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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
2章 文学少女はページをめくる
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38話 メイドは教育実習生

 一時間目、授業から全校集会へと変わり、花咲さんは本来の職であるメイドということと、アリス先輩に仕えているということを隠して、校長先生から「本日から二週間教育実習生として本校で働くことになった」と紹介があった。

 舞台の上に立つ花咲さんはハーフアップがよく似合い、黒のスーツ姿であっても女優のような華やかさを醸し出す。

 ヒソヒソと、「すっごい美人」、「きれいな人……」と話す声が聞こえてきた。「静かに」と先生の注意でシンと静まり返る。

 教壇の前に立ち、体育館内を見回して、マイクのスイッチを入れると小さく息を吸った。


「おはようございます。本日よりお世話になります、花咲千早と申します。これから二週間よろしくおねがいします」


 凛としたまっすぐの声が体育館に響く。その声は体育館の壁や窓に吸い取られていった。

 自己紹介を終えると自然と拍手がわき起こった。拍手をまとったまま、一歩下がりお辞儀をすると「やりきった」というような満足げな笑みを浮かべる。背筋を伸ばした美しい姿勢を保ったまま、舞台の上から降りた。

 花咲さんが一歩歩く度、足元に花が咲き乱れるようだ。生徒や先生が見惚れてしまうのもわかる。

 そのあと舞台袖にいた教頭先生がマイクを手にして、「花咲先生は、主に三年生の教室で勉強をします」と付け足した。

 三年生の列からは、歓喜の声が上がった。


 それからの学校の雰囲気が、活気づいたように思う。職場に美女がいるだけで作業効率がアップするというデータもあるし、先生も一人の人間だから花咲さんにいいところを見せたいのだろう。その証拠にいつもはあいさつ運動でも眠いからか声が小さめの体育担当の先生が、花咲さんの前では、しゃきっと背筋を伸ばして、顔も引き締めて、元気よく「おはようございます!」と大きな声を出していた。

 私達の授業風景を見学し、勉強しにきたときも、男子に変化があった。普段、夢の中にいる男子もその時ばかりはしっかりと授業を受けているというアピールをした。花咲さんもしっかりと授業のメモを取り、先生の行動をよく観察していた。

 机の間をぬって歩き、ノートを見たり、生徒がわからないという所があれば丁寧に教えた。学校では、花咲「さん」ではなく、花咲「先生」という方が似合う。


 花咲さんが学校で過ごすようになって数日、お昼休みにアリス先輩と一緒にいるところを見かけた。

 建物の陰にかくれて体を寄せ、見つめ合う。壁に体を預けている花咲さんと、迫るように体を押し付けるアリス先輩。大きな胸同士が押しつぶされ、顔はすぐそこまで近づいていた。

 いつもの堂々とした姿はなく、そこには顔を赤らめ、うっとりとした表情のアリス先輩がいた。

 ドラマでも見ているような気分で二人を眺めていたが、人のそんなシーンを凝視するのは良くないと己を叩き、急いで教室に戻った。

 そして、その日の夕方、部室に花咲さんがやってきた。

 スーツに身を包んだ花咲さんは、いつもより大人っぽく、先生という雰囲気だ。

「部活見学」ということで、毎日色々な部活を見て回っているらしい。

 

「ここが文芸部ね。部員は三人って聞いていたけど、一人来てないんですね」

「たまにしか、来ませんね。だいたいは彼氏さんの部活を見に行ってますよ」

 

 遠藤さんは、川内くんと付き合い始めてからというもの部活に来る頻度が大きく減った。つっけんどんな態度は相変わらずだが、手作り弁当を持ってきたり、川内くんの部活が終わるまでずっと部活の様子を見ていたりと仲は良い様子。お昼休みに廊下から中庭を見たら、ベンチで寄り添うように座り、お弁当を一緒に食べていたところも見たことがある。

