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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
1章 文学少女は本を胸に抱く
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4話 伝えられなかった言葉

 朝、いつもより少し遅れて鏡子が教室に入ってきた。頬は紅潮し、肩で息をしている。

 手には無地の封筒が握られていた。


「ラブレターでももらったの?」


 私が聞くと、鏡子は息を整えながら首をぶんぶん横に振った。


「ポストに……はぁ、入ってたのよ」


 あら、なんと。ゴールデンウィーク直前、鏡子が数日もすればポストに入っていると言っていたが本当にそうなるとは。よくあのポストを見つけたなあと思う。

 鏡子は私のもとへ駆け寄ると、嬉しそうに封筒を開けた。中に入っていた便箋は白く、黒の文字が目立っている。



 一年四組、雨宮あまみや伊知いち



 内容は書かれておらず、学年組名前だけだった。裏面を確認したり、封筒の中を覗いてみるが便箋はこれしか入ってないようだ。


「これ、いたずらじゃないの?」


 鏡子は納得がいかないのか、首を傾けたまま返事はなかった。

 いじめっ子が、いじめている人の名前を使って遊んだりと珍しいことではないし、今回もその可能性だってありえる。

 もし、誰か他の人に見られたらということを考えて内容を書かなかったという可能性もあるかもしれないが、せめていつどこで待ってますとか書いてほしかった。


「どうする?」


 鏡子は三つ編みの先をつまんで指で遊びながら、手紙を見つめている。鏡子の唇が小さく開き、答えを出した。


「お昼に、雨宮さんのところに訪ねてみましょう」

「わかった」



 あっという間にお昼休み。

 弁当を広げ、鏡子は無言でご飯を食べ始めた。普段なら食べて飲み込んで喋っての繰り返しで、食べ終わるのはかなり遅いのに。

 私も黙ってご飯を食べる。人と食事をすると、一人で食べていた時より美味しく感じる。

 しかし、こうも無言だと一人で食べていたときと何も変わらず、むしろ気まずさもあってご飯の美味しさは半減した感じがした。

 冷えたおかずを胃へと流し込む。

 五分もすると鏡子は食事を終えて、弁当を片付け始めた。

 早い。

 私も残りの弁当を食べてしまい、片付けた。


「さあ、行きましょう!」


 初めての依頼に鏡子の気合の入り方もすごい。鏡子の後ろにメラメラと激しい炎が燃えているようだ。

 階段をのぼり、一年生の階へ。

 一年生の階に、他学年の人が来たときの注目度は異常だと思う。不審者や侵入者を見るような視線を送ってくる。

 私だけが感じているのか鏡子はケロッとして廊下を進む。

 ちがう、私達は怪しい者じゃない。カツアゲをしに来たわけでもないの。ただ用事があって人に会いに来ただけなんだ。と心の中で言い訳を垂れ流す。

 階段から教室までの数十メートルの道のりが何キロにも感じた。

 教室の前につくと鏡子は、ドアから顔を覗かせた。

 一年生は教室で食べている人が多い。というのも、食堂は二年生や三年生が多く、威圧を感じて中々行くことが出来ないのだ。私達からすればまったくそんなことしているつもりはないのだが、先輩後輩という立場のせいか威圧を感じる生徒もいるらしい。


