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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
2章 文学少女はページをめくる
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44話 重なる手

 夜の十一時を回った頃、私はベッドにパソコンを持っていって、寝っ転がった。顎の下に枕を置いて、パソコンの電源ボタンを入れる。

 ログインすると、私は鏡子に視線を向け、話しかけた。

 

「鏡子、私時々息抜き用に小説書いてたんだけど、読む?」


 テーブルで冬休み課題を広げて、問題をを解いていた鏡子は手を止めて、ぐーっと背伸びをする。シャーペンを筆箱にしまうと、立ち上がった。ゆるく波打つ髪をひいてベッドにこしかけた。

 長い髪を耳にかけて、私をちらりと見ると嬉しそうに口元を緩める。


「読ませてもらうわ」


 ベッドに転がり、私にピッタリとくっついて画面を見る。肩と肩がぶつかって、鏡子の髪から私と同じシャンプーの匂いが漂ってくる。匂いだけじゃない、体温もぶつかっている肩に感じる。

 スクロールをプロローグの最初まで移動させて、鏡子のほうにパソコン画面を傾けた。


「はいどうぞ」

「ふふ、どんな話か楽しみだわ」


 緩んでいた頬は締まり、口を固く閉じた。穏やかさのあった瞳は冷静さが滲む。丸い瞳が上下に小刻みに動き、文が読み進められていく。

 私は、鏡子の様子を黙って見つめていたが、内心焦りと恥ずかしさに心臓の鼓動が早くなっていた。

 時計の針が一秒一秒、時間を刻む音が空気を揺らす。

 そういえば……鏡子、私の文を読んだことあるんだっけ。部活で書いた適当な文章じゃなくて、ちゃんとした小説。ゴールデンウィークに鏡子にもらった私の小説――『しおりのゆくえ』。文章を何度も直したから、最初よりかなり文章が変わってしまった部分もあるけど……。

 鏡子はあの文をどう感じたんだろう。

 右も左もわからず、想いのままに書き綴った小説を、鏡子は読み終えた時、なにか感じたのだろうか。

 私の指先が震えた。指先がスマホに当たっていて、メールかなにかを受信したのだ。スマホを引き寄せて、確認する。画面を見てみると、アリス先輩からだった。


『今日からキョーコとお泊りだって? ()()()は起こしちゃ駄目よ』


 この先輩、私のことを何だと思ってるの? そもそも、私は同性に興味が――。

 いやまて。興味が、無いとは言い切れないかもしれない……。どちらにせよ、私はそんなことしません。

 私は、スマホを持つと、指を滑らせて文字を打った。


『私はそんなことしませんよ。鏡子だってもしかしたら以前に言ってた好きな人とくっついて、恋人になってるかも知れないじゃないですか。いなくてもしないけど……』


 すぐに既読はついて返事が返ってきた。


『キョーコに恋人なんていないわ。仲は、そうね……まあ相変わらずってところじゃないかしら』

『そうなんですね』

『ヨミ、キョーコに恋人ができたんじゃないかって焦ったの?』

『そんなことあらませんよ』


 しまった、誤字に気付かずに送信してしまった。


『図星ね、まあせいぜいがんばりなさいな。じゃあ、アタシは千早とおねんねの時間だから』

『おやすみなさい』


 このやり取りだけで疲れが多少溜まった気がする。

 思わずため息が漏れた。

 タスクキルをして、またスマホを元の位置に戻した。アリス先輩とやり取りをしている間も鏡子は画面から一切目を離さず、ひたすら私の書いた文を味わっている。

 まだ書きかけの所まで読み終えた時、ゆっくりと瞬きをして、薄く唇を開くと細く長くため息を吐いた。

 目だけ、私をちらりと見て、口角を上げる。


「詠ちゃん、素敵よ。清らかで、砂糖のように甘いんだけどしつこくなくて。わたしは好きよ」

「ありがとう」


 お気に召されたようで、なによりです。

 それから鏡子は、パソコンを私の方に向けて、タッチパッドで指を左から右になぞって、冒頭部分まで戻した。鏡子はさっきよりも私に体をくっつけると、画面近くに細い指を持っていった。


「ここ、四行目のところ、会話文じゃなくて地の文にしてみてはどうかしら」


 鏡子に言われるがまま、地の文に書き直して、一から目を通す。今まで感じていた違和感はなくなって、読みやすくなっていた。

 

「うん、よくなった!」


 可愛らしい笑みを浮かべて、私を見た。

 そろそろ寝ようか、と声を掛けると「そうね」と返事が返ってきて、部屋の電気を消した。

 目を開けていても閉じていても大して変わらない暗さ。ぶつかったままの肩。鏡子が隣にいるんだと強く意識してしまう。薄いカーテンから漏れるぼんやりとした月明かりが鏡子の横顔にかかっている。何度見ても息をすることを忘れてしまうほどきれいな横顔をしていると思う。

 毛布のあたたかさと鏡子が隣りにいるという安心感で、いつもよりも早く寝付けそう。意識が遠のいてきた時。


「わたしの両親ね」


 鏡子の落ち着いた声が私の意識をすくい上げる。

 鏡子の澄んだ瞳が月明かりの宿して輝き、一呼吸置いて、もう一度、


「いいえ、なんでもないわ」

「うん」

「わたしの幼い頃の話をしてあげるわ」


 思い出をなぞるように、まぶたを少し閉じて、ゆったりとした口調で幼い時の思い出を話し始めた。

 

「ずっと本ばかり読んでいたわ。お父さんも暇さえあればわたしを膝に乗せて世界のいろんな絵本や小説を読んでくれたのよ」


 口角が上がっていて、本の話をする時ぐらいに楽しそうな声だった。

 

「本に囲まれた生活で、幼稚園でもお友達と遊ぶより、本を読んでいたそうよ」


 お父さんと本を一緒に読んだり、お母さんとお菓子を一緒に作ったりしていたらしい。話を聞く限りとても仲の良い家族。

 鏡子の話が終わったあと、私の心の中は温かいなにか、ミルクのような甘いもので満たされていた。

 お腹の上に置いていた手をおろした時、鏡子の手と当たった。同時に「あっ」と声が漏れ、目が合う。目があったまま、手の甲がぶつかったまま。

 鏡子の手が、私の小指側を滑り、手のひら側に滑り込む。

 

 一瞬呼吸を忘れる。

 小指と小指がくっついて、薬指と薬指がくっついて、中指と中指がくっついて……手のひらまでピッタリとくっつく。鏡子のほうが一回りぐらい手が大きくて、細くて。

 鏡子の頬が微かに色味を帯びる。

 合わさっていた鏡子の小指が私の薬指と小指の前に滑り込んで、鏡子の薬指が私の薬指と中指の間に滑り込んで、鏡子の中指が私の中指と人差し指の間に滑り込んで……。鏡子の親指が私の親指の横にずれたとき、鏡子の視線が色気をまとう。月明かりでいつもより白くなっていた顔は完全に赤色に染まっていた。

 手の甲に鏡子の体温を感じる。私も指を曲げて、手の甲に指を乗せた。

 心がくすぐったくて、暖かくて。

 鏡子の瞳に吸い取られて、視線が外せない。

 声も出ない。何か言おうにも、言葉が出てこない。

 心臓の鼓動が、手を通じて伝わってしまいそう。

 鏡子がゆっくりと目を閉じると、そのまま目を開こうとしなかった。しばらくすると、手の甲に乗っていた指が離れた。鏡子の眉間に一瞬シワが寄ると、また指を手の甲にくっつけ、そうするとシワを寄せるのをやめた。

 夢を見ようとしているのだろうか。

 空いた手で、鏡子の髪を一撫でして、私も眠りについた。


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