表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
2章 文学少女はページをめくる
45/86

42話 後輩のお誘い

 教育実習生活最終日を迎えた花咲さんは、その日のお昼休みや放課後、多くの男子生徒から告白を受けた。

 しかし、当然のことながら、花咲さんには九重アリスという恋人がいる。そして男子は恋愛対象ではない。

 男子たちはそれを知らず、見事に玉砕していった。もっと綺麗な言葉で言うと、恋の花は散っていった。という話を鏡子から聞いた。

 別れを惜しまれつつ、花咲さんは高校を去り、メイドへと戻った。メイドに戻って、時折「あー楽しかったなあ」と呟いている。という話をアリス先輩から聞いた。

 

 クリスマスは、あと数日まで迫っていた。

 伊知さんに誘われて、私は鏡子へのクリスマスプレゼントを買いに来た。

 電車を乗り、都会にきた。私達の町は、一軒家が多くビルなんてものはないに等しいため、来る度に「都会だなあ」と感じる。建物全体が大きく高く、人通りも多い。クリスマス前ということもあって、更に人は増えているように感じる。駅を出てすぐ、大きなクリスマスツリーがあり、デコレーションされていた。

 ボーイッシュな服装に身を包んでいる伊知さんは、本当の男の子のように見える。


「友達とか鏡子先輩誘ったんですけど、皆に断られちゃって、詠先輩誘えてよかったです」


 無邪気で爽やかな笑みを浮かべる伊知さん。

 皆、忙しかったのかな……。私、基本的に予定とか入ってない人間だから。でも、クリスマスプレゼントは買いに行こうと思ってたし、ちょうどいいか。

 茶色とベージュ色のタイルが交互に並んだ道を歩いていく。

 

「ところで、詠先輩」

「そのヘアピンどうしたんですか? もしかして、恋人にもらったんですか?」


 涼しげな顔がニヤリと歪む。

 

「違うよ、鏡子にもらったの」

「てっきり恋人かと思いましたよー!」

「恋人なんていないよ」


 笑って返事をすると、伊知さんは私の顔を覗き込み、私の耳元に唇を近づける。伊知さんは息が多く混じってもはっきりと聞こえる声で。こっそりと囁いた。


「好きな人とか、いないんですか?」


 詠ちゃん、と優しい声で私の名前を呼び、朗らかに微笑む鏡子が頭に浮かんだ。

 体中の血液が沸騰しそうになる。

 頭の中で鏡子の笑みを掻き消して、答えた。


「い、いないよ。うん、いない……好きだけど、恋愛的に好きなわけじゃないし……」


 伊知さんへ答えではなく、自分に言い聞かせるように、何度も「いない」と声に出した。

 いない、いない。

 どのくらい言い聞かせていたのかわからなかったが、気づけばもう書店の前に来ていた。店内に入ると、まず飛び込んできた、ポップカードが添えられている大賞受賞をした作品や、店員おすすめの作品。

 数年前は私の小説も、そこに並んでいたっけ……。

 過去の栄光であり、恥でもある。

 ジャンル別に本が本棚に収められ、把握できないほどの膨大な本が並ぶ。一冊一冊綺麗に収納され、もしくは積まれ、人々の手に触れられている。子どもを連れたある女性は絵本を手に取り、またある男子は赤本が並ぶ棚の前で、一冊の赤本を手に取り中を見ている。男子が見ている棚の裏に置かれた棚の前では、老人が時代物の小説に手を伸ばしていた。

 

「鏡子先輩、何の本がほしいっていいってたんですか?」

「『狭き門』だってさ。アンドレ・ジッドの作品。クリスマスってイエス・キリストの誕生日だから、キリスト教が関係している『狭き門』がほしいって言ってた」

「あたしはあまり本読まないので、よくわかりませんが……鏡子先輩、文学少女って感じですね! 本にすごく詳しいイメージがあります」


 実際そのとおりだ。

 暇さえあれば本を読み、私が隣にいれば愛しそうに本を胸に抱いて、うんちくを垂れている。長い三つ編みを揺らして、色々なことを教えてくれる。

 さて、『狭き門』を見つけたわけなのだが……。これは、届くのだろうか。

 本棚の前に立ち止まり、『狭き門』を見つめる。背伸びをして、棚に手をかけて、反対の上でを思いっきり伸ばす。背表紙の下の方に書かれている数字に指先が当たるだけで引き抜くことができない。関節が外れそうなほど腕を伸ばしても、片足を上げて、本棚に体を近づけても抜けない。