「雨宮伊知さんっていらっしゃいますか?」


 鏡子がドアのそばで食べていた男の子に声を掛けると、男の子はうしろを向いて、

「雨宮、来客」と叫んだ。

 一人の生徒が立ち上がる。

 女装した男の子かと思った。

 栗色のショートヘアで背も高くて、中性的な顔立ちで一瞬わからなかった。

 後ろのドアから出てきて私たちに駆け寄る。


「はい、なにかご用ですか?」


 ちょっと低めの落ち着いた声で用件を尋ねてくる。

 鏡子は何も言わず、スカートのポケットから便箋をちらりと見せた。怪しげな取引の現場のようだ。

 それを見た雨宮さんは理解したようで、私達をどこか連れて行く。

 雨宮さんに連れてこられたのは裏門の前だった。前日の雨で地面がぬかるみ、水たまりをあちこちに作っている。木々や校舎の陰になって日当たりは悪く、水はけも悪いらしい。

 雨宮さんは誰もいないことを確認すると、口を開いた。


「暗号を解読してほしいんです」

「暗号?」


 鏡子が首をひねると、雨宮さんはポケットから折りたたんだ二枚の紙を取り出した。

 鏡子が紙を開いて、中を見る。私は、鏡子に頭をあずけて覗き込んだ。



 一枚目。

 六月十三日

 イチニルニワハワニヲハワトヲイヌロヲハヲイリヘワハヲトヲロヲヘヌ小イヌイワ。

 ハワハカヘヲニルホヌハルロルトルニヲ、イワハカロヲホルニチハカイリハヲイヲヘルヘカホヌロヲハリ。

 イカヘヌ小イヌホカ、ハチヘルニチニヲロチトチイリハワヘヲイワトヲハワトルハヲトヲイリホヌロワ。


 二枚目。

 八月十五日。

 イカヘヌ小イヌニルイヲニワヘワ、ニチホリトルニヲホヌロリハワロヲヘヲホヌロヲハリ。

 イチニルニワハワニルロワイワトヲハリトヌ、ニワハワホワハヲトヲイリイリイワヘルホルハリイリハヲトヲロワ。



 なんだこれは。

 カタカナばっかりじゃないか。


「なにか手がかりとかはないのかしら」


 暗号を目で何度も追いながら雨宮さんに聞いた。雨宮さんは申し訳なさそうに首を振る。


「それがみあたらなくて」

「そう……」


 雨宮さんは、私達を探偵かなにかと勘違いしているのだろうか。


「これはどこで見つけたの?」

「曾祖母の日記です。それをあたしが書き写しました」


 そんな日記一体どこから……。

 雨宮さんは銀色の腕時計をちらりと見た。


「すみません、次西館での授業なので、先失礼します!」


 私達に頭を下げると、雨宮さんは長い足を前に伸ばして校舎へと戻っていった。



 午後の授業が始まったが私は授業そっちのけで暗号解読に集中していた。

 白髪の先生の呪文を聞きながら、授業を受けているフリをする。教科書とノートを開き、

ノートの上に手紙を置いて考えていた。

 鏡子も私と同じようにしている。

 一枚目の日記を鏡子が、二枚目の日記を私が解読することになった。

 日記を眺めているうちにあることに気づいた。「小」という漢字が含まれている事だ。

 その前後どちらかの文字が小文字になるということだろう。

 三十分近く眺めてそのくらいのことしかわからなかった。

 鏡子は、解読できたらしくノートにシャーペンを走らせてた。書き終わると、中から本を取り出して膝の上に置いて読み始めた。

 あんな暗号をもう解いてしまうなんて。これから名探偵鏡子と呼ぼうかな。

 昼食後と先生のゆったりとした口調のせいか夢の世界へと旅立っている人が多い。

 先生はチョークで黒板に問題を書くと、咳払いをした。


「ここの問題を……今日は五月八日だから、十三番の人」


 問題をチョークでコンコンと叩いて、先生が十三番の人を当てる。


「はっ、はい!」


 隣で焦った声がして、椅子を後ろに下げた。

 鏡子は開いたままの本を太ももと机で挟んで、落とさないように押さえていた。

 しかし、スカートの生地のせいで少しずつ下へと本がずれていく。

 早く答えないと落としてしまう。

 鏡子の顔はずっと下を向いていたから、問題を見たのは初めてだろう。

 助け舟を出してあげたいところだけど、私はその問題を解くことが出来ていない。

 数学と化学は私にとって相性が悪い。

 中学生の頃歌で元素記号を覚えたけどそれ以外はさっぱりわからなかった。高校一年生の時、教え方がうまいと定評のある先生に二時間近くマンツーマンで教えてもらったがだめだった。その時は理解できたが、家に帰るときれいさっぱり忘れていた。


