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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
2章 文学少女はページをめくる
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45話 聖なる朝に唇を

 左腕が自由に動かない。

 昨夜、寝る前に繋いだ手は朝になっても繋がれていて、それどころか、鏡子は私の腕にしがみつくように抱いて眠っていた。鏡子のやわらかな頬が腕に押されて、いつもよりブサイクな寝顔になっている。ブサイクというより、ぶちゃいく、といったほうが似合っているかもしれない。

 スマホで時間を確認すると朝の六時を過ぎたところで、カーテンを静かに開けると、辺りはまた夜を残していて、朝は東の空を微かに滲ませている程度だった。

 窓から流れてきた冷えた空気が私の頬や指先に当たって体の熱が奪われる。体を震わせると、カーテンは開けたまま、掛け布団を口元まで覆う。体をほんの少しだけ鏡子の方に寄せた。

 もう少し、もうあと少しだけくっついてみよう。寒いから仕方ないよね……。

 鏡子を起こさないように体をもう少し寄せると、鏡子が「んん……」と声を漏らす。そして、長いまつげが微かに動くと、まぶたが時間をかけて持ち上がった。大きな黒い瞳が右から左、左から右へと動いて、また元の位置に戻ると、私を見て「おはよう、詠ちゃん」とかすれた声を出した。


「おはよう」


 鏡子の顔が固まる。

 視線が下にずれて、首筋から頬にかけて段々を赤みを帯びる。私を握る手に力が入り、腕に触れていた手が、確かめるように私の二の腕や手首周りを触ると、なにか言いたげに唇を動かした。

 私の顔をチラチラ見ながら、手の力を解いて手を引っ込める。


「ごめんなさい……」

「いいよ」

 

 鏡子と手をつなぐのなんて、あれが初めてじゃないのに鏡子があんなに恥ずかしがるなんて。

 かわいい。

 含み笑いが口の端から漏れて、鏡子が頭にハテナを浮かべる。


「どうしたの? 詠ちゃん」

「なんでもないよ」

「そう、ならいいのだけれど」


 朝食までまだ時間はかなりある。


「鏡子、二度寝する?」

「わたしは大丈夫よ。しっかりと睡眠を取れたから。でもまだお布団の中にいたいな」

「そっか」


 そう答えると、鏡子は私を背に横を向いた。つややかな黒髪が広がる。触れたい。それまであった眠気は鏡子の髪に触れたいという気持ちにかき消される。布団の中で温めていた手を抜き、驚かせないように優しく髪に触れる。髪をすくい、手ぐしでといていく。寝起きで少し髪が絡まっている所もあるが、指を何度か通せば絡まっているところは解けた。鏡子の普段使っているシャンプーの匂いと、私の使っているシャンプーの匂いが混ざっている。

 いつまででも触っていたい、飽きない、鏡子の髪が好きだ。

 朝日が顔を出してきたようで、やわらかな日差しが部屋を満たしていく。背中に日が当たり、背中があたたかい。

 また、眠気が私に襲いかかってきそう。


 鏡子が穏やかな笑みを浮かべて私の頭撫でていた。もう片方の手は私の手をきゅっと握っている。

 結局、私は眠気に勝てず、寝てしまっていたようだ。かすれた声で「おはよう」というと、頭を撫でながら「おはよう、詠ちゃんはいつも二度寝をするのかしら」と小さく笑った。

 まだ少し眠いのと、鏡子に撫でられるのが心地よくて身を任せる。

 うつらうつらしていると、ドアを軽くノックする音が聞こえ、寝起きのお母さんが顔をのぞかせた。撫でる手は止めて、体をお母さんの方向に向ける。鏡子は私の手を握ったままだった。


