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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
2章 文学少女はページをめくる
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27話 姫と騎士

 真夏はあっという間に過ぎ、気がつけば夏休みが終わっていた。


「えー、本日から二学期ですが――」


 終業式ぶりに、体育館に全校生徒が集まって、校長先生の話を聞いている。先月よりも暑さは多少ましになったように思えるが気のせいだろう。

 頭がこっくりこっくり動いて、船を漕いでいる生徒も多い。夏休み気分がまだ抜けていないのも無理はない。長期間の休みからいきなり新学期が始まるのだから。

 斜め前に座っている鏡子は真面目に校長先生の話を聞いているようだ。

 二学期になると、そろそろ先生が進路をある程度決めておけよと口うるさく言ってくる時期に違いない。中学の時もそうだった。

 じんわりとした暑さを肌に感じながら、スピーカーから流れる校長先生の声を受け流していた。


「キョーコ、ヨーミ!」

 

 始業式が終わり、下校しようと廊下に出たら、ポニーテール姿のアリス先輩に声をかけられた。

 

「今から、アタシの世界にいらっしゃいな!」


 アタシの世界。アリス先輩の世界。そこは、あのプラネタリウムのことだ。アリス先輩についていき、プラネタリウムの前に来た。白い壁の前に立つ一人の黒いタキシードを着た若い男性。

 男性は私達を見ると、綺麗にお辞儀をして、優しい笑みを浮かべた。


「アリス様、鏡子様、おかえりなさいませ。あら、そちらの方は」

「橘詠です」

「初めまして。俺、アリス様の執事をしています、内海春馬うつみはるまです」


 アリス先輩の執事だという見た目20代前半ぐらいの男性。しかし、私の想像する執事とは大きくかけ離れている。偏見なのかもしれないが、私のなかで執事というのは、黒髪とか白髪とかで、プリン頭ではない。頭部あたりは黒く、途中から毛先までは綺麗な金色に染まっている。


「中へどうぞ。掃除も済ませてあります」

「あら、気が利くじゃないの。ありがとう」


 中に入ると、淀んだ空気はなく、ガラスや壁がきれいに磨かれていた。

 アリス先輩の部屋まで案内される。埃を被っていた本や、隅に置かれていた鏡筒、大小様々な地球儀全て綺麗になっている。以前より本や地球儀、天球儀が増えていた。

 奥の部屋に消えると、紅茶を手にまた戻ってきた。

 夏休み前、パイプ椅子に座っていたアリス先輩だったが、今はこの部屋に合うアンティークなチェアに座る。

 椅子の横に置かれている木製の小テーブルに、ティーポットと、ソーサーをのせた。

 ティーセットも夜空がイメージされたような柄が入っている。


「このセットいいでしょう。イギリスに帰った時一目惚れして買っちゃったの。本も、天球儀もね」

「あの、アリス先輩って……」


 お金持ちなんですか、とも言いづらい。この建物然り、執事然り……。

 間接的に言おうか迷っていたら、アリス先輩が口を開いた。


「あら、言ってなかったかしら。アタシの祖父がこの学校の創設者なのよ。今は叔父が校長だけれど。うちの家系はいろいろな職の人がいるから顔が広いのよ。

 この建物、元々授業で生徒のために使われていたのだけど、わざわざそんなもので夜空を見なくていいという声が高まったらしく、閉館。で、アタシは星が好きだからということで、ここを使わせてもらってるの」


 恥ずかしそうにするわけでもなく、自慢げに語るアリス先輩がかっこよく見えた。

 一般市民とは違う生活をしていると知った。

 

「校舎より、ここの方がアタシは好きよ。星がすぐそばにあるからね」


 オルゴールのような曲がどこからか流れてきた。

 アリス先輩の目に衝撃が浮かび、恐る恐るポケットからスマホを取り出す。どうやらメールの着信音のようだ。


「どうして……」


 誰からの着信だったのだろう。

 その声には、驚きと、少しの喜びが混じっている。

 スマホの画面を見つめて、苦しそうに眉を寄せているが、口元には笑みが浮かぶ。

 スマホをポケットにしまうと、震える指でティーカップを持ち上げて、残っていた紅茶を飲み干した。深呼吸をして、目を開くと、いつものアリス先輩に戻っていた。

 緑がかった青い瞳に揺れるものはない。まっすぐ前を見つめる瞳だった。


「さあ、仕切り直しよ。春馬、お菓子持ってきてちょうだい!」

 

 奥の部屋の前に立っていた内海さんに指示を出すと、「かしこまりました」と頭を下げ、奥に消えていった。

 鏡子はアリス先輩を心配そうに見つめていた。

 今更、誰からの着信だったのか聞けない。聞いたところで、私がなにか得をするわけでもない。

 紅茶を一口のみ、その考えを胃に流した。


 帰り道、鏡子の口数は少なかった。私がなにか話しかけても、三つ編みの先をいじっている。考え事をしているのだ。

 私は、話をすることを止め、鏡子の隣を黙って歩いた。


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