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鏡写しの君と桜の下  作者: とうにゅー
1章 文学少女は本を胸に抱く
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16話 読書家の真実

 その日の夜、一通のメールが届いた。


『よみちゃん、元気にしている?

 久々にお茶でもどうかしら。

 良ければお返事ください』


 差出人は(むらさき)和都(わこ)さんだった。

 その丁寧でやわらかな文面が私の記憶を撫でる。

 数年前のこと。新人賞の受賞者が一七歳で最年少を記録してた中、その年齡を二歳も塗り替える中学三年生が新人賞を受賞した。

 そのことが大々的に報じられ、映画化を果たし、社会現象を巻き起こした。

 そんなことになると思っていなかった。小説を応募して、行けるところまで行けたらいいや。落ちたらまた書こう。そう思ってた。

 

 高校受験を控えたとある冬の日、紫さんから教えられたのだ、受賞したと。

 私は正直、受賞したことの嬉しさよりも、数日後に控えた受験のほうが心配で素直に喜べなかったことを覚えている。正直あまり思い出したくない。

 町中を歩いていても目につく私の作品。それを褒める言葉。嬉しいような恥ずかしいようなくすぐったい気持ちだった。

 紫さんはよくうちに来ては私の原稿を待つ間にお母さんを話に花を咲かせていた。

 ちょっとかわった日々を過ごしていたと思う。

 無事高校に上がり、私は小説を自己満足でしか書かなくなり、そのかわり、新たな趣味に目覚めていた。

 新規メールを作成し、文字を打ち込む。

 お茶くらいなら……。

 『いいですよ』と短文であるが、返信をした。

 そういえば、紫さんも三つ編みをしていたっけ、鏡子ほど長くないが。

 お母さんが階段の下から「ご飯よ」と呼ぶ声が聞こえた。スマホを充電し、リビングへ降りた。


 それから数日、騒がしい部活生活を送った。

 鏡子にべったりな遠藤さんは鏡子がいなくなると私に鏡子とどんな思い出があるか、どれだけ鏡子のことが好きかと飽きることなくアピールをしてきた。

 今日、私は用事があると鏡子に嘘を付き、部活を休んだ。そして、裏門を出てアリス先輩のところを訪れた。閉館のプレートがかけられた扉を押し開け、中にはいる。

 階段を降りて、ドアをノックした。


「どなた?」

「詠です」


 ドアが開き、優雅な雰囲気を振りまくアリス先輩が姿を現した。快く中へ招いてくれ、紅茶を出してくれた。

アリス先輩は紅茶を一口飲むと、口を開いた。


「ヨミ、大事なものは失ってから気付くのでは遅いのよ」

「曲の歌詞や先人たちが口を酸っぱくして言っているので分かってます」

「じゃあなんでその言葉がなくならないとおもうのよ」

「それは……」

「同じ過ちを人は繰り返すからでしょう」


 反論の余地がない。

 私はティーカップのふちに唇を付け、ちびちびと紅茶を飲みながら、部屋を見回した。

 天井には夜空が貼られ、夏の大三角形やカシオペア、アンドロメダ、ペルセウス、ペガススといろいろな星座がちりばめられている。


「早くしないと、()()()()()()()

「失うって何を」


アリス先輩は立ち上がり、可愛らしくウインクをしだだけで答えは教えてくれなかった。


「気分転換に星を見ていくといいわ」


 そう言って私をプラネタリウムの中へ案内した。

 真ん中の席に座ると、真っ白だった天井に満天の星空が広がる。

 思わず息を呑んだ。

 宇宙に投げ出された感覚に陥る。頭元だけじゃなくて、どこを見ても星が広がっているような。


 「今映っているのはこの辺り、この時期の夜空よ」


 普段は家の明かりや外灯が邪魔をして星はあまり見えないが、こんなにもたくさんの星が空に散っているのだと思った。星一つ一つがはっきりと見え、輝きを放っている。数えることなんて到底不可能だ。

