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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
2章 文学少女はページをめくる
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36話 知ることの大切さ

 今日、学年別に講演会が行われる。今年の一年は「いじめについて」、二年は「LGBTについて」、三年は「生きることについて」というテーマらしい。

 社会問題となっている、いじめやLGBT、自殺問題に焦点を当てているのだろう。

 お昼休みの後、北館にある視聴覚室に私達二年生は集められた。教室は広く、床はカーペットが敷いてあるため長時間座ってもお尻が痛くなることはない。黒いカーテンが窓を覆い、部屋は電気もつけられず、目の前にスクリーンが下ろされて、スクリーンだけが照らされている。

 スクリーンの前に学年主任の先生が立つと、白いスクリーンに黒い影が浮かんだ。

 私達に諸注意を伝えると、講師の方を呼んだ。生徒の拍手で迎えられた講師は、三十代ぐらいの背の小さめの女性と、同じく三十代ぐらいのすらりとした女性が着た。

 スクリーンの横に立ち、先生から背の低い女性がマイクを受け取ると、綺麗なお辞儀をして、マイクのスイッチを入れた。

 

「皆さんはじめまして。本日講師を務めさせていただきます、私、平取明ひらとりあきらです。隣りにいる女性は、私のパートナーで、名を竹枝一葉たけえだかずはです。よろしくおねがいいたします」


 もう一度お辞儀をすると、顔を上げ、一つの質問を投げかけた。


「LGBTって言葉知ってるよって子はどのくらいいますか? 手を挙げてみてください」


 隣で竹枝さんはまっすぐに手を挙げて、先陣を切る。

 先生も全員手を挙げ、生徒が手を挙げるのを待った。ちらほらと手が挙がっていく、私も小さく手を挙げ、鏡子も手を挙げていた。それでも、全員の手が挙がることはなく、知っているのは全体の半分より少し少ないぐらいだった。知っている方が少ないということになる。


「今手を上げてくれている子たちに質問です。意味は知っていますか? 知っているって人はそのまま手を上げ続けてください」


 ちらほらと挙がっていた手がさがる。

 二年だけでこれだけの認知度なのだから、学年全体で同じことを質問しても、そんなに数は多くないだろう。

 手の挙がり具合を確認すると手を下ろさせて、平取さんはスクリーンを使いながら、わかりやすくLGBTについての説明を始めた。


 Lはレズビアン。女性を恋愛対象とする女性。

 Gはゲイ。男性を恋愛対象とする男性。

 Bはバイセクシャル。両性を恋愛対象とする男性もしくは女性。

 Tはトランスジェンダー。心の性別と体の性別が一致しない人。FTM(Female To Male=体は女性、心は男性)やMTF(Male To Female=体は男性、心は女性)と呼ばれる。

 また、心の性別がなく、無性や中性として生きている方は、FTX(Female To X)やMTX(Male To X)と、細かく分類されている。

 LGBTに該当しない、他のセクシャルマイノリティを持った人もいる。

 しかしここでは、基本的に代表的な四つのセクシャルについて話をするようだ。


「基本を学んだところで質問です。セクシャルマイノリティに該当する人たちは日本で何人ぐらいいるでしょう? 一、約十八万人。二、約三五〇万人。三、約九〇〇万人」


 平取さんの目の前にいた男子生徒にマイクが向けられる。男子生徒は、「えっと」と言葉をつないで時間を稼いだ後、「一だと思います」と答えた。他の生徒にも聞いたが、だいたいは一か二を選択していた。

 平取さんは、スクリーンに「十三」という数字を表示させた。数字のみで、他には何も書かれていない。


「今画面に映し出されているこの数字の意味わかりますか? セクシャルマイノリティに該当する人は、約十三人に一人です。単純計算をすると、三番の約九〇〇万人となります。

 今ここには四〇〇人ほどの生徒さんが集まっていますね。十三人に一人と考えると、この中の三〇人ほどが当事者となります」


 えー……と驚きに混じった引くような声がどこかで上がった。

 平取さんは、クスリと笑い、耳に髪をかけて話を続ける。


「こんなにいるんだ、って思ったでしょう。意外と身近にいるんですよ。でも、黙っている人が多いんです」


 偏見がまだ多く残る世の中、偏見に押しつぶされて自ら命を絶った人もおかしくはない。

 昔は病気として見られていたし、「異性を好きにならない」ということや、「男なのに男らしくない」という常識という名の偏見があったせいで、年代が上がるほど偏見を持つ人は多い。

 普通と違うという理由でいじめられて不登校になったり、精神を蝕まれ病気になった人も少なくはない。

 近年、同性の友人に告白をした男性が振られ、その友人が他の友人にアウティングをし、男性が自殺した事件もあった。


「今日の日本において、LGBTの認知度はそこまで高くなく、LGBTについての問題も山積みです。

 偏見を持つ人もまだまだいます。私達は特別に扱ってもらうことを求めていません。異性愛者たちと同じ生活を望んでいるだけなのです」


 そう告げて、一呼吸置き、


「それから、これから言うことは最も大事なことです。覚えておいてください」


 平取さんは、竹枝さんにマイクを手渡すと、目を合わせてニッコリと笑い、竹枝さんは表情を引き締めると生徒の方を向いた。

 まっすぐに見据える澄んだ瞳はせいとひとりひとりをと捕らえる。

 マイクをしっかりと握りしめ、赤い唇を開いた。


「人を好きになるということは素晴らしいことです。例えそれが恋愛感情でなくとも、素晴らしいことなのです。

 性別を気にする必要はないのです。好きならば好き。それでいいんです」

 

 耳に抵抗なく入ってくる優しい声だった。あたたかく、芯のあって、人を惹く声だと思った。

 竹枝さんは、ちらりと平取さんを見て、私達を見て微笑んだ。

 悩んでいる人達の心を癒やすような女神のような笑みで、高らかに告げる。


「堂々としていていいんです」


 マイクのスイッチを切り、お辞儀をして、先生にマイクを渡した。

 先生がマイク無しで、スクリーンの前に立ち、全体を見渡すと、大きく息を吸う。


「どうでしたか、皆さん。帰ったら、感想文を書いてください」


 平取さんと竹枝さんを送り出した後、私達も教室に戻った。

 教室に戻ると、LGBTの話で持ちきりだった。

「もし、俺がゲイだったらどうするー? お前を掘っちゃうかもよ?」とか「LBGTの当事者って思ったより多かった」とか、どんな感想を抱いたかは千差万別で、ネタにするひともいれば、真剣に受け止めている人もいた。

 今回の講演会で、私達二年生は「LGBT」という言葉を知った。その言葉を知っているのと知らないのとでは違うはずだ。

 内容を知らなくても、その言葉を知っているのと知らないとでは違いが出てくる。ほんの少しでも違う。

 席に座り、鏡子に話をふろうとしたが、やめた。話題を振る必要もない。鏡子の考えはつい最近聞いたじゃないか。

 それに、目の前で、同性カップルの誕生も見た。

 心に秘めていた好きを伝えられて、キスで気持ちを受け入れた先輩がいた。

 当事者の人数の多さには正直驚いた。けど、それを話題の軸にしようとは思わない。

 私自身、体も心もたぶん女の子だと思う。自分の性に違和感を覚えたこと無い。覚えたことはないが、同性である鏡子のことを少し意識している、気がする。

 時々、鏡子を友達として見ていない時があるから。

 大きくため息を吐いて、窓越しに映る鏡子の姿を眺めた。

 

 


 


 

 

平取明は、平塚らいてうから名前をいじって決めました。

竹枝一葉は、尾竹一枝から名前をいじって決めました。

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