「おはようございます!」

「あら、鏡子ちゃんおはよう。詠は起きてる?」

「はいっ、ついさっき」

「ふたりとも、朝ごはんはもう食べる?」


 私と鏡子は同時に口を開き、「うん」「はい」と答えた。


「わかったわ。じゃあ出来たら呼ぶわね」


 お母さんが静かにドアをしめて、軽快な足音を鳴らして階段を降りた。足音が消えると、鏡子はまた、私の方を向いてをやわらかく、ゆっくりと頭を撫で始めた。


「鏡子ってさ、私の頭撫でるの好きだよね」

「ええ、好きよ。詠ちゃんの髪は撫でなくなってしまうの」


 私から話しかけたけど、その返事に恥ずかしくなってしまい、口をつぐんだ。



 朝食を済ませて、パジャマから服を着替える。鏡子は三つ編みをゆるく結んで、白のセーターに黒のタイトパンツという服装だ。服を着替えると、リビングに降りて、まったりすることにした。テレビの横にある大きな窓から空がよく見える。

 天気はあまり優れず、青は空の一割程しかない。それでも鏡子は嬉しいのか、季節外れのひまわりみたいな眩しい笑みを浮かべた。雲は灰色で重たそう、ホワイトクリスマスも夢じゃない。

 ソファに座り、リモコンの電源ボタンを押してテレビをつける。クリスマス当日ということもあり、やはり番組はクリスマスの事ばかり。

 隣に鏡子が座り、片手には本を持っていた。ブックカバーがされているため、タイトルは見えないが一五〇ページほどで薄い。

 お母さんも着替えを済ませて、メイクもバッチリ決めていて、心なしかいつもより美人に見えた。仕事に行く服装ではなさそう。……恋人ができたのだろうか。

 

「お母さん、紫さんとちょっとお話してくるわ。すぐもどってくるから」


 鏡子の肩がピクリと跳ねる。肩にのっていた三つ編みが滑り落ちた。

 そういえば、半年前ぐらいに私が紫さんとでかけたとき、お母さんは「紫さんともっと話したかった」と拗ねてたっけ。

 お母さんが「いってくるわね」とでかけていった。鏡子はテーブルに本をおいて、テレビの方に顔を向けて、独り言のように呟く。


「紫さんって人……」 


 声はかすかに震えていた。

 知っている人なのだろうか。

 私の担当者さんだったなんて言えないし、適当に誤魔化すか……心は痛むけど。笑顔を作って、鏡子にお母さんの友達で、結構仲がいいみたいだよと説明をした。嘘は言っていない、はず。お菓子とか交換してたり、話もよく盛り上がってたりしたし。

 鏡子はいまいち納得してない様子だが、うーんと唸って、「そっか」と自分に言い聞かせた。

 それからテレビの方を向いて、ニュースの内容を拾って、私に話題を振る。


「詠ちゃんみて、イルカがプレゼントボックスを持って行って、男の子に渡したわ。ほら、プロポーズ! 素敵ね……。ねえ、詠ちゃんはいつか結婚したいとか思う?」


 突然の質問に、私は言葉に詰まった。結婚とかあんまり考えたことがなくて、ただほんやりと、甘い考えなのはわかってるけど、いつか結婚出来ると思っていたから。

 首の後ろを手で触って、テレビの方に視線を移す。

 テレビは、若い男女が抱き合い、女性は涙を流しているところだった。プロポーズは成功したらしい。

 結婚……。したくないわけじゃないのかもしれない……?

 鏡子を瞳を写すと、鏡子は頬に笑みを浮かべる。


「結婚、したくないわけじゃないかな。鏡子は?」

「わたしも、そんなにかな。できたらいいな、ぐらいよ。今は詠ちゃんと一緒にいる方が楽しいから」


 可愛らしくはにかむと、頬に手を当ててうっとりしていた。

 鏡子は素直だ。私なら言えないような本音をサラリと言ってしまう。私は、鏡子の笑顔が直視出来なくなって、テレビに視線をずらした。

 涙を流していた女性は、泣きやみ、男性と熱いキスを交わしているところだった。

 キスって、どんな感じなんだろう。初キスはレモンの味とかなんとか聞いたことあるけど事実なのだろうか。


「ねえ、鏡子」

「なあに?」



「キス、してみない?」



 キスしてみない? 私から出た言葉に自分自身驚いて、口元を手で覆った。恐る恐る鏡子を見ると、さくらんぼのように真っ赤で、唇をわなわなと動かして、私と視線が絡むと小さく頷いた。

 


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