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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
1章 文学少女は本を胸に抱く
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17話 三つ編み少女の手料理

 そこにあるはずの鍵がない。

 どうしよう。これじゃ中に入れない。

 空いている窓がないか家の周りを一周してみるも、しっかりと鍵が閉まっていた。

 これからもっと夜になれば、家々の明かりもなくなっていくだろう。玄関の前にへたり込み、朝まで親の帰りを待つか。

 いや、それは辛い。

 

 スマホを取り出して時間を見ると午後八時を過ぎていた。

 私は、気付けば鏡子の電話番号にかけていた。

 一コール目。ニコール目……。

 呼び出し音が鳴るが、出そうにない。諦めて電話を切ろうとしたその時。


『もしもし、どうしたの?』


呑気な声が聞こえた。


「鏡子、今日だけでいいから泊めてもらえたりしない?」


 断られるかな……。親御さんに話しつけたりする必要もあるだろうし。

 断られたら、家の前で大人しく待っていよう。

 鏡子の返事を待った。


『ええ、いいわよ』


と明るい声が返ってきた。


「ありがとう」

『いつものところまで迎えに行くわ。そこで待っていてね』


 助かった。このときばかりは鏡子が女神に見えた。

 鞄を持って、きた道を戻る。

 桜の下で待つこと、十分ほど。三つ編みを揺らして歩いてくる女の子が目に入った。私と目が合うと、大きくゆっくりと手を振って頬をほころばせた。


「詠ちゃーん」


白いワンピースを揺らしてこちらへ走ってきた。


「さあ行きましょう」

「突然泊まりたいだなんてごめんね」


 鏡子は私の鞄をひょいと取り上げると、歩き出した。


「いいのよ、基本的にわたし以外誰もいないし」


 理由は聞けなかった。鏡子が月のように優しい口調で、「それよりもお泊りだなんて嬉しいわ」と笑った。

 雲ひとつない夜空の下を二人で歩く。


「鍵、失くしちゃって。家に入れなくて」

「そうだったのね」

「今日の部活どうだった?」

「りっちゃんがもうべったりで。あの子の物語、絵本を読んでいるような楽しい気分になれるわ、たまに狂気を感じるけどね」


 特になにかされた様子もなく、部活も無事に終えていたようで安心した。

 道端で、ジージーと虫が鳴いている。やすりで木材を削るときのような、ザラザラとした鳴き声だ。


「もうすっかり夏ね」


 鏡子の首筋には汗が伝い、首元を手で仰いでいる。生ぬるい風が吹き、肌を湿らせる。

 来年にはもう進路はどうするのか予定は決まっているのだろうか。私は進路どうするのだろう。ぼんやりとした不安が浮かんだ。

 鏡子は就職するのだろうか、進学するのだろうか。

 三年が終われば、鏡子とは一緒に下校できなくなるんだな。


「どうしたの? わたしの顔じっと見て」


 鏡子は月下に咲く花のように儚い笑みを浮かべ、くすりと笑った。

 ハッとして、頬が熱くなるのを感じた。


「口元にご飯粒ついてる」


鏡子の横顔を見つめていた自分が恥ずかしくなって冗談を言った。

鏡子は火がついたように顔を赤くし、口元に触れ、どこに米粒がついているのかと何度も指でなぞる。


「嘘だよ」


 鏡子は頬を膨らませて、


「ばか」


 ぶっきらぼうに呟き、私の額を指で弾いた。

 そうこうしているうちに、鏡子の家についた。

 ドアを開け、中にはいる。


「お邪魔します」

「ただいま」


 廊下の明かりがつき、何も置かれていない廊下が照らし出された。


「ご飯は……食べてないわよね?」

「食べてない」

「わたしが作るわ」


 一食ぐらい食べなくても平気だよと言おうとしたときには既に奥のリビングへと入っていた。

 エプロンをつけ、手を洗うと、冷蔵庫の中を眺めて、頷いた。


「適当に座ってて」


 鞄をソファに置いて、椅子に座った。キッチンとテーブルがくっついていて、座っていてもキッチンの様子がよく見えた。

 鍋に水を注ぎパスタを入れると、ひとつまみの塩を振り火をつけた。

 鏡子って料理できるんだな、才色兼備とはこのことかと思った。

 食事を待つ間に、スマホを取り出し、お母さんにメッセージを送る。


『鍵忘れて家に入れないから、今日は友達の家に止まる。明日には帰るよ』


と。

メールボックスもついでに確認したが迷惑メールしか来ていなかった。

鏡子は鼻歌を歌いながら料理をしている。

水を流す音や、フライパンがじゅうじゅうと何かを焼く音が聞こえて食欲を刺激する。

あえて、できるまではもう見ないでおこうと決め、本を読んだり、スマホを触っていた。


「さあ出来たわ」


 シンプルな器に盛られたペペロンチーノ。

 唐辛子の赤とパセリの緑が白いお皿に合い、彩りもいい。

 銀のフォークを渡して、「召し上がれ」と笑顔を浮かべた。


「いただきます」


 フォークにパスタを巻き付け、口に運ぶ。

 か、辛い。おいしいとか感じる前に辛い。

 辛さが舌を焼く。パスタとオリーブオイルや唐辛子がうまく絡んでおらず、別々の味として口内を暴れる。

 そして、なぜか酸っぱい。


「鏡子、水」


 辛さを我慢して必死に絞り出した声は、ガラガラだった。鏡子は食器棚からコップを取り、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。水を口の中へ流し込み、辛さを胃へと流す。一瞬ましになった。しかし、そのあとふつふつと辛さが復活し、また水を要求したのだった。

 鏡子は私の様子を見て「無理に食べなくていいのよ」と何度も言ってくれたが、そうはいかない。せっかく鏡子が作ってくれたんだし、残したくなかった。

 ひとくち食べては水を流し込む。胃は、水が半分を占めていた。

 途中から舌は痺れ、辛さがわからなくなっていたが、口内がチクチク痛み、水を飲まなければ抑えられない。

 鏡子は説得を諦め、泣きそうな表情で私の食べる様子を見守っていた。

 そして最後の一口を食べ終わり、笑顔とは言えない笑みをして「ごちそうさまでした」と言った。


「ありがとう」


 鏡子は目尻に溜まった涙を拭い、笑顔になった。

 水とパスタでしばらく動けそうにない。

 鏡子はお皿を下げて、テレビを付けた。落ち着くまで一緒にテレビでも見ていようと。

 テレビをつけると丁度ドッキリの番組が放送されていた。

 番組のロケと教えられ、控室で待機していたら急に壁が倒れ、巨大な扇風機が現れる。そして、ターゲットの後ろには泥が広がっていて、風に煽られ、吹き飛ばされ、泥に落ちるというものだ。

 風で顔の肉が波をうち、眼鏡が飛んでいったり、カツラが取れたり。それでも必死に吹き飛ばされないようにと粘る姿。

 鏡子は番組を見ながらコロコロと笑っていた。

 リビングは綺麗に片付いており、余計なものは一切置かれていなかった。少しさびしいリビングな気もした。

 しばらくして、胃はだいぶ落ち着いてきた。

 私は少食だが、胃の消化は早い。


「もう平気だよ」

「そう、よかった。じゃあお風呂入っておいで。着替えは用意しておくから」

「なにからなにまでごめんね」

「いいのよ」


鏡子に背中を押され、脱衣所へと案内された。

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