31話 目に見えないもの
土曜日、私と鏡子は、落ち着かないほど広いリビングでソファに座り、優雅なティータイムを過ごしていた。
ふかふかで肌触りの良いソファや、暖炉、ワインレッド色のカーペットが敷かれ、壁には絵画や、アリス先輩の幼い頃の写真が飾られて、天井はシャンデリアがぶら下がる。
ゴールデンレトリバーが、廊下からひょっこり顔をのぞかせてもおかしくない。
やっぱり、お金持ちなんだなと思った。
私と鏡子がなぜ、アリス先輩の家にきたのか。それは、アリス先輩が部室に来た日の夜、アリス先輩に誘いを受けたからである。
アリス先輩は用があって今はでかけているが、そのうち帰ってくるだろうということだった。アリス先輩の代わりに、メイドの花咲千早さんがいろいろとしてくれている。
花咲さんは、数年前からアリス先輩のお世話係をしているらしい。ダークブラウンに染まった波のある髪や目元がなんとなくアリス先輩に似ている。しかし、二十歳は超えているらしい。大人っぽい顔立ちで、アリス先輩よりもお姉さんという感じだ。
「鏡子、なんで今日私達呼ばれたの?」
「アリスの考えることなんて分からないわ。気まぐれなんじゃないかしら」
トレイにお菓子を載せた花咲さんがやってきてテーブルにお菓子を置いた。
髪を耳にかけて、優しく告げる。
「すぐお戻りになられるのでもう少々お待ち下さい」
お茶とお菓子をいただきながら待つこと十数分。
暑さをはねのけるような明るい声が聞こえた。
「たっだいまー! あー涼しい! キョーコとヨミは? リビング、わかったわ、ありがとう!」
両腕に紙袋をいくつもぶら下げ、おしゃれな服装のアリス先輩が現れた。
サングラスを外して、大きくあいた襟に引っ掛ける。サングラスの重みで、少し服が下に下り、下着が見えそうだ。
紙袋をソファに立てかけるように置いて、一人用のソファに腰を下ろした。
「またせちゃったみたいでごめんね。これを見て欲しいの、またよ。
昨晩に来てたみたい。あたし寝てたから知らなかったんだけどね」
アリス先輩は、またしても谷間に指をツッコんで、スマホを取り出した。
どこにしまっているのやら、まったく。
メールの画面を開くと、テーブルに置いた。
花咲さんも、アリス先輩の前に紅茶を置くと、そのままスマホの画面を見た。メールの文面を見て、ふっと笑いを漏らした。
「あら、なにかおかしなことでも?」
「いいえ、違います。アリス様はその方に愛されていたんだなと思いまして」
「今更愛の言葉を囁いても遅いのよ……はあ」
メールの内容は、たった五文字の愛の言葉だけだった。
「アリス様ーっ! 廊下に服落としてますってば!」
「あらーそうだったかしら、ありがとう、春馬」
両腕にロングスカートやらドレスやらタンクトップやらいろいろ引っ掛けて、額に汗を滲ませた内海さんが来た。アリス先輩のそばで正座をすると、服を床に並べた。きれいに折りたたんで、紙袋に直していく。
姑のような……。母親のような……。
内海さんが服を畳み終わり、部屋から出ていく。
花咲さんも、立ち上がるとトレイを片手にキッチンへと消えていった。
それからすぐ。
テーブルに置かれたスマホがヴヴヴと震える。バイブ音のあと、以前聞いたあのメロディが流れて、「メールを受信しました」と表示された。
軽快なメロディーが流れ終わると、穏やかだった空気は一変し、張り詰めた空気になった。
三人で目配せをし、アリス先輩は指を伸ばして、メールを開く。
お洋服、きっとお似合いになりますよ。
幼いアリスお嬢様がわたくしの手を引いて、庭を駆け回っていたとき、アリスお嬢様は小石に躓いて転んでしまったことがありましたね。もうそんな事があってもわたくしは手を貸せませんよ?
今も生きているような、そんな内容。今そこにいるような、そんな内容。
本当に前執事の幽霊だというの?
文面を凝視して、誰も視線を動かさず、口も開かない。
さてどうするかと悩んでいた時、キッチンで甲高い叫び声が聞こえた。




