18話 解かれた髪
お風呂から上がると、バスケットの中にバスタオルと普通のタオル、着替えの服が用意してあった。そして、その上にはメモ用紙が置かれていた。
『サイズ、合わないかもしれないけど、これつかって』
と丁寧な字で書かれていた。
着替えに袖を通すと、少しサイズが大きく、腕を伸ばすと袖口が指先にあった。ある程度髪の水分を拭き取り、タオルを頭に乗せ、制服を抱いて脱衣所を出た。
リビングがまだ明かりがついていたからそこに行くと鏡子がソファに座っていた。
「お風呂ありがとう」
私に気づいた鏡子がくるりとこちらを向く。
「じゃあわたしの部屋に行きましょうか」
鏡子が私の鞄を持ち、リビングを出た。
玄関横の階段を上り、右に曲がると、鏡子はドアを開けた。
花の――桜の匂いがふわりと香った。
鏡子の部屋は和と程遠く、清楚な洋風の空間が広がっていた。
「自由に使ってくれていいから。わたしはお風呂に入ってくるわ」
そう告げると、鏡子は階段を降りていった。
小声でお邪魔しますと言って足を踏み入れる。
机の隣には大きな本棚が置かれていて、隙間がないほど本がびっちりと収納されている。
窓の隣に置かれたベッドにも、頭元にちょっとした本棚ができていて、そこには宮沢賢治の作品が並んでいた。
壁に鞄と服を置いて、浅くベッドに腰掛けた。淡い桜色のカーテンと桜の花びらの模様の掛け布団。
鏡子の机に写真立てを見つけた。腰を上げて、写真立てを持つ。
写真には、べそをかいている女の子を抱いている優しい顔の男性と、ひまわりのような笑みを浮かべる女性の姿があった。
女の子は鏡子で、男性と女性はご両親だろうか。鏡子の笑顔はこの女性の笑顔と似ている。
そういえば、鏡子とは本の話が多く、お互いの家族や私生活や自分自身についてあまり話していない。
鏡子のご両親はどんな方なんだろう。写真から予測するにきっと鏡子のことが大好きなんだろう。きっと仲睦まじい家族だったのだろう。
後ろでドアが開く音がした。
「あら、何見てるの?」
慌てて写真立てを戻した。言い訳が見つからず、口をわななかせる。
鏡子は私の手元を見て、愛しそうに目を細めた。
「わたしのお母さんとお父さん、とっても優しかったのよ」
そして、寂しそうに目を伏せ、またいつもの優しい笑みを浮かべた。濡れた髪が波のようにひろがり、鏡子は絵画のように美しかった。
机から離れ、横に並んでベッドに座る。
「鏡子……誕生日いつ?」
他の話題を探した結果がこれだった。
「いつだとおもう?」
「三月?」
「はずれ」
鏡子の肌の白さや雰囲気から冬の終わりごろを想像をした。雪が溶けて、やわらかな太陽の光が新芽に降り注ぎ、春を教えるように。
鏡子にはそんなイメージを抱いていた。
「十二月?」
「はずれ。三月も十二月も正解からは遠いわよ」
「じゃあ八月」
鏡子はおしいと笑った。
「九月」
九月は一番出生率の高い月だし、当たる可能性は一番高いはずだ。
「はーずれ」
「七月」
満面の笑みを浮かべて、正解と答えた。
「七月二十七日よ」
「あと三週間もすれば誕生日じゃないか」
「ええそうね」
鏡子は私よりも一ヶ月お姉さんだと分かった。
誕生日プレゼントどうしようと頭の片隅で考えながら、
「私は八月二十七日よ」
鏡子は目をむき、私の肩を掴んだ。
「宮沢賢治と同じ日じゃないの!」
わたしの誕生日の一ヶ月あとなんだね、とか、二十七日が同じだわ、とかそういう乙女チックなことを言わなかった。
ある意味鏡子らしい。
お互いの家族の話はせず、それ以外のことを二時間近く話し込んでいた。
そして、眠くなり、同じベッドで夜を明かした。