 もしかしたら、だんだんと棘は取れ始めているのかも知れない。


「あら、そうなの。ねえ、普段はどんな事をしているの?」


 花咲さんは私と関わる度、敬語を使う頻度が減っていた。そのおかげで距離をあまり感じなくなり、接しやすくなった。

 部長らしく、鏡子が質問に丁寧に答えていく。今日は花咲さんが来ることを事前にアリス先輩から聞いていたため、お菓子は用意していない。だらしない部活動をしていると思われたくなかった。

 一通り説明を終え、私はあることを思い出した。


「鏡子、最近ポスト見に行ってないけど。どうせならこの際、花咲さんも一緒にどうですか?」

「ポスト? よくわからないけど、行ってみたいです」

「詠ちゃん、ナイスアイデア。そうしましょう。ちょっと寒いけれど……」


 暖房をつけたまま、部室を出た。裏門近くは、校内一寒いんじゃないだろうか。日が当たらないため、空気が冷え切っている。足元も、黒に染まって、スマホの明かりがないと先が見えにくい。

 空も薄暗くなり、紺色からオレンジ色にグラデーションが塗られて、一番星が輝く。木々も影を落として、黒く色づき、不気味だった。

 寒さに体を震わせて、ポストの中を覗くと、数枚の折り畳まれた紙が入っていた。


「何が書いてあるのかしら。ここは寒いから部室に戻りましょう」


 依頼という依頼は、伊知さんのときからもうきていない。

 ポストの蓋を閉めて、鏡子は紙をポケットに入れた。

 部室は天国だった。外の寒さなんて忘れてしまうほどあたたかく、冷えていた体もすぐに寒さは取れた。

 ソファに三人並んで座り、鏡子はポケットから紙を取り出した。大学ノートを丁寧に切り取っているようだ。

 

「開けるわね」


 控えめの声で言うと、紙を開いた。

 下線を無視して、たった一文字アルファベットが青色で書かれているだけだった。

 どの紙も、アルファベット一文字だけ。

 一枚目「H」、二枚目「A」。

 また、暗号だと思う。

 どいつもこいつも、どうしてこんな暗号が好きなんだ。私達を遊んでいるのか、と疑ってしまう。

 紙の状態から見るに、最近投函されたものだろう。

 鏡子も花咲さんも首を傾げてうんうんと紙を眺めている。

 しかし、運悪く、頭上でチャイムが鳴り響き、下校時刻となってしまった。 


「今日からしばらく毎日部室に来る前にポストを確認することにしましょう」

「わかった」

「なんだかよくわからないけど、私もしばらく毎日お邪魔しようかしらー」



 太陽は落ちて、月が空を支配する。澄んだ空に星が散りばめられる夜空の下、鏡子と手を繋いで帰っていた。正確には、ポケットの中でカイロを挟むようにして手を繋いでいた。

 年明けまで着用しないと決めていた黒のダッフルコートを解禁した。鏡子も、白に少し水色が混ざったようなダッフルコートを着込んでいる。この色は「藍白あいじろ」と言うらしい。

 話題という話題も出ず、白い息を吐きながら黙って夜道を歩く。

 心の中では、お父さんのことを考えてた。あの日夢に見て以来、時折お父さんのことを考えるようになっていた。

 つい、手に力が入り、鏡子が私の顔を覗き込む。


「どうしたの、詠ちゃん。また険しい顔してる」

「鏡子、前に、いい夢を見たって言ったでしょ」


 鏡子の笑みが一瞬固まり、すーっと笑みは消えていった。声のトーンを落として「ええ」と真剣な相槌が返ってきた。


「私ね、実はお父さんいないんだ。五歳の時、首吊って死んじゃった」

「そうだったのね。夢でお父様とあえて良かったわね」


 鏡子は顔を上に向けて、澄んだ瞳に空を映すと、白い息を漏らして微笑む。私の手をきゅっと握り返した。


「きっとお父様も詠ちゃんに会いたかったんだと思うわ、お父様との夢、どんなの見たの?」

「それはね――」


 

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