「えーっと……」


 鏡子、頑張って。

 鏡子は机の下に隠れている指をすばやく動かしている。数秒後、口から呪文が飛び出した。

 先生の目尻にしわが刻まれた。


「正解です」


 鏡子は手で本をキャッチすると椅子に座った。

 先生が説明を終えると、頭上でチャイムが鳴った。寝ていた人もチャイムに起こされて体を起こした。

 放課後、部室で鏡子がノートと手紙を見せてきた。自信満々の笑みを浮かべている。


「わたしの名推理に驚くはずよ。将来は探偵事務所でも作ろうかしら」


 ノートを見ると、頓珍漢な文が書かれていた。

 いちにハニワ、ハワイに犬を連れて行け。

 子犬はいいわ。ハワイの墓を掘ると……。

 見開き二ページ渡ってつらつらととにかく意味のわからないことばかり。これこそが暗号なのでは。


「鏡子も暗号かいたの」


 私が冷やかすと鏡子は唇をへの字に曲げた。


「ちゃんとした推理よ」


 これじゃ名探偵ではなく迷探偵だ。


「一から説明してくれるかな」


 私が説明を求めると、鏡子は身振り手振り全身を使って解説する。小説の読みすぎて頭おかしくなったのではないかと心配になった。

 一度病院に連れて行ったほうがいいのかもしれない。説明を終えると、鏡子は顔を真っ赤にして肩を大きく上下に揺らしゼエゼエと息をした。


「いい病院あるけど、紹介しようか」


 私は鏡子の熱い炎を水で鎮火するような冷たい声で言った。

 鏡子はふんとそっぽを向く。

 へそを曲げた鏡子を放置し、私は机の上に置かれた二枚の日記に触れた。天井に向けて、紙を透かしてみたり、二枚を重ねてみるが、なんの糸口も見つけられなかった。


「曾祖母ってことはだいたい七十年以上前よね?」


 拗ねていた鏡子の顔は、真剣な表情に変わっている。

 雨宮さんのお母さんが雨宮さんを生んだ歳を二十五歳する。雨宮祖母が雨宮母を生んだのを同じく二十五歳とする。雨宮曾祖母が雨宮祖母を生んだのを二十歳する。合計で、丁度七十年か。多少の前後はあるだろうけど、だいたいそのくらい前になる。今から七十年ほど前といえば、第二次世界大戦始まる前か真っ最中かその後。

 出産年齢を全員二十歳としても戦後十年ほど。


「そうだね、そのとおりだね」

「でしょう!」


 鏡子はどうだ、名推理でしょと言わんばかりに鼻を鳴らして、いじわるな笑顔を浮かべた。椅子を引いて腰かけると、二枚目の日記にかかれている「八月十五日」の文字を指差した。健康的なピンクの爪が「五」の字に被っている。


