#09 緋の印と冷たい剣
眩ゆい光が神殿全体を包み込む。
彼は自分の中で何かが砕け散る音を聞いた。
…あとは……仕上げだけだ
役目を終えた輪廻の剣は一度光に還り、祭壇に奉られている双子の片割れの傍に顕現した。
止まらない血をそのままに二人は抱き合った。
この温もりを、この腕を、この感覚を忘れないように。
今の二人に言葉は必要なかった。
幾千の言葉よりここにいることが何よりも大切で。
輪廻の輪が壊れた魂が命の刻限を伝える。それに呼応するかのように彼の身体は光の粒子へ還り始めた。
これから永遠に暗闇を歩くことになるのだろう。
そんな事は辛くも悲しくもないが、二度と彼女の笑顔が見れないことだけが淋しかった。
まだ名残惜しい気持ちを持ちつつ、彼は彼女の頭部に手を当て、自分の肩に押しつける。
彼が最期の最後まで彼女のガーディアンとして護り続ける為に。
「幾度の夢と現つを見つめても」
唱えた次の瞬間、残された時間が勢いを増して削がれていくのを感じる。もともと少ないタイムリミットが術を使うことで倍以上の早さで減ることも、もちろん彼は承知していた。
彼女の幸せを護る為ならどんな事でも躊躇わずに実行できるのが彼らしさだった。
「変わらぬ想い、消えぬ傷跡」
小さく謡われるその声が子守歌のようで、彼女は誘われるようにゆっくりと瞼を下ろしていった。
「…ナイト………」
微睡みの中で呼ばれた名前。その名前が好きになったのは愛しい声が呼んでくれるからだ。
この腕の中にいる少女を護る為に生まれてきた事を心から感謝している。
陽のあるうちは騎士のように。月のあるうちは総てを包み込む夜のように。
そして、これから先の彼女の光の為に。
「総てが虚ろであるように」
術の作用で総てを委ねるように力が抜けた彼女の細い身体を横たわらせ、今度はその瞳を塞ぐように手をかざした。
君がこの術を知らなくて、よかった。
「今、この命を賭して」
頬を伝うのは涙などではない。彼女への愛の証だ…。
「汝の御魂に契り篭ん」
――たくさんのありがとうと最初で最後のさようならを、この世界のなによりも愛しい君へ――
「誰よりも君を、愛して」
総てを言い切る前に彼は弾けて消えた。
花火のような短い時間で小さな水泡のようにあっけなく。
後に残ったのは彼女の吐息と静かに輝く双子剣、そして彼の二の腕が指定席だった緋い絹地がふわりと傍らに寄り添った。
暫くして彼女はゆっくりと瞳を開いた。
ぼんやりする中で思考回路を働かせて、何かを求めるように視線を彷徨わせるが、何を探しているのか彼女自身判っていなかった。
ただ、魂の虚無感だけが纏い付き、ふと視界に入った緋い絹地を手にし、本能のまま祭壇に祭られている輪廻の剣の片割れの“転生の剣”を手に取る。
そして手にした緋を剣を持たない左手首に巻き付け、おもむろに舞を披露した。
宛先の判らない葬送の剣舞。
涙跡残る頬と重い瞼を捧げた誰かへ。
スピカではなくウィリスティーナとして。
誰も貴方の代わりなんてできない
心の奥底にいる自分がそう訴えている。
瞳を閉じて心のひっかかりを懸命に手繰る。
いつも暖かな誰かが傍にいてくれた。
いつもいつもいてくれた太陽のような人。
自分が笑顔を見せると、逆光ではっきりとは判らなかったけど、口元に優しい笑みを浮かべて。
その人の肩には優しさに溢れた夕日が乗っていた。
読了、ありがとうございますm(__)m
このあと、もう少し続きっぽいものがあったりします。
続編でもお逢いできると嬉しいです(*^^*)




