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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
2章 文学少女はページをめくる
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番外編 三つ編みの織姫は星に願う

「中国の神話伝説の中にでてくる牽牛けんぎゅう織女しゅくじょ。彦星と織姫ね。星で言うと、彦星はわし座のアルタイル、それから天の川を挟んで、織姫はこと座のベガよ」


 映し出された夏の夜空には、白いミルクのような天の川が流れ、星々が輝いている。アリス先輩の声に反応するように、アルタイルとベガが一際強く光る。

 プラネタリウムに招待された私、鏡子は、隣りに座って空を見上げていた。アリス先輩は、前に立ち、空の案内人となり、私達を星空へと導く。

 今年の三月に、卒業したアリス先輩は、時々、私達のところに顔を覗かせるようになっていた。


「旧暦だと、梅雨もあけていて、八月の上弦の時だったから、天の川もきれいに見えたそうよ。七月七日に降る雨もちゃんと名前があって「催涙雨」というの。二人が再会して、感動の涙が雨になることからその名前がついたらしいわ」


 幼いときから、七月七日は雨や曇りが多くて、織姫と彦星はあえていないんじゃないかと心配していたけど、ちゃんと会えていたんだな。せっかくの七夕が雨だなんて可哀想って思ってたけど、そういう名前があるのなら、雨もいいかもしれない。


「ジョバンニやカムパネルラもこの夜空――銀河を旅したのかしらね」


 鏡子の澄んだ声が天の川に流れる。

 アリス先輩は、口を閉じ、鏡子の声に耳を傾ける。鏡子の優しい声は聞く人の視線を集めやすい。それだけ心地の良い声なのだ。

 ジョバンニとカムパネルラは銀河ステーションを出発し、北十字の前を通ったあと白鳥の停車場へ。そこから旅をする。

 鏡子の口から溢れる数々の言葉が夜空に瞬く。

 話し終わると、まぶたを開けて、微笑み、アリス先輩を見た。優しい笑みとは違い、アリス先輩は誇らしく笑う。さすが鏡子と言わんばかりに。

 真紅色のふっくらとした唇を動かして、私達に問いかける。 


「二人は、七夕のお願い、なにかしたかしら。竹には強い生命力を持っていて、昔からその生命力故に神秘的な力が宿ると言われているのよ。だから、短冊を竹に飾るの」


 お願いか。

 何を願おう。全く考えていなかった。

 鏡子は何を願う。本のことかな。沢山の本に囲まれて過ごせますようにとかかな。もしくは、チョコレートのお菓子が一生分食べれますように、かな。

 清く真っ直ぐな心に宿す願いは何だ、鏡子。


「わたしは……皆が幸せに、笑って過ごすことね。あと、詠ちゃんといつまでも仲良くいること」


 鏡子の願いが空に届き、星が一つ増えた。

 私の手に鏡子は手を重ねて、にっこり笑った。

 頬が熱を持ち、赤く染まる。

 指の間に、鏡子の指がはいり、私の手を握った。


「お熱いわね。アタシは、この子が無事成長してくれることね」


 アリス先輩の願いが星となる。

 そう言って、アリス先輩は愛しそうに優しく、お腹を擦った。ゆったりとしたワンピースをきているためそこまでお腹の大きさは目立たない。

 卒業間近。アリス先輩は妊娠したと言っていた。愛した人との子どもだと言っていた。両親は猛反対したけれど、アリス先輩の意志は強く、産むと言って聞かず、両親は折れたらしい。恋人と、先日結婚式を上げていた。幸せそうなアリス先輩は女性の顔をしていて、美しかった。

 

「ヨミ、あなたは?」


 アリス先輩の視線が、鏡子の視線が私に注がれる。星空の姫が、文学少女が私を見つめている。

 あなたの願いを語ってごらんと、語りかけている。

 私の願い。

 私は何を願うのだろう。鏡子と一緒にいたいとは思う。でも、なにか違う。しっくり来ない。

 私の願い。

 もう、あんな過去が起こらない平和な日々。平凡な日常。

 だれも悲しい思いをしない、傷つかない世界。


「私は、皆が笑いあえるそんな日々を願う」

 

 私の願いが、新たな星が空に生まれた。

 鏡子の手を強く握り返した。意志の強さを表すように。

 アリス先輩の瞳に優しさが滲む。


「願いは叶うわ」

 

 私達を見据えるアリス先輩の瞳と笑みは、自信に満ちている。誰がなんと言おうと、天変地異が起きようと、絶対叶うと一点の曇もないはっきりとした声だった。

 その自信たっぷりな態度と表情は、とても頼もしいものだと思った。

 

 プラネタリウムをあとした私と鏡子は、空を時折見上げて夜道を歩いていた。

 薄い雲が月を霞め、ぼんやりとした月明かりが地上を照らす。昼間に雨が降っていたということもあって、まだ空には雲がところどころ漂っていた。

 生ぬるく湿った空気が肌をなでて、ゲコゲコとカエルの鳴き声がどこからか聞こえる。


「詠ちゃん、織姫と彦星はどんな会話をしているのかしらね」

「『会いたかったわー』とか『君のことをいつも考えていた』とか甘い言葉ささやきあっているんじゃないの?」

「素敵ね」


 私は鏡子の手をそっと握った。


「まあ……ふふふ。織姫と彦星もこうやって手をつないでるんだろうなあー」

「そうだね」

「わたしが遠くに行っちゃっても、織姫と彦星のように会おうね」

「えっ……うん」


 突然、そんなことを言い出すから、心臓がドキッと高鳴った。

 軽やかに三つ編みを揺らして、私の方を向いた。


「来年も一緒に七夕を迎えましょう、詠ちゃん」


 月明かりに照らされた鏡子は、星のように輝いて、彦星も織姫を忘れ、惚れてしまうだろうほどの美しい笑みを浮かべた。

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