 募っていた不満とか、日々のちょっとした嫌なことがこの夜空の前ではちっぽけに見えて、そんなことで悩んでいるのが馬鹿らしく思えてくる。


「赤く光る星があるでしょう。あれが蠍座の心臓で、アンタレスよ」


アリス先輩が教えてくれると、空に蠍座が浮かび上がった。

蠍と聞いて『銀河鉄道の夜』にでてくる蠍の話を思い出した。

蠍は皆の幸いのために私の体をお使いくださいと神に願い、そしていつの間にか自分の体が真っ赤な美しい火になって燃えて、いまでも夜の闇を照らしている。


「南の空に赤く輝く恒星の一つね。アンタレスというのはギリシャ語の「火星に似たもの」に由来するわ」


 真っ赤に輝く星はここに存在するとはっきり自分を主張しているようだった。

 蠍のように、誰かの幸せを願えるように、自分を犠牲にしてでも誰かを幸せにできるようになれたらいいな。


「あら、そろそろ下校の時間ね」


 その声とともに、空から星が消え、白の天井へと戻っていった。席を立ち、外に出た。

 胸の下で腕を組み、あざやかな笑みを浮かべるアリス先輩。


「いい気分転換になったかしらー?」

「はい、ありがとうございました」

「またなにかあったらアタシに頼るといいわ」


 アリス先輩に頭を下げ、プラネタリウムを後にした。

 もう夜になっていて、暗かった。空にはプラネタリウムで見たほど星の数は多くないけれど、それでも小さな光が点々としていた。

 部室の電気はまだついていて、三つ編みの影が見えた。

 ついでにポスト覗いていくか……。伸びた草をかき分け、ポストの前に立つ。

 ポストの蓋を掴み、ゆっくりと開けた。薄暗くぼんやりとしか中は見えないが、何も入ってなさそうだ。蓋をしめて、校門へと向かった。

 久々に一人で帰る道のりは長く感じられた。

 隣を見ても誰もおらず、話し相手もいない。

 私の横を車や自転車が追い抜いていった。

 ポケットの中でスマホが震える。画面を見ると、紫さんから着信が来ていた。指でスライドし電話に出る。

 耳に当てて、相手が話すのを待った。


『もしもし、昨日は急に連絡をしてしまってごめんなさい』


 細く静かな声。

 まだ勤務中なのだろうか、遠くで印刷をする音や、人の話し声が聞こえる。


「いえ、大丈夫です」

『お茶のことなのだけれど……いつならあいてるかしら』


 小さな声は隣を通り過ぎる車の音に時々かき消されそうになっていた。


「日曜日はどうですか」

『日曜日ね。いいわ。じゃあ午後二時ぐらいに迎えに行くわね』

「わかりました」

『それでは失礼します』


 電話は切れた。

 画面には、着信相手を通話時間が表示されている。その画面をまじまじと眺めて歩く。

 紫さんの声を聞いたのはもう一年ぶりか。

 今でも三つ編みは健在なのだろうか。あの大和撫子のようなお淑やかさも残っているだろうか。

 思い出に少々浸っていた時。

  鼓膜を貫くようなようなクラクションが聞こえ、スマホから顔を上げ横を見る。

 怒りを目に宿した運転手が私を睨んでいた。


「すみません」


 頭を下げ、横断歩道を小走りで渡った。

 しょんぼりした気持ちで家についた。家の明かりはついておらず、お母さんはもう仕事にでかけたのだと知った。

 玄関の前にたち鞄をあける。確か、鍵は鞄のポケットに……。

 あれ……。

 スマホのライトをつけて、もう一度鞄の中を探す。教科書やノートの隙間に挟まっていないか、鞄の奥底に入っているんじゃないか。入念に確認していくが見当たらない。

 鞄を閉じて庭の方へまわる。

 重ねられている植木鉢を持ち上げ、鍵があるはずと覗く。


「ない」

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