに切ったチーズケーキを刺して、私の口元に持ってくる。鏡子の顔が近くにあって、ちょっと恥ずかしい。


「ほーら、あーん」


 早く口開けて、と言わんばかりにフォークを突きつけてくる。私は、頬が熱くなるのを感じながら口を開けた。

 同棲をはじめてから、鏡子と過ごす時間は学生の頃より圧倒的に増えたが、ドキドキしっぱなしだった。交際を始めてから八年ほど経とうとしているのに、鏡子はどんどん可愛くなって、まったく慣れない。

 唇にフォークが軽く触れ、ケーキが口に入る。上唇を閉じて、ケーキをフォークから離すと、フォークが口から抜かれた。

 甘いチョコの味が口内いっぱいに広がる。酸味のあるイチゴが甘さを軽減して、スッキリとさせた。

 さて、私もチーズケーキを食べよう、そう思って、フォークを手にとった。しっとりとしたチーズケーキを切り取り、フォークに乗せた。


「いただきま――」

「詠ちゃん」


 食べようとした時、鏡子が私の名前を呼ぶ。振り向くと、鏡子が上目遣いで私の目を見つめた。

 さっき、鏡子は私に「あーんして」と言ってきた、つまり、私も鏡子に同じことをすればいいということなのだろうか。たぶん、そうなのだろう。

 つい、頬がゆるむ。


「はい、あーん」


 フォークを差し出すと、鏡子はにんまりと微笑み、唇をひらいた。ピンク色の唇から微かに白い歯が覗く。


「あーん!」


 魚が餌に食いつくようにパクリと食べた。


「んふふー、美味しい、ありがとう!」


 鏡子は満足したようで、チョコケーキを食べ始めた。

 

 ケーキを食べ終え、私は緊張していた。冷静を装うのは得意だから鏡子にはバレていない、と思う。失敗する自信はない。しかし、やっぱり緊張するのだ。

 鏡子もケーキを食べ終えて、ソファに体を預け、小説を読んでいた。私はスマホを触るふりをしながら、脳内で何度も繰り返しシミュレーションをする。

 大丈夫、落ち着け。私ならできる。

 体がガチガチに固まり、つばを飲み込むこともなかなかできなかった。時計の針だけが進み、時間が過ぎていく。

 そうこうしているうちに、鏡子は小説を読み終えたようで、本をテーブルの上においた。

 チャンスは今しかない。


「ね、ねえ鏡子」

「なあに?」


 鏡子が体を起こして、私の方を向く。私は、ポケットから小さな箱を取り出した。


「あら、それはクリスマスプレゼントかしら」


 白い頬がほんのりと赤く染まっている。

 指先の震えを隠しながら、鏡子の澄んだ瞳を見た。手のひらにのせた桜色の箱を丁寧に開ける。指輪が一つ。鏡子が寝ている間に指のサイズを測ったり、デートしている時、鏡子が「みてーこの指輪かわいい」って言っていたデザインを覚えていた。そんな感じのデザインの婚約指輪を探して、買ったのだ。

 鏡子と出会って、私は幸せだった。喧嘩したこともあるけど、私はずっと鏡子が好きだ。


「鏡子、私と結婚してくれないかな」


 鏡子の目が大きく見開かれ、頬が更に赤くなる。指輪と私の顔を交互に見て、私が小さく頷くと、瞳が潤んだ。目尻を指の背で優しく拭い、私を見つめたまま、涙を含んだ声で言う。


「ええ、もちろんよ。ずっと詠ちゃんといたいと思っていたもの。嬉しいわ。ありがとう」


 儚く微笑む鏡子は、今まで見た鏡子より美しい。鏡子の涙に、つい、私も泣きそうになる。泣き出しそうになるのを我慢しながら、箱から指輪を取り出して、鏡子の手に触れた。あたたかくて、綺麗でやわらかな、大好きな人の手。左手の薬指に、そっと、指輪をはめる。

 蕾がふわりと開き、花を咲かせるように、鏡子が涙をこぼしながら笑う。

 私もポケットから指輪を取り出して、指につけようとすると、鏡子は「わたしがするわ」と目で合図をしてきた。涙で濡れた手で私の手を掴み、薬指に通す。

 ああ、鏡子と同じ指輪してる……。嬉しくて、心がくすぐったくて、また涙が滲んできた。

 鏡子を抱き寄せ、力強く抱きしめる。泣き顔を見られないように。

 

「詠ちゃん、わたし、幸せよ」

「……ん」

「詠ちゃん、だいすき」


 もう、だめだ。

 涙が目尻からこぼれていく。喉が引きつるようにチクチクと痛くなった。嗚咽が漏れて、もっと強く抱きしめた。私の背中を優しく撫でて、「よしよし」と慰めてくれた。

 またちゃんとお母さんに報告して、鏡子の両親のところにも挨拶に行かないと。


 しばらく抱きしめあったあと、ゆっくり体を離して、お互いを見つめ合った。甘い視線が絡み、顔を近づけた。





 

 

 


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