「詠ちゃん、八月十五日は何の日?」

「与謝野晶子の『みだれ髪』の発刊日」

「合ってるけど違うわ」

「じゃあ、薩英戦争が始まった日」

「違うわ、もっと歴史的な日よ」


 ふざけるのはこのくらいにしておこう。鏡子の声に棘が混じってきた。


「第二次世界大戦終戦日、正午に昭和天皇が「戦争終結の詔書」をラジオを使い玉音放送で流した」

「そうね、その日は――」


 鏡子の声を遮って、話を続ける。鏡子の口は開いたまま、私の声を聞いていた。

 たまには私も多く話したいこともある。


「実は前日に録音したもので、当日に喋ったわけではない。初めて聞いた天皇の声に驚いて想像と違う声にショックを受けた人もいたという」


 私は、大きく息を吸ってまた喋り始める。


「当時首相が鈴木貫太郎じゃなかったら、本土決戦で日本はどっちみち日本は負けて、今の日本はなかっただろうと言われている」


 饒舌にしゃべる私を止めることなく、鏡子はじっと耳を傾けてくれていた。


「戦後、東条英機は大東亜戦争の遂行責任者として死刑を受け、悪い立場として教科書に載っているけど、私は英雄だと思う」


 そのあとしばらく、東条英機が英雄だと思う理由を述べていった。戦争のことについて三十分ほど話した時、ようやく口を閉じた。

 その間鏡子は、一度もよそ見をせず、私をじっと見て黙って聞いていた。

 お母さんが子どもの話しを聞くように優しい笑みを浮かべて時々頷いて相槌を打っていた。

 私が喋り終えたと分かると鏡子は、「とても詳しいのね」と言葉を漏らした。長く喋っていたことへの皮肉を込めた褒め言葉ではなく、素直に出た真っ直ぐな感想だった。


「第二次世界大戦についてわたしより詳しいんじゃないかしら。

 今日の帰りに、もっと詳しく聞かせて」


 なんでも知っている鏡子だと思っていたが、鏡子にも知らないことがあるのだと知った。

 それがなんだか嬉しかった。


「この日記、戦争のことについて書いてあるんじゃない?」


 その可能性は十分ありえることだ。仮にそうだとしても、まだ内容を解く鍵がない。


「ほかに仮定を作るとしたら?」


 しかし、そればかりに焦点をおいていたら、それに囚われてしまう。だから他に選択肢が欲しかった。

 意見を出し合って選択肢を増やしていった結果、三つの仮説を作ることが出来た。

 一つ目、戦争が絡んでいる説。

 二つ目、日付がヒントになっていて、とある数分ひらがなをずらして読み解いていく説。

 三つ目、とあるカタカナを消して読んでいくと文が分かる説。

 その仮説を立てた後私はあることに気づいた。


「これ、決まったカタカナしか使われてない」


 私がそう呟くと、鏡子は鞄からノートを取り出した。使われているカタカナを書き出している。

 その時、部活時間終了の放送が流れた。


「続きは明日にしましょう。

 頭使うことだから、明日はお菓子持ってくるわね」


 それはただ単に食べたいだけなのでは。

 校舎から出ると「あの話を聞かせて」と鏡子は話を振ってきた。にやけそうな顔を必死に制御し、さっきよりも詳しく伝える。

 夕日は完全に沈み、夜を迎えていた。ダークブルーの空に白い星がいくつも浮かんでいる。

 戦争が始まった原因やら、真珠湾攻撃のときの被害や、日本が優勢だった頃のすごさ、陸軍海軍の話もした。暗い話ばかりではなく、

超人と言われた軍人の話や、アメリカの軍人と日本人のあたたかな話もした。

 鏡子は、私の話にリアクションを返してくれた。気になったことがあれば、質問もしてくれて、話していて気持ちが良かった。

 私のこんな話に興味を持ってくれる人がいたと認められた気持ちになった。分かれ道のところに来てもまだ止まらない私の話を鏡子は何も文句をたれず聞いていた。

 鏡子は早く帰りたいと思っているかもしれない、と心の中で思いながらも、口は動くことをやめなかった。

 勢いは収まり、口をつぐむと鏡子は目を細める。


「ありがとう、全部話し終わったの?」

「終わったよ」


 正直言うとまだまだ残っている。


 鏡子は私の答えに満足したようで、くるりと背中を向けた。数歩歩いて、後ろを振り返る。


「明日も続きを聞かせてね、約束よ」


 と言い残してまた前を向き歩き出す。

 私は呆気にとられ、しばらくそこに突っ立っていた。

 鏡子の瞳は全てを見透かすようだ。さっきの発言も、私が全て話し終えてないことを察していたということだ。

 私の心が筒抜けのような気がして、恥ずかしく思う。

中学のときの話は、私が実際に体験したことです。

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