 伊知さんは奥歯を噛み合わせて笑いを噛み殺し、体を折ってお腹を抱える。私と目が合うと、顔を伏せて、肩をぷるぷると震わせた。


「何笑ってるの」


 肩を震わせたまま、私を顔を見ると、


「詠先輩……ふふ、届かないんです……か」


 噛み合わせた歯の隙間から言葉を吐いた。

 顔をしかめると、伊知さんは笑うのをやめ、目尻を指の背中で拭うと大きく深呼吸をした。


「あたしが取りますね、任せてください!」


 伊知さんは、腕を伸ばして、背表紙に指を引っ掛けるとそのまま引き抜いた。背伸びもせず、腕も伸び切ってはいない。

 身長の差がひしひしと感じられる。

 「はいどうぞ」と本が差し出された。


「ありがとう、助かった」



 それから雑貨屋さんに行って、プレゼント用の紙袋を買い、そのお店に売っていた桜の模様がついたしおりをみつけたからそれも買った。

 銀色の薄いプレートに、桜の部分が切り抜かれ、そこには薄いピンク色に染められている。ずっと本を読んでいる鏡子にとってはもしかしたら必要ないものかも知れない。でも、もし途中で読むのをやめることがあるなら、その時に使ってもらえたらいいなと思った。鏡子の読んでいる小説は栞紐のついたものがおおく、『狭き門』も栞紐がついている。

 無理にとは言わないけど、もし、使う機会があれば、使ってほしい。


 帰りの電車は帰宅ラッシュの時間とかぶったため人が多く、押しつぶされそうになった。人という名の壁が立ちはだかり、電車が揺れる度にその方向に押される。

 車内は暖房がきいていて、温かいが、人の密度も高いため、うっすらと汗が滲んだ。

 吊り革につかまっているものの、腕が完全に伸びて、力を入れる度に腕がプルプルと震えた。一生懸命吊り革につかまっている私を見て、伊知さんはくすりと笑った。


「詠先輩、つり革もつの辛そうですね。あたしの腕につかまっていてください。バランス感覚はある方です、安心してください」


 なんて頼もしい。

 

「お言葉に甘えて……失礼します」


 つり革を離して、伊知さんの腕を掴ませてもらった。鏡子と違って、筋肉がしっかりあり、筋肉があるものの女性らしいやわらかさを感じる。袖越しでもその感覚はしっかりと感じることができた。

 少々の揺れで、私の体が傾くことはなくなり、言葉通り安心していた。

 しかし、安堵もつかぬ間。

 擦れる錆びたような甲高いブレーキ音とともに電車が大きく揺れ、車内でところどころ悲鳴が起こる。人が流れ、傾いた。後ろや横にいた人に押しつぶされそうになり、伊知さんにしがみつく。

 伊知さんは、「すみません、一度手をはなしてもらえますか」と言い、私は手を離した。すると、伊知さんにしがみついていた腕が私の体を抱き、伊知さんの体に寄せた。伊知さんの匂いが鼻孔をくすぐる。

 頬に胸があたるし、クッション代わりにもなりそう……。

 

「これで、大丈夫です」

「ありがとう」


 それからしばらくて、もう一度電車が大きく揺れたが、胸のクッションと電車の床に根を張ったように動かない伊知さんのおかげで、人に押しつぶされることもなく、安心していることができた。

 駅に着いても、伊知さんはイケメンっぷりを発揮した。


「詠先輩、家まで送っていきます。後ろ、乗ってください」


 そういって、自転車の後ろの荷台を叩いた。

 

「そんな、悪いしいいよ。歩いて帰れる」

「だめです、女の子を夜に一人で歩いて帰らせるなんて危ないことできません!」

「二人乗りも危ないと思うけど……」


 指摘すると、伊知さんは一瞬声をつまらせて「安全運転しますから!」と胸を張っていった。

 

「じゃあ……お願いしようかな」

「ぜひ! 喜んで!」


 自転車の荷台を跨いで乗ると、ひんやりとした冷たさがジーンズ越しに伝わってきた。


「しっかりつかまっててくださいね」


 お腹に手を回して、しっかりと掴む。私が掴まったことを確認すると、ペダルを漕ぎ始めた。冬の風が体を通り抜けていく。伊知さんの体のおかげで上半身に直接風が当たることはないが、下半身は風にさらされていた。手だけが、風にしっかりとあたる。すぐに手は冷えて、指先がじんじんと痛く、熱を持った。

 空は薄っすらと曇って、月をぼかしている。クリスマスは雪が降るのだろうか。

 舗装された道路を走っているとは言え、小石をタイヤが弾くと振動がお尻に直接感じられた。


「詠先輩、今日は本当にありがとうございました。あたしも、友達へのプレゼント買うことができました」

「こちらこそ、ありがとう、ところで伊知さん」

「はい、なんでしょう」

「伊知さんは、恋人いないの? 好きな人とか」


 伊知さんは、ペダルを漕ぐ速度を少し遅くした。んーと唸って、


「いませんねー。今は恋愛したいって思わないんです、鏡子先輩や詠先輩と話すの楽しいですし、部活も忙しいので」

「そうなんだね」


 私と話すのが楽しいと言われて、心が跳ねた。友達という人が少なかったおかげで、そのへんの経験は人よりも乏しい私にとって、とても嬉しいことだった。

 


「今日は本当にありがとう、伊知さんも帰り、気をつけてね」

「はいっ! ありがとうございました、では良い冬休みを! また連絡します」


 伊知さんは、私に背を向けて手を挙げるとペダルを踏んで、冷えた空気の中を裂いて走っていった。

 


 









久々の更新です。

 週一ぐらいのペースで更新